第5話 終戦2



 従姉であるキャロル・ボイルが、頻繁に城館へやってくるようになったのは、クリスマスが終わって、一ヶ月しないころだった。

 甥セシルが寄宿学校にもどり、妻を病気で失ったジョン。そしてキャロルは、夫も息子も戦地で失った――。

 それが何を意味するのか、オスカーはすぐに察知した。

 ジョンとキャロルは成人する前、仲が良かった。キャロルがジョンに恋し、競馬に出場するときは、必ずといっていいほど観戦していた。ジョンがひとりになった隙を狙うように、キャロルは接近し、唇を奪ったこともある。

 少年だったジョンは照れて、キャロルとの仲を否定していたのだが、二十歳のとき彼女が結婚したのを知って、ひどく落ちこんだ。本心では愛していたのだと、ようやく自覚したらしい。

 だが、いとこ同士なのもあって、恋が発展することはなかった。キャロルが一方的に結婚を意識し始めたころ、祖父である先代リスター氏が猛反対した。スプリング伯爵家の者とは絶対に婚姻するな、という遺書を残すほどだった。過去、爵位授与をめぐる確執があったそうだが、オスカーたち兄弟は詳しく聞かされていなかった。

 そんなキャロルへの想いを断ち切るように、ジョンはみずからニューヨークの社交界へ顔を出し、大富豪の令嬢とスピード結婚した。もともとアメリカで生まれ育ったジョンは、アメリカ人の妻を持つことに抵抗がなかったのもあった。

 そんな別々の人生を歩むはずのふたりだったが、戦争が関係をシャッフルした。

 二月のある日、食料を少しでも増やそうと、オスカーは父といっしょに屋敷裏の畑を耕し、そこへ種をまく。戦時中から変わらない生活習慣だった。母は家畜を世話する。

 ジョンは牧場にいると思っていたが、母が屋敷へ帰ってくるなり、こう言った。

「どこへ行ったのかしら。今朝から姿を見かけないの」

「さあ。そう言えば、私も見てないぞ」

「僕が探してこよう」

 オスカーが心当たりのある場所を歩いて回る。

――おそらく、三階のあの部屋。

 ふだんだれも使わない家庭教師用の個室だ。わが家には十代の令嬢はいないし、教育する坊っちゃんもいない。その部屋がある三階の隅で、ジョンとキャロルが見つめ合っていたのを目撃したことがある。

 例のドアの前で、そっと聞き耳を立てる。

 話し声はしないものの、人がいる気配がした。

 だれもやって来ないと油断しているらしく、取っ手を押すと、ゆっくりとドアが開いた。足音を忍ばせてなかに入る。

 キャロルの声がしたが、明らかに愛のそれだった。同時にジョンが言った。

「……僕が孤独を忘れさせてやる、キャロル」

「ジョン兄さん。ずいぶんと呑気なことだな」

 ベッドの上でジョンがキャロルを押し倒していた。口づけを交わす寸前だ。

 こちらを見るなり驚愕したふたりは離れる。キャロルはひどく紅潮したまま、オスカーをにらみつける。

「のぞき見? ノックぐらいしなさいよ!」

「兄さんもだけど、姉さんもどうかしてる。夫と息子を亡くしたばかりだろ?」

 ベッドの上で頭をかきながら、ジョンがふてぶてしい顔をする。

「おまえこそ潔癖すぎるのさ。僕もキャロルも配偶者はいない。そのどこに問題が?」

「兄さんのそういう、割り切った部分が僕は好きになれない。セシルはまだ子供なんだぞ。もし知ったら、ショックだろうに」

「だから秘密にしているじゃないか」

「そうやって、僕に命令をするつもりか? いつもそうじゃないか。兄さんが要領が良いのを、僕は知っている。父さんと母さんが知らない兄さんを。最低だな」

 いらだちをまぎらわすように、ジョンはマッチをする。ナイトテーブルに置いている紙煙草へ火をつけた。

「……それで? 父さんに告げ口をするのか。いい子ちゃんぶりを発揮できてよかったな」

「告げ口だとか……。ほかに言うことはないのかよ」

「オスカー。おまえこそ、早く親離れをすべきだ。父さんに守られて、人生の冒険をしようとしない。臆病者を卒業しろ」

 やはり揉めると兄には勝てない。図星を指摘されてしまい、どう反論すべきかわからなかった。

 唇を噛みしめるおのれに、ジョンはさらにとどめを刺す。

「どうして父さんが、おまえを手元に置いているのか。おまえは父さんそっくりなんだ。だから、父さんはおまえの苦悩を知っている。無理に縁談を勧めないのもそれだろう?」

 沈黙していたキャロルがジョンをたしなめる。

「それは言いすぎよ。喪中なのに、わたしたちのほうが不謹慎だもの。だからお願い。秘密にしてくれないかしら、オスカー」

「それはもちろんだけど。セシルだけには見つからないようにしろよ」

「ありがとう」

 にっこりほほ笑むキャロルは美しかった。もう四十歳に近いはずだが、遠目で見れば二十代でも充分通るほどだ。イヴニングドレス姿が魅力的だったのを思い出す。

 だけど、オスカーにとってキャロルはそれだけの存在だった。夢中になる兄の気持ちがいまひとつ理解できない。

――僕はだれかを好きになったことがない。

 だから結婚するつもりはなかったし、女のことで馬鹿騒ぎするような友人もいなかった。



 ジョンとキャロルの恋を目撃した日から、ローレンソン兄弟は距離を置く。用事があるときだけ、話すようになった。

――兄さんのことだから、僕を警戒しているのかも。

 弱みを握られたと思っているのだろう。

 長い戦争のせいで、オスカーは些細なことで悩むことがなくなった。あの残酷な日々を経験したあとの平穏。それがあるだけで、心が安らいだ。

 しかしジョンはちがったようだ。以前より短気になり、衝動的に行動することがあった。まるで何かに追われているように。

 あるとき、オートバイに乗って、ふらりと三日ほど消えたことがある。帰ってきたジョンは酔っ払い、同じ戦場にいたというかつての兵士たちを連れ帰った。オスカーはあまりのらんちき騒ぎに、頭が痛くなる。

 「もてなしが足りない」と、若い従僕へ怒鳴る姿を見たとき、オスカーはぞっとした。以前の兄では考えられない態度だったからだ。そんなジョンを両親は見守るだけで、何も言わなかった。無事、帰還できただけで充分なのだと。

 その一ヶ月後、予期していなかった人物から手紙が届く。

「メアリ・パターソン?」

 居間で執事ペスターから手紙を受け取ったのだが、家族がいる前で開封できなかった。

――今さらなんの用事が?

 朗報とは思えない。妹と弟のことで泣き崩れるメアリ嬢の姿が思い出される。

 オスカーは自室に入ると、さっそくペーパーナイフで手紙を開封し、読んだ。そして、絶句した。

――ええっ! ポーラ嬢とビアズリー氏が結婚だって!

 ああ、これは最悪な結婚だ。

 戦死したウィリアム――姉妹はビリーと呼んでいた――が、死に際ですら忌み嫌い、メアリも名前を聞きたくない、とまで言っていた元使用人のあの男。

「しかしどうして僕に相談をするんだ? たった一度しか会ってないじゃないか」

 だから関わりになるのを避けようと思うのだが、メアリの手紙は苦悩に満ちていた。

「そうだよな。あいつが夫になれば、あの領地はビアズリーのものだ。後継ぎが生まれたら、完全にそうなる」

 社会主義思想にかぶれているという、ビアズリー。そんな彼の妻になったポーラは、夫を屋敷に住まわせ、メアリへ尊大に振るまっているという。どうにかして追い出したいのだが、妹が結婚してしまったのだからどうしようもなかった。


『このままでは、わたしが生まれ育った屋敷を出なくてはなりません。スプリング伯爵の次男であるオスカー爵子ならば、このようなときどうすればよろしいのか。何か良い知恵をお持ちでしょうか。お願いします。どんな手段でも構いません。わたしにご助言くださいませ。かしこ』


 オスカーは父に相談しよう――としてやめた。またひとつ心配ごとを増やして、興奮させたくない。だからといって、衝動的な兄にも相談したくなかった。

――とにかく、もう一度会って、よく話を聞いてみよう。

 翌朝、サマセットの友人に会いに行く、とだけペスターに告げて、オスカーはウォートンへ旅立った。

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