限界
…………やれることは、一通りやった。
オセロを椅子に座らせて、鞄の中からお酒を出して、傷口を洗って、包帯で縛って、水分補給に解毒ポーションを飲ませて、それから部屋を見回して、灯りが漏れ出てないか確認して、他に何がないか探して、鍋を見つけて、裏口からでて井戸を見つけて、水を汲んで沸かして……限界だった。
……疲れた。眠い。
久々の運動、緊張、それに喉の渇きを潤すためとはいえ、残ったお酒を飲んだのもまずかった。
急に疲労と、眠気が襲ってきた。
頭も動かない。瞼が重い。
夜は見張りが必要だと思えても、それができる状態じゃない。
オセロは……今は落ち着いている、ように見える。息もしてる。
……だめだ、考えられない。
…………少しだけ、眠ろう。
ルルーは考える力も残されてなかった。それでもオセロが暖炉に入り込まないよう、区切るように、間に寝転むことはできた。背中が痛むからうつ伏せになって、一度呼吸したら意識が飛んだ。
▼
…………ルルーが次に目覚めたら、知らない毛布の上に寝かされていた。
そして起き上がろうとして、後頭部をぶつける。
硬い感触、知らない壁、閉じ込められてる?
パニック、早まる鼓動、それでも息を飲み、ゆっくりと視線を巡らす。
明かり、壁とは反対側、出口、這って出る。
……ベットの下だった。
ここは部屋の中、こぼれ日から朝になってるようだった。
眠りすぎた。
焦り、見ればオセロはいなかった。
暖炉の火も消えていて、沸かしてあったお湯も空になっていた。
……固まる思考をそれでも揺り動かして、現状を理解しようとする。
ベットの下にいたのは、隠されたからだ。
そうしたのはオセロだろう。そしてそのオセロはいない。
血もなく争った跡もない。それに何かあれば、その前に目覚められ、た?
……自信はない。だけど、オセロなら無事だと、信じたかった。
そこまで考えて、だけどそこまでだった。
どこまで行ったか、何をしてるか、わからない。
ただ、隠してくれていたということは、ここに戻って来る?
疑問、答えはない。
どうすればいい? どうしたらいい?
考えても答えなどなく、ただここにいれば安全だと、ルルーは自分に言い聞かせる。
それでも、何かできることはないか、外の様子を見たい、色々な欲求が産まれては、だけどと、疲れてる、よくわかってない、すれ違うかもしれない。だから、ここでじっとしていた方が良いって……そうして何もできなかった。
静かに、部屋の隅に座って、縮こまって、ただ不安と戦っていた。
▼
………………うずくまり、じっと耐え忍んでたルルーの元に、オセロが帰ってきたのは、その朝日が夕日に変わったころだった。
ノックも無しにいきなりドアを開いて、右手一つで大きな袋を掴んで、ひょいと入って来たら、あの笑顔だった。
「よお」
さもいつものような感じで、ずっと待ってて、立ち上がったルルーに普通に歩いてくる。
「そこらに色々隠してたんだけどよぉ、やっぱ片手だと持てる量減って時間食っちまったよ。でもあらかた回収できたよ。食い物も服もある。それにほら、トイレットペーパーも」
言い終わる前に、ルルーはオセロに飛びついていた。
怪我してるのも、戸惑ってるのも無視して、飛びついて、抱き着いて、そして、泣き出した。
声を上げ、涙をこぼし、顔を押し付けて、泣き叫んだ。
……限界だった。
酷い目に遭って、やっと解放されて、だけどオセロは腕を失って、それが居なくなって、待たされて、やっと帰ってきて、安心したら、そしてら溢れた。
感情、なんなのかわからないけど、これ以上は、耐えられなかった。
後先なども考えられないでただただ思いに従い、ルルーは泣き続けた。
▼
オセロはどうしたらいいか、戸惑った。
このデフォルトランドで誰かが涙をこぼすのは珍しくない。
特に力任せでぶん殴られた相手は、その半分ぐらいは泣いていた。
そうでなくても、男も女も、痛ければ命が危ぶまれれば、泣く。
……だが、こういう感じは初めての経験だった。
オセロでもわかる、感情的な涙、そして……それを何とか収めたいと思うのも、感じたのも初めての経験だった。
頭が良ければどうするのが最善かもわかるのだろう。だけどもこんな、まるで子供みたいに泣かれるのをどうするとか、泣き止ませるとか、経験などない。
どうするか、考えて……それで思い出す。
こいつは子供だった。
年端も行かない子供、しっかりしていて賢くて、色々なお話を知っていても子供は子供だった。
そこから、思い出されたのは、オセロが子供だった頃、母ちゃんと呼んでいた、その手で殺めた、母親に泣きついた時の記憶だった。
何でそんなに泣いてたのか、もはや思い出せないが、そのお腹に抱き着いて、泣いていた日の記憶が、ありありと思い出せた。
……そして、その時に、そっと優しく頭をなでられたのも、記憶に残っていた。
懐かしい、と感じることすら懐かしいほどだったが、それでもオセロは、昔してもらったように、残る右手で、ルルーの頭を撫でた。
それで一層、ルルーは大きく泣いたが、それでもこれで良いのだと、思えた。
……短く剃り上げられたルルーの頭の触り心地は良かったが、それを言われるのは嫌だろう、と思い、オセロは黙って頭をなで続けた。
ルルーは泣き続け、そうして、二度目の夜がやって来た。
▼
まだ安心はできない、だが休息が必要だと、オセロはまだここに残るべきだと判断した。
消えてた暖炉にはまた炎が燃えている。
その炎で煮立てられた鍋には、たっぷりのお湯と、ナイフの刺さったカボチャが丸々放り込まれていた。
細かく刻んだ方が火の通りが早い、学んでいたオセロが当然のようにヘタの部分へナイフを勢いよく突き刺すも、半端に刺さってそのまま抜けなくなったのだ。
押しても引いてもダメ、左右にグリグリやったら先が欠けそうだった。
なのでまんま、ナイフごと煮ることにした。
火が通れば柔らかく、抜けやすくなるだろう。
雑に考え、投げやりに鍋に投げ入れたのだった。
……いつもなら、両腕があれば、こんなカボチャ、切ることも貫くこともできた。その気になれば両手だけで割ることもできたかもしれない。だが今は、できない。そしておそらくは、これから先もできるようにはならないだろう。
せめてもの救いは利き腕ではないこと、その前に人差し指を無くしてた方だったことだが、失ったものと、それでも取り戻したものとを、オセロはどうしても比べてしまう。
それを気取られないよう、気を使いながら、隣に座るルルーを見る。
敷いた毛布の上にペタンと座って、酒瓶を抱えて、ぼんやりと火を見つめている。その目にはもう、涙はない。
……ルルーは泣き終えると、嘘のようにすっきりした顔になった。
湯冷ましの水が入った酒瓶を渡して飲むと変な顔になってたが、概ね無事のようだった。
…………いや、無事じゃない。オセロは訂正する。
服を着せた時、背中を見た。つるりと滑らかになった背中の皮からは、あの地図が消えていた。そしてそっと撫でだだけで、小さなやせ細った体がびぐりと跳ねたのだ。
やったのはアンドモア、おそらくは酸、皮を溶かして刺青を消す術があると、聞いてはいた。それが何の目的かは知らないが、それをやられた。目立つ傷はそれだけだが、それだけで全部が無事だったと流せるはずがなかった。
気を使う、というなれないことをしながら、オセロは暖炉の火まで身を伸ばすと、横に雑に積んだ山から薪を放り込んだ。
パチリと火花が弾ける。
「……あの」
小さなルルーの声にオセロは振り返った。
酒瓶を抱えたルルーが、オセロを見ていた。
「お話、聞きたくないですか?」
お話、久しぶりに聞いた単語、懐かしさまである。
だが、それを話せる余裕があるのかと、オセロは返事をする前にルルーの顔を見る。
……なんとなく、だが、その顔は、話したがってるように見えた。
積もるものあるだろう。なら、断る理由もなかった。
「……頼めるか?」
オセロが訊ねると、ルルーは小さく笑って見せた。
それを肯定と受け取ると、オセロは暖炉からルルーと同じぐらい離れて、床の上に胡座で座った。
そして、いつものように、ルルー声を作って、久しぶりに語り出した。
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