地獄一日目
ルルーが引きずられ、連れてこられたのは、一際大きな建物だった。
囲う壁は高く、厚く、ここだけ他よりも厳重に造られているようだった。鉄で作られているらしい扉を抜けると、広い庭で、手入れされているのか雑草もなく、代わりに肥料になりそうな多くの血と肉片で汚れていた。
庭を抜けた先、屋敷の入り口前には、仮面を付けた裏切り者たちが左右に整列し、頭を垂れて出迎えていた。
その間を平然と五人は進む。ここが彼ら五人、アンドモアの根城らしい。
と、パキリ、とルルーの足が何かを踏んだ。
チラリと見たそれは、剥がれた爪のようだった。
……こんな場所での生活、先ほど見せつけられた奴隷への扱い、ルルーの扱い、思うことは多い。
だけど、皮肉にも、彼らがポロリと漏らしたオセロ生存説に、ルルーは勇気づけられていた。
だったら、やることは一昔と変わらない。探って、望む通りに動く。何、オセロが生きてるんだ、だったらすぐに迎えに来る。そう思えるなら今までよりずっと楽なはずだ。
思い、気を引き締めて歩き始めたルルー、と、引っ張っていたバカラが急に足を止めた。
「あ、あれです。食事の前に処理しちゃいましょうか?」
「やるのか? 汚れるから後、いい」
「ですがロトさん。どっちみち食事の準備まで時間かかりますよ?」
「そんなかかんないよ。筋肉の言う通り、できるまで付きっ切りで殴り続ければいいんだよー」
「おいまてチンチロ、あのコック殴り殺したのやっぱお前か?」
「…………ごめんなさい」
「チンチロ、次から死体はちゃんと片づけて。パチンコさん、刀しまって。おい、椅子持ってこい」
バカラが命じると仮面の一人が走って屋敷に入ると、すぐさま椅子を抱えて戻ってきた。
……その椅子は大きくて、ざらついた白木が剥きだして、足や腕を拘束するようなベルトが巻き付いてあった。
それをルルーの前に置かれるとほぼ同時に、かちりと首輪の後ろがなって、すぐさま背中に冷たい金属の感触が走った。
そして空気に触れる背中、まるで樹木の樹皮を剥くかのように、ルルーのワンピースは斬り裂かれた。
その流れでリボンも、パンツもはぎ取られ、髪を掴まれて吊るされると靴も靴下も奪い去られた。
全裸に剥かれる。ルルーに残ったのは首の輪だけとなった。
まだ青い空の下、裸にされて、下ろされ、立たされる。
久しぶりに、そして二度と味わいたくなかった羞恥心に、顔が赤くなっていくのがわかる。
それを彼らは楽しんでいた。並んで立って、ねっとりとした視線で舐めるように足先から、全身を見つめ上げてくる。
隠したい、隠れたい、見られたくないという衝動、だけどそれをしたらもっと酷いことになる。
ぐっと我慢するルルーに、パチンコが顔を近づける。
「なんだよ、裸見られて興奮してんじゃねぇかよ」
心無い一言、それに言い返すなとぐっと我慢した瞬間に、ルルーは突き飛ばされた。
倒れて座った先は持ってこられた椅子の上、座った途端にロトとダービーが手早く両足を広げて縛って固定する。閉じられない股の間に視線を感じながら、今度は両腕も、左右に引っ張られて、固定される。
大きすぎる椅子、手足が引っ張られ、軽くお尻が浮いている。椅子に触れてる手足もざらついて、棘が刺さって痛い。
この状態で何をされるのか、身構えるより先に今度は頭に痛みが走った。
ゾリ、という頭蓋骨に響く感触、そして次に見たのは、ごっそりと束になって落ちてゆく、自分の髪だった。
色の抜けた金髪、抜け落ちた一本ではなく、束に、一塊に、剃り落されていた。
毛先を整えるため、ナイフやハサミで時間をかけて切ることはある。だけど、それは一度につまむ程度の量で、こんな、こんな一度に沢山の量が剃り落されるのは、夢にも思わなかった。
それが、ゾリゾリと、剃られていた。
……それだけのことだ。
自分に言い聞かせながら、ルルーは足元に溜まる自分の髪の毛を見つめ続けた。
裸を見らることも、侮蔑されることも、心無い言葉をぶつけられることも、これよりもずっと酷い。それに比べたら、こんなこと、大したこと無い、はずだ。
言い聞かせながら、頭が軽くなるのをじっと耐えていた。
▼
予想はしていたけれども、椅子に縛られ、放置されたルルーに食事などなかった。
裸と失った頭髪、残されたのは首輪だけ、そこへ吹き付けるそよ風が、残された体温をかすめ取っていく。
拘束されたままの手足からは血の気が失せて痛み始めるが、それを訴えたところで何も変わらないのぐらいは知っている。この仮面たちにどうこうできる権限など、もってるはずないのだ。
もっとも、持ってても変えたりしないだろう、とルルーは震える唇をかみしめた。
そしてどれほどの時間がったのか、五人が戻ってきたのは仮面の反応を見てわかった。
「おっしゃ、じゃあやっかねぇ」
ダービーの声に反応し仮面たちが一斉に動く。
馴れた手つきでルルーを拘束から解くと、そのまま吊り立たせ、一人だけだったダービーを先頭に屋敷の中へと連れ込まれる。
中は、立派だけど殺風景だった。
壁とか柱とか、どれも太いがっしりとした石で作られていて、見るからに頑丈そうで、なのにこういうお屋敷にはお約束な絵画とか、彫像とか、そういった飾りっけが一切なかった。
こうして歩かされる廊下でさえ、埃も絨毯もない、石がむき出しになっていた。
……多分ここは、軍事施設だったのだろう。
似たような施設は何度か見たことがある。ここがこうなる前、デフォルトランドは戦争に備えて色々造ったり集めたりしていた。だけどそれをほっといてみんな逃げ出して、その多くが残された。
結果、それをお宝として蛮族たちが群がり、略奪し、略奪しきれなかったものは他に奪われないよう焼かれた。
その中で焼かれそこなったか、あるいは燃え残った建物は大半が何者かの根城にされていた。
ただここは、その中ではかなり綺麗な方だった。
ふと、ルルーはオセロの最初の家を思い出す。
あそこも綺麗に片付いていたなと思った。
思うルルーは階段を下ろされ、地下へと連れていかれた。
薄暗い中、蝋燭は灯り、果ての見えない廊下と頑丈そうないくつもの扉が見えた。
その間を進む。
……扉の一つ一つ、向こうに誰かがいるのがわかる。
ただ、そのどれも見たいとはルルーは思わなかった。
「遅いよ」
「寄り道してねぇよロト」
軽く会話しながら入った部屋は、広い部屋だった。
真ん中には大きなテーブル、四方の壁には鎖と蝋燭、一つの壁には薬瓶が並んだ戸棚、もう一方、右側には椅子が五つ並べられていて、そこに残り四人が座って待っていた。
手には焼き物のカップ、足元には酒瓶が人数分、それをちびちびとやっていた。
「じゃあ、始めましょうか」
言ってバカラが立ち上がると、ダービーと入れ替わる。
それを見届け終わる前にルルーは机の上にうつぶせで寝かされた。
そして手足を叔母されそれぞれぞ机の角へと引っ張られ、テーブルの足から伸びているだろう紐で拘束された。
まるで毛皮の敷物のようにルルーは寝かされる。
これから何をされるのか、想像もつかなかった。けど彼らが楽しみたいのだとは理解した。だから、適度に演技して、満足させて、ダメージを最小限に抑えよう、そうルルーは思った。
「なぁ、手っ取り速くはぎ取っちまえよ」
「パチンコさん。それじゃあだめでだと何度も説明しましたよね?」
バカラが話すのと同時にスポンと音がして、ぺちゃりと背中に何かが塗られた。
最初は冷たく、すぐに熱く、後はひたすらの激痛だった。
演技とか楽しませるとか、そんな考えなど全部吹き飛ぶ痛みに、ルルーはただただ泣き叫ぶだけだった。
…………それを五人は、酒を飲みつつ満足げに見ていた。
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