また、大して面白くない話

 小さな小屋には床はなく、土がむき出しだった。


 あるのは長椅子が三つと、大きな台が一つ、一つしかない部屋の中心には囲炉裏がある。天井の梁にはフックのついたロープがある辺り、ここは狩猟小屋なのだろう、とルルーは思った。


 この小屋は、道化集やタクヤンから分かれ、東へ向かう道から少し外れた場所にあったのを、オセロが偶然見つけたのだった。


 そこで一泊しよう、と言い出したのはオセロで、だったら残してくれた物資を全部を運び込もう、と言い出したのはルルーで、それらを運び入れてクタクタになってるのが二人だった。


 そうして全部を運び入れると、奥に置いた台と長椅子一つ、その上と下がびっしりと埋め尽くされていた。


 それを横目に見ながら、ルルーはその中から引っ張り出した四角いパンを齧っていた。


 口に広がる味、この風味はドングリだろう。保存を考えてなのかほとんど水分がなくって、硬い。噛むたびに口がぱさぱさになって、顎も疲れるけど、ほのかに甘くて嫌いじゃなかった。


 それがまだたくさん、他の干し肉やキノコ、果物なんかも合わせると、二人で食べ続けても何週間もかかりそうな量だった。


 だったら、これ全部を食べ終わるまで、ここにいてもいいかな、なんて漠然とルルーは考えてた。


 物資の中にはお鍋もあったし、裏側には井戸もあるらしい。この小屋も目立たない場所にあって、それに長い間使ってないみたいだし、いいアイディアに思えた。。


 それにオセロも、休まないといけない、そう思いながら、こっそりと様子を伺う。


 ……囲炉裏の火を挟んで反対側、長椅子の残る一つに座って、オセロは鉄の棒で小さく燃える火をつついていた。


 その顔の半分、殴り合いで殴られ続けてた方が真っ赤に腫れあがって、なのにオセロは平然としている。


 それは、慣れちゃいけないことなんだけど、それでもいつものことな筈だ。


 なのに、だけど、今のオセロはなんだか違っていた。


 それが何なのか、わからないけど、良くないのはわかった。


 どうしたらいいかはわからない。だけどこのままじゃ良くないのはわかってる。


 だから休もう、と思った。休むべきだと思った。


 ……思った、のだが、それを言い出しにくいのが今のルルーだった。


 思えば、二人きりになってから、二人の間の会話は確実に少なくなっていた。


 必要なことは教え合うし、返事もする。だけどそれだけで、必要以上の会話は無くて、それに、いつもなら絶対にねだってくる『お話』も、今夜に限っては言い出さなかった。そんなオセロには何となく話しかけ難くて、会話が少なくなっていた。


 …………今は、疲れてるんだろう。


 それにもう夜も遅い。今夜は絶対にここで眠る。なら、遅く目覚めた朝に改めて話せばいい、そう思うことにして飲み込み……キレないで喉に引っ掛かるパン、もう限界、水気が欲しい。


 思って立ち上がって、物資に向かい、中から酒瓶を引っ張り出す。


 このまま飲もうかとも思ったけど、道化集の文明を思うと、これは行儀が悪いなと思いなおして、長椅子に戻った。


 座りなおしてから改めて、コルクを抜いて中身を飲む。


 中身はおなじみの薄いブドウ酒、酸っぱくて渋くて酔えもしない、と思って、思い出した。


 慌てて瓶を置いて、ずっと身に着けてた小瓶を引っ張り出す。


 割れてない漏れてない大丈夫だ。


「あの、これ」


 声をかけると、オセロはゆっくりと視線を上げた。


 そして視線は、ルルーの差し出した小瓶、解毒ポーションで止まった。


「念のため、飲んでおいた方が良いかと、思って」


 これはいくら疲れていても、忘れてはいけない、飲んでおかなければいけない、思ってルルーはオセロに差し出した。


「あ、あぁ」


 そう応えて、オセロも手を伸ばした。


 ……だけど、その手は届かなかった。


 ルルーの手が短いのも、囲炉裏が少し広いのも、長椅子が離れすぎてるのもあるけど、ともかく拳一つ分届かなかった。


 そんなのよくあること、たまたまで、気にするようなイベントでもない。


 なのにオセロの指は、傷ついたみたいに、わずかに引いた。


 それに、ルルーは勢いよく立ち上がっていた。


 酒瓶が倒れたのもほっといて、大股で、囲炉裏を迂回して、オセロの真横まで歩いて行った。


 驚いたように目を丸くしてるオセロは、長椅子に座っていても目線が上だった。


 そのオセロへ、小瓶を差し出す。


 ……ぼんやりとしてるオセロ、その手を取って、小瓶をしっかりと手渡した。


「あ、あぁ」


「はい」


 いつもの返事、会話をして、ルルーは満足して席に戻った。


 そこは酒瓶が倒れた。コルクを締め忘れてたから中身がこぼれて、半分近くが床の土にしみ込んでしまった。もったいない。


 瓶を立て直し、残った量をゆすって確認する。


 ……と、見ればオセロが笑っていた。


 小さく、元気はないままだけど、しっかりと笑っていた。


 そして肩を回して、肘を曲げたまま伸びをして、それから、口を開いた。


「やっぱ、話しといたほうがいいよなぁ」


 ルルーに言う、というよりは自分に言い聞かせるような呟きだった。


 ……これは、知っといた方がいい、というんじゃなくて、単純にオセロが話したい、しゃべりたいだけなんだと、ルルーにはわかった。


 だから、聞こうと思った。


 ▼


 ルルーが聞こうと身構えてから、短くもない時間が過ぎた。


 思い出してるのか、言葉を選んでるのか、何度も頭を掻いてから、やっと決心がついたみたいに、続きを話し始めた。


「…………俺が、あそこに、アンドモアに入った経緯は話してるよな?」


「はい。それは、最初の夜に」


「じゃあ、俺の両親のことも話したよな?」


「それも、はい。お二人とも、アンドモアに殺されたと」


「違うよ。父さんは、確かにあいつらに殺された。戦って、刺されて、燃やされて、死んだんだ。それは、間違ってない。だけど、母さんは、違うんだ」


 オセロは息を吸い込み、吐き出した。


「……あの後、俺は捕まった。目隠しされて、周りは悲鳴だらけでわかんなくてよ。それで、何も言われないで引っ張り出されて、目隠し外されたら、大きな焚火の前で、周りはあいつらに囲まれてて、素人目には逃げ道なんかなくて、それで目に入ったのが……まぁなんだ、友達で、それがそいつの母親と一緒に殺されてた。それで言われたんだ。こいつらはまちアッツ!」


 突如の大声と共にオセロは鉄棒を放り投げた。


 先は囲炉裏の火をつついたまま、熱伝導したんだろう。


 間抜けに慌てるオセロの姿、人並みに熱さを感じてることを喜ぶべきなのか、ルルーは困った。


「だめだ。しまらねぇな」


 自嘲しながらオセロは転げた鉄棒を靴の裏と裏とで挟んで持ち上げ、火から引き抜いた。


 そっと指先で熱を感じた後、ころりと鉄棒を土の上に寝かして、足の裏で転がす。


 ……それで、オセロは一度口を開いてから、また閉じて、それからまた開いて、続けた。


「こいつらは間違えた。だから死んだ。んなようなことを言われてよ。で、母さんが連れてこられた。後ろ手で縛られてて、顔なんか今の俺みたいに腫れてて、鼻血出してて、俺の横に並べられた。それでやつら、俺の前にナイフを投げさしてよ。言ったんだよ。俺たちを楽しませたら、お前は助けてやるって」


 わかってしまった。


 想像してしまった。


 聞きたくなかった。


 逃げ出したかった。


 だけど、ルルーが変わらず聞く姿勢でいたのは、そんなルルーよりも辛そうな、オセロが逃げないからだった。


「……必死に考えてよ。違うことも考えたいのに死体があるからそれができなくて、それに答えもすぐにわかって、だけど嫌で、逃げられなくて、でも死ぬのが嫌で、だから、少しだけなら大丈夫って思ったんだ」


 オセロが大きくのけ反って、天井を見上げた。


「考えてみれば馬鹿なことだけどよ、ガキでも喉刺せば死ぬんだよな。それで、派手に血が噴き出てそのまんま死んだ」


 姿勢を正して、泣きそうな、小さな笑いと一緒にルルーを向いた。


「俺は俺が助かるために必死に考えて、命令されたわけでもないのに母さんを刺して殺した。それだけだ。まぁ、大して面白くもない話だよ」

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