キラーワード

 ポピーは、ここがデフォルトランドになる前からエージェントとしてここに派遣されていた。


 最初の任務はスパイ狩り、次は前線の内部報告、その次が大撤退に必要な下調べで、最後が、空白地帯に入り込んだ麻薬組織の情報収集だった。


 そのどこかの過程でコロンと出会った。そして頭についている王冠も、手に届く距離にあった。


 優秀だったポピーは、その場に全てが揃っていることに気が付いた。


 後は実行するだけだった。


 エージェントとしての技術で麻薬組織に取り入り、エージェントとしての立場でコロンから王冠をだまし取り、合わせて自分の夢の実現、すなわちイケメンハーレム建国へと乗り出したのだった。


 幸運も味方した。


 デフォルトランドの平定は何故だが遅々として進まず、最高の麻薬である銀麦も手に入り、その生産も順調だった。コロン率いるフリークスは長々と妨害を続けてきたが、それも対応できないほどの脅威ではなかった。


 それらを可能にしたのが、やはり王冠だった。


 座学で習ったよりもはるかに強力だったこのアーティファクトは、多くの力を宿していた。


 その一つが『正気化』というものだった。


 最高権力者たる王族が、薬物や精神魔法などによって正気を失っている、あるいはその恐れがある、とならないように施された高度な防衛効果魔術が、その王冠をかぶったものを守るのだ。


 当初は、そのせいでいくら薬を決めてもトリップできないと余計なものだと嫌っていたが、あくる日、自分の肌が煌くのに気が付いて、考えを改めた。


 その煌きこそ、体内に一度吸収された後にそのまま体外へと排出された銀麦の麻薬成分の結晶だったのだ。


 その薬効はすさまじく、口や鼻から取り込まなくても直接肌に触れるだけで吸収し、そして瞬時に脳へと到達、中毒にできた。


 そうして虜になった人間は、催眠状態となり、思いのままに操ることができた。


 崇めよと命じれば崇め、従えと命じれば従い、死ねと命じれば死ぬ、これほどの力があればもう、ハーレムなど作りたい放題だった。


 そうしてこの村を作ったのだ。


 麻薬の力を維持するために銀麦畑を耕し、イケメンを集めるために犯罪組織と取引する。これで王冠の存在を知っているコロンたちが消えればもう、完璧だった。


 そしてそのコロンが、もう少しで消せる。


 ……完璧まで、もう少しだった。


 ▼


 もう少しなのに、とポピーは鼻から熱い息を吐き出した。奥歯が残っていたら全力で食いしばっていただろう。それだけの口惜しさがあった。


 この、オセロは逸材だ。


 傷だらけの褐色肌、逞しい体、素敵な童顔、加えて元テロリストの暗い過去、何もかもドストライクなイケメンワイルドプリンス、しかも実際に強い。


 彼ならば、正式な夫婦になってあげてもいい。それだけ惚れ込んでいた。


 ……だけど、その前にこの汚物たちの処理だ。


 コロン、王子の面汚し、産まれてくるべきではなかったゴミ、しつこい男、こいつが居なくならなければ安心してイチャコラできない。


 ルルー、邪魔なメスガキ、オセロにへばりつく寄生虫、ただ若いだけで何一つ美しくない女、こいつが居続けるかぎりオセロの心を独占出来ない。


 だがそれも、この粉の前にひれ伏すのだ。


 手の平よりこすり出した麻薬成分、フェアリーミストをオセロへ、初対面の時同様顔に吹きかける。


 煌く軌道が風の流れを染め上げ、鼻の中へ吸い込まれるのを示した。


 途端、ふらつくオセロ、遠目でもわかる瞳孔の拡大、発汗、薬が効いている証拠だ。


 勝った。これでもう虜だ。


 まだ麻薬に触れて日が浅く、しかも麦粥を食べ損ねたと聞いている。だから弱かったのだろう。だがそれも、この御代わりで取り戻せた。


「さぁ、その少女を殺して、コロンを殺しなさい」


 改めての命令……だがオセロは動かない。


「さぁ!」


 思わず荒げてしまった声に、オセロが向ける視線は、敵対を含むものだった。


 ……麻薬が、効いてない?


 いや、矛盾する命令に混乱しているのだろう。最初に交わした契約、王子を殺せば少女を助ける、そんなことをまだ覚えているとは、少し麻薬を過信しすぎていた。


 ならもう一押し、薬を追加する?


 いやいや、これ以上の投与は強すぎる。何もかもが壊れかねない。せっかくのイケメンワイルドプリンス、大事にしたい。


 ……ならば、久しぶりに技を使おう。


 ポピーは過去を思い出す。


 まだここを始めたばかりの、フェアリーミストが弱かったころにやってたように、エージェントとして習った、心理操作の技術を、思い出し、実行した。


「オセロさん」


 優しく、安心させるように、包み込むように、その時笑顔は忘れてはならない。


「……あなたにとってその少女は、とても大切な存在なのでしょう。それは、よくわかります」


 わからない。わかりたくもない。だけどそう言っておく。


「……私は、その少女の代わりにはなれないでしょう。それどころか、恋人にも、してはもらえないでしょう」


 今だけの話だ。相手が例え少女趣味であっても、同性愛者でも、結局は麻薬の前に屈服する。だから今だけ、そうしておく。


「……ですが、どうか私のことも頼って下さい」


 この技術は、相手に与える自分のイメージを操作する。言葉はもちろん、声質、リズム、表情、細かな身振り手振り、それらを総合して与えるよう、演技する。


「私は、頼られたいのです。あなたの、お母さんみたいに」


 慈愛の笑みに重ねて放つ、必殺のキラーワード、この一言に、全ての村人たちは陥落してきた。


 ……人間、生きていれば母親についてそれなりに思うところがあるものだ。


 それはこんなデフォルトランドに住み着くごみでも、いやごみだからこそより深く、思う。


 実の親を好いていればそれに重ね、嫌っていれば理想の母親像と重ね、荒んだここでの生活に疲れ切っている心の隙間に入り込める。


 普段ならこんな露骨なキラーワード、怪しんでシャットアウトするところだろうが、しかし麻薬でそこら辺がマヒしてしまえば、結果ストレートに受け取り、私を母親と認識する。


 後は、相手の持つイメージに合わせて演技すれば、勝手に下僕となってくれる手はずだ。


 そしてそれは、このオセロも例外ではない。


 カランと鉄棒を落とし、こちらに向き直り、真っすぐと見つめ返してくるその瞳は、完全に術中にはまったものだった。


 堕ちたな。


 ポピーは慈愛の笑みに、勝利の微笑みも足し加えて笑った。


 そんなポピーを、オセロは虚ろな瞳で見返していた。

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