聖域と呼ばれている場所へ
これまでの経緯をルルーはコロンにかいつまんで説明する。
火を点けたこと、図書室でオセロを待っていたこと、会えたこと、そしたら攫われたこと……何故だかルルーは包み隠さず話していた。
そして普通なら信じられないような、オセロを攫った未確認飛行物体にも、疑いの声を上げなかった。
ルルーが説明し終わると、コロンはゆっくりと仮面を外した。現れた顔は、初めて見せる、真剣な顔だった。
「……レイディ、確認だが、彼が攫われた先は、あちら側にある、大きな教会で間違いないのだね?」
「そう、だと思います」
「ふむ。やはり聖域に向かったのか」
「……あの、聖域ってなんですか?」
このルルーとしては当然の質問に、コロンの表情が変わった。
それはしまった、という表情だった。経験上、それは聞かれたくない、いや聞かせたくない、といった表情だった。
「……聖域は、ここの村長、支配者の根城のこと、つまり本拠地なのだ」
奥歯に何かが挟まっているような、慎重に言葉を選んでいるような、そんな話し方だった。
それは善意からなのだと、ルルーは察して、それ以上は訊けなかった。
「……安心したまえレイディ」
笑って見せるコロン、どうやらルルーの方も不安な表情が出てしまっていたらしい。
「本拠地といっても軽微は手薄、彼らにとって最重要拠点は変わらず麻薬の貯蔵庫だからね。それにこの火事騒ぎ、いてもオセロ君を攫った側近だけだろう。私でも、十二分に勝機はある。少なくとも、助け出せるはずだ」
勇ましい言葉、コロンは、ルルーが助けてもらえないから不安がってるのだと思っての言葉なのだろう。
確かにそれもあるにはあるけど、だけど一番に思うのは、オセロの心配からの不安だった。
……ねぇ様以外の人を好んな風に、それもまさかオセロを思うなんて、不思議な感じだった。
「……それに、私にも用があってね。そろそろあの女と決着をつけねばと思っていたのだよ」
女?
湧き出た新たな疑問を、ルルーは今度こそ飲み込んだ。
そうせざるを得ない凄み、コロンの眼差しは、初めて見せる、怒りを映していた。
これには、触れてはならないだろう、ルルーは読み取った。
「……さてレイディ、そうと決まればさっそく向かおうか。ここまで来たレイディのことだ、どこかに隠れていたまえ、なんて言ったところでこっそりついてくるのだろ?」
元に戻ったらしいコロンに、ルルーは頷いて返した。
「なら、ご一緒願おう。どのみち彼への説得役が必要になる。そこまでエスコートさせてもらおう。その代わりといっては何だが、いくつか約束してもらうが、いいかな?」
また頷いて返す。
「よろしい。まず、私よりも前に出ないこと。自分の、レイディ自身を最優先に行動すること、危険だと私が判断したら撤退すること。最悪、今回が無理でも生き残れればまたチャンスが巡ってくる。だから、いいね?」
頷く。
「そして最後に、これだ」
コロンは徐に股間の仮面を外した。
そして、その股間の仮面をルルーへ、差し出した。
「さぁ、これを付けたまえ。防毒マスクだ。あのエージェントが残していったものだが、この先絶対に必要になる。さぁ」
……ルルーは、目じりが痛くなるほど大きく目を見開らいていた。
「……あ、そうだな。これは気が付かないで、大変失礼した」
固まるルルーの姿に流石のコロンも気が付いてくれた。
股間の仮面を下げて、代わりに自身が被ってた方の仮面を差し出す。。
「こちらは私が今まで使ってたマスクだ。安全は保証できる。これなら安心して使ってもらえるねレイディ?」
……そうして差し出された仮面の内側は、呼気か、汗か、あるいは涎か、とにかく湿っていて、てかっていた。
……ルルーは、目を見開いたまま、この二択に恐怖した。
▼
……その防毒マスクは、顔の前面をすっぽりと覆う形をしていて、長い紐で後ろで結ぶことで大人よりも小さなルルーの頭もぴったりフィットした。
目の部分は厚めのガラスでできていて、これが曇っていて前が見えにく。それにかかなり重くて頭がふらつく。これでも軽量化されている方で、それでも有毒なガスや煙が入らないよう、機密性を確保するには一定のボリュームが必要なのだ、と隣を歩くコロンはくぐもった声で教えてくれた。
その機密性やらがこれから何の役に立つのかは知らないけれど、嘴の変な臭いのお陰でコロンの臭いを感じなくて済むのが、せめてもの救いだった。
……顔と股間と、どちらがよかったかーなんて、今更考えても仕方ないことだとは思っていても、どっちも嫌だというのが本音だし、どっちだったとしてもさっさと脱ぎ捨てて忘れてしまいたい、と切に思っていた。
こんなくだらないことを考えながら進めるのは、村に人影がないからだ。
マスク越しでも喧噪が聞こえてるから単純に見えてないだけなのかもしれない。
そして、すぐに教会らしき建物の前までたどり着けた。
近くで見ると、立派な建物だった。
これといって飾りが細々ついているわけではない。シンプルな白くてまっさら漆喰の壁に大きな扉は木のモザイク模様だ。その目立たないのに手間のかかっている感じが、他の毒々しいほどに派手にした家々とはギャップになって、良い意味で浮いて特別に見えるのだろう。
考えながら見上げると、やたらと角度が急な屋根の角に、ここが信仰しているらしい宗教のマーク、二本の棒が捻じれたやつが小さく取り付けてあるのが見えた。そのマークに見覚えがあったが、今のルルーは思い出せなかった。
まぁ、宗教の名前なんて、言われてもわかるわけがない。
何せここはデフォルトランド、神とか信仰とかから最も縁遠い土地だ。祈るのは本当にどうしようもなくなった時だけで、しかもその祈りは大方聞き入られない。
そんな土地での教会なんかに興味などなく、良くてただっぴろい建物、悪ければ不条理に対する神への反逆とやらでトイレにする。
そんなこの土地で、こうまで綺麗に、原形をとどめているのは、彼らの言う奇跡というやつなんだろう。
と、そのマークの陰から何かが飛び出した。
それが何か、ルルーの焦点が合うより先に、そいつは翼を広げた。
オセロを攫った未確認飛行物体が、今度はルルーの頭上に迫っていた。
そいつは、ぞっとするような、それでも女の顔をしていた。
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