話のオチ
ルルーが見る限り、タクヤンの船は帆船だった。
なのに風に逆らって進めるのは、オセロがドアを砕いて作ったオールで力任せに漕いでるからだった。
通るのは川の真水と海水が混ざるあたり、川が終わってすぐのあたりだ。
ここはサメもピラニアもいるから水面に手を出すなと言われて、ルルーは甲板に小さく丸く収まってた。
見渡す限りの大海原に登ったばかりの朝日、それに負けないぐらいに燃え盛る橋は綺麗だった。
それらには興味がないらしく、オセロは一心不乱にオールを漕いでいた。
「……今更ですけど、いいんですか? この船は一応、タクヤンのですよね?」
「大丈夫だ。あいつと話はつけてある。積荷も含めて好きにして良いってなってるよ。代わりに燃やして処分しろってな。あいつは、陸地に安全な基地があって、そこに向かうらしい。まぁ、詳しくは知らないけどな」
そう言ってまた漕ぐ。力強い動きに、疲労もダメージも見られない。
本当にすごいな、とルルーは思った。
「なぁ」
オセロに声をかけられドキリとする。
「久しぶりに聞かせてくれよ。お話をさ」
そう言われて、黙って乗ってるだけなのもあれだとルルーは思った。
「……そうですね。じゃあ、何かお話ししますね」
応えて、ルルーの頭に浮かんだのは、あのトラの寝物語が思い浮かんだ。
「これは、ここで聞いたお話で、途中までなんですけど、いいですか?」
「かまわない。面白ければな」
「そうですか。それじゃあ」
ルルーは喉を鳴らして声を作る。
……ねえ様に似せるか、トラに似せるか、迷ったけど、ねえ様にした。そっちの方が、最後にトラの名前でびっくりさせられる。
ルルーは話しはじめた。
『あるところにとてもとて心の優しい、お姫様がおりました。お姫様はみなに優しく、みなに愛されて、お姫様は幸せに暮らしていました……』
本当に久しぶり、なのに難なく声が作れた。
『……そんなある日、お姫様は家族と一緒に旅に出かけました。そして立ち寄った村で、お姫様は奴隷を初めて見ました。お姫様は奴隷というものがどのような存在なのか、よくわかりませんでした。お城に戻ってからも、お姫様は奴隷のことが知りたくて知りたくて、ついにある日、おひめさはとうとう奴隷に変装してお城を飛び出してしまいました……』
短いお話が終わって、見ればオセロのオールは止まっていた。その表情は、なんだか微妙な顔だった。
「……気に入りませんでしたか?」
不安になってルルーが尋ねると、オセロは首を横に振った。
「気に入ったって言えば嘘になるが、でもお前が悪いわけでもない。だけど、なぁ」
オセロは頭をボリボリ掻いて、それから一呼吸置いた。
「知ってるんだよ。その話」
「え?」
目を見開くルルーの前で、今度はオセロがお話を始めた。
『……お姫様はお城に手紙を残しました。奴隷を知るために奴隷になります。お城の人たちは大慌てでお姫様を探します。ですが、奴隷の数は多すぎて、誰がお姫様なのかわかりません。そうして今も、お城はお姫様を探しているのです……』
オセロはコキリと首を鳴らした。
「それでこう続けるんだ。私は姫を探せと命じられたものです。しかし未だに姫は見つかりません。このまま私の首ははねられてしまいます。ですからどうか、姫を演じてはもらえないでしょうか?」
「……なんですか、それ?」
「知らないよ。俺が作った合言葉じゃない」
「合言葉?」
ルルーの目はますます丸くなった。
▼
これは、オセロとしては恥ずかしい部類の話になる。
だけどもここまで話した手前、ちゃんと説明しないと後々に引っかかる。
だから、話す。
「もう随分昔の話だけどよ。俺はここに来たことがあるんだ。初めは仕事で、でも遊べると聞いたから遊ぼうと思って、でもつまんなくてよ。カジノとかコロシアムとか、食い物は悪くないけど高くてよ。で、最後に奴隷を借りることにしたんだ」
ルルーの顔が一瞬曇った。どこかわからないのとこでもあったのか、でも質問がないのでそのまま続けた。
「で、何度か騙されて、これは最後って、女借りて、いよいよって時にまた襲われたんだ。しかもひょろ長くてメガネで、武器なんかちっちゃなナイフでよ。俺の妻を返せってってよ」
「……それで、どうしたんですか?」
ルルーの声は怒ってるようだった。だろうとは思う。こんな話、誰も面白いとは思えない。
でも今後のため、続ける。
「それでもやるならやろうと構えたら、俺より先に女がそいつを殴るんだよ。平手でさ。俺と襲ってきた男がキョトンとしてたら女が喚くんだ。今すぐ帰れって、私のことは忘れろって、ここでこいつを、俺のことな、殺しても逃げられないって、ここにはコボルトとか、屈強な海賊とかいっぱいいて、そいつらに追いかけられて二人とも殺されるのがオチだって」
……ルルーの顔はますます不機嫌になっていく。さっさと話を終わらせた方が良さそうだ。
「そこまで聞いて俺は、そっちの方が面白そうだと思ったんだ」
「そっちって?」
「だから奴隷を逃す方だよ」
「…………は?」
「だってそうだろ? 俺一人が喧嘩売ってもあいつらが構ってくれるのは最初だけで、後は逃げるだけ。でも、奴隷を拐えば、そっちが捕まるまで遊べる。バレても賞金首、悪くはない。なら、断然そっちの方が楽しめる」
…………あぁそうだ、あの二人も今のルルーみたいな、こんな顔してたな。
「……流石に最初のこれでは信じてもらえなくてよ。その日は女と別れて、襲ってきた方と帰ったんだよ。それで、昼間はどうやって逃すか偵察とかして回って、夜はそいつをまた借りて相談して、そしたら女の方が奴隷に話広げててよ。でもみんな信用できてなくて、で、もしも無事に逃げられたら、今の話の続きを、どこからだったか、伝えるんだ。正解だったら脱出成功ってな」
ルルーは、目を見開いたままだった。反応は薄いが、聞いてはいるようだ。
「で、最初のその女と男は普通に逃がせた。最初だったし、あっさり何にもなくてよ。でも帰ってきたらえらい騒ぎで、お祭りだった。後はもう、 同じように奴隷逃して、追っ手潰して、もう夢中で遊んだよ」
懐かしい、とオセロはあの頃を思い出す。
「警備の方がドンドン数も質も良くなってって、でも奴隷の方が切れちまってよ。俺の言うことを信じてる奴らはみんな逃がしちまった。しかも最後の方で、アンドモアってバレちまって、人食いなんて噂まで流されたらもう、新規開拓もできずにお終いだよ。それが前の話だ」
「……それで、何人ぐらい逃したんですか?」
「いや、正確には数えてないけど、確か奴隷が半減したとか聞いたな」
「オセロ!」
ガタリと立ち上がったルルーにビクリとするオセロ、それでルルーの伸びた手に反応できなかった。
ひたりと、ルルーの小さな両手がオセロの頬を挟んだ。
「そんな、すごいじゃないですか。それって、もう、物語の主人公みたいな、英勇みたいで、ほんと、もっと自慢していい話じゃないですか」
頬にルルーの温もりを感じながら、オセロは言葉に詰まる。
「……別に、自慢とかどうでもいいだろ? 大事なのは面白いかどうかで、さ」
オセロとルルー、見つめ合い、変な感じになる。
……オセロは、告白したのもあって、逃げ出したい気分だった。
そして、逃がしてくれたのは一波の揺れだった。
ペタンとルルーは尻もちをついて、元の距離に戻る。
でもまだ空気は変化な感じだった。
「……だからなんだ、契約としては微妙だけど、俺の知ってるお話は無しにして欲しいんだ」
「そうですか。そうですね。だったら別の話しがいいですね」
そう言うルルーは、なぜか嬉しそうだった。
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