月光と朝日と潮風と
道中なんて覚えてない。
ルルーが覚えてるのは、あの五つの分かれ道のうちの右端を選んだことと、ひたすら外の空気を求めてたことだけだ。
それでようやく、オセロに続いてマンホールから外へと出られた。
目に飛び込んできたのは月光映す大海原だった。
幻想的な光景に、後ろが詰まってて見惚れる暇はなかった。
そうして揃って外に出て、存分に新鮮な夜の空気を吸い込んだ。
……ようやく落ち着きを取り戻して、辺りを見回す。
月の光でよく見える。場所は海岸、打ち捨てられた廃墟から、ここがフォーチュンリバーの端っこみたいだった。
そこに並ぶのは五人、べたりと地べたに座って、思い思いに呼吸を整える。その中になぜか、いつの間にかタクヤンが混ざっていた。大きな袋を投げ出して、舌を出して荒く息をしていた。
「なぁ」
オセロの不機嫌な声に、タクヤンはびくりと跳ねる。
「なんで、よりにもよってあんなやつを連れてきたんだ? 前にアレ堪能してぶっ倒れたの忘れたのかよ?」
「しょうがないだろが、あれは、お前の代わりだ
「あ?」
「今回の騒動、主犯格として俺とお前の顔が張り出されてる。間違いなく賞金がかかった。で、見つかって、俺は戦う術がなくて、逃げ回ってて、それであいつに見つかって追い詰められてだ。命乞いのつもりでダメもとで交渉したんだよ。そしたらまさか了承するとは思わなかったんだよ。弱者救済、これもまた修行の道だ、とかなんとか言ってよ」
「だったら、つーかそもそもなんで一人で出歩いてんだよ」
「しょーがないだろ。こっちも仕事なんだからよ」
言ってタクヤンはバサリと紙の束を置いて見せた。
「なんだよこれ」
「証拠ってやつだ。奴隷取引の領収書やら計画書やらだな。ここを潰してもアリの巣の穴を一つ塞いだだけだ。まだ別の穴もあるしほっとけば修復される。中のアリと女王を駆除するための大事な手がかりだよ」
うんざりといった感じで話すタクヤン、これでもちゃんとしたエージェントなんだなと、ルルーは口には出さないで感心した。
「そうか。じゃあそっちの沢山の靴はなんだよ」
「戦利品だ。特別ボーナスとも言う。どうせ焼かれるなら貰っとこうってな」
そう言ってタクヤンは袋から本当に靴を一足取り出した。革製の、深緑色のやつだ。
「ルルーちゃんにもおすそ分け」
そう言って差し出される。
趣味が悪く、この服とも合わない。でも今までの靴は、白タイツと一緒にボーラにして投げたままだ。いつまでも裸足は痛い。
不本意だけど受け取って、履いた。
気持ちの悪いことにサイズはピッタリだった。
「エージェント殿! エージェント殿! ご指示を下され!」
「読んでるぞエージェント」
「まて! マジでどうすりゃいい?」
「知るかよ。雇ったのはお前だろ」
「そうだが、指示出さないとあいつ上がってくるぞ」
「……とりあえず、下水道歩き回って、とりこぼしたコボルトがないか確認させろ。そのあとは待機して、囮役だ。期限はまぁ、三日ぐらいか。お前のサポートもあればできるだろ」
「まて、サポートって、俺がか?」
「他にいないだろ。それに守ってもらうんだろ?」
「オセロ、お前に頼みたい」
「無理だ。俺にはこいつとの契約がある」
そう言ってオセロはルルーを見る。契約、忘れてなかった。
「エージェント殿!」
「待て! 今行く!」
タクヤンはマンホールへと駆け戻って行った。
「あの」
次にオセロに声をかけたのはトラだった。隣にネズミが立って、揃って不安げな眼差しを向けていた。
「まぁ、お前らも、あそこに戻るならもう少し時間が経ってからにしろ」
ざっくり言ってオセロは自分の長い髪を絞る。ボタボタと汗の雫が落ちた。
「……いいんですか?」
「いいって、何が?」
トラの言葉の意味を、オセロは本当にわからないようだった。
海風が気持ちよかった。
▼
近くの廃墟にルルーたちは移り、そこでオセロはトラに治療を受け、ルルーはネズミと一緒に、オセロが教えてくれたタクヤンの船へ。そこから食料やランタンを持ち出し戻ると、治療は終わっていた。
それで四人で食事した。疲労から、会話はなくて、美味しくも不味くもない食事を、だた黙々と口へと運んだだけだった。
……食事が終わって、少しうっつらして、自然と目覚めた時は日の出の時だった。
そしてその流れで、トラとネズミは出発することになった。
あらためて向かい合う二人と二人、間に会話はなかった。
オセロは、こういう別れに慣れてないないらしく、どうしていいのかわからないみたいだった。
それでも別れの品として、オセロは自分のナイフをネズミに渡した。
受け取るネズミ、並ぶトラ、二人は無言で、深々と頭を下げてから、マンホールを降りていった。
そのマンホールが閉じられる時、ルルーは、二人が手を繋いだのが見えた。
互いに思いやれる関係、ルルーは羨ましいと思った。
……それが、二人とのお別れだった。
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