最後まで立っていたものが真の強者
ルルーは思わず拳を強く握ると同時に唾を飲んだ。
捕まえた。
厄介な紐付き分銅、これで封じれた。
最大のチャンス、だけどこれが最後、離せば、逃せば次はない。
ソンイールが紐を引く。
オセロは動かず離さず引き合って紐がピンと張る。
そこへまたも手裏剣、だけどオセロは紐を離さず張ったまま、まるでそれがないかのように鉄棒を振るう。その全ての動こが紐に触れず、手裏剣だけに触れて、難なく全てを砕き落とした。
流れるようなオセロの防御、これにソンイールの両端が動いた。
新たに回転し、放たれた紐付きの分銅、狙いはまっすぐオセロだ。
これにオセロはわずかに前に出た。そしてできたわずかなたるみが張り直される前にぐるりとひねり回した。
紐にできた波の動きは二つの分銅を絡めて鉤針共々こんがらがった。
こうならないようするのが、今までソンイールしか戦わなかった理由だろう。
だけど三本が一本になって、引かれる力も三倍となった。
ずるりと前へ引かれるオセロ、その背中に飛びかかり引っ張っぱるのはネズミとトラだった。
二人の助力に、一歩遅れてルルーも参加しようと踏み出した時、オセロが振り返る。
「引っ張んな。それより武器貸せ」
言って鉄棒を犬の骨のように咥えるオセロへ、トラがナイフを差し出した。
空いた右手で受け取ると前に向き直り、張り詰めた紐を一太刀で、一動作で、切断した。
……それは、ルルーから見て、かなり器用で見事な斬撃だった。
ナイフを持つのは右手の人差し指と中指だけ、刃を手の内へと向け挟んだだけで、それで腕の振るいと手首の返し、それと二本の指をずらしてグィンとする運動、それらが同時に動いて一つ斬撃を形作った。
元々のナイフの切れ味もあっただろう。けど、それ一つでの切断は見事だった。
ひょっとすると、オセロは鉄棒よりも刀剣の方が才能あるのかもしれない、と漠然と思った。
一瞬の神業、見とれてる間に張り詰めた紐は切れ、拮抗してた両端の力は一気放たれる。
放ったオセロは耐えて踏ん張り、ソンイールたちは耐え切れず後ろへ崩れた。
重なり立てたいコボルトたち、絶好のチャンスにオセロはネズミからも杖を受け取り、発進した。
二歩目でトップスピード、散々投げられてきた分銅にも負けない速度で迫る迫る。
対して倒れた両脇を踏み越え前に出たコボルト二人が分銅を回す。
これにオセロは両手の得物を下から前へ、同時に放った。
命中はどちらも分銅が放たれるより先、トラのナイフはコボルトの左脛を、ネズミの杖はコボルトの右肩を、刺し貫いた。
どう、と二人が倒れるより先、ソンイールの頭上背後よりまたコボルトが出る。
今度はガラスの手裏剣、対しオセロは鉄棒を構え直す。
投げられた手裏剣一、二、三、振るわれた鉄棒が一、ニ、三、四で手から離れた。
回転しながら飛んでく鉄棒は、手裏剣を投げてたやつとその隣にぶつかり打ち倒した。
最後、まだ左手に巻き残った分銅の切れ端を手首を捻る運動だけで放って、またもう一人の額を割る。
計五人、倒されてやっとソンイールは立ち上がった。
だけどすでにオセロは目前、逃げる余裕も残されてないソンイールは左の分厚い手袋を盾とし前に突き出した。
……散々削られ、待たされ、辛抱してきたオセロがやっと全力で振るえる拳、その暴風雨の前で、そんなものは防御の役には立たなかった。
▼
長い鼻は独特の手応えがあるが、それでも折れてるかどうかははっきりわかる。
オセロは数えるのも忘れて夢中で殴り殴り、だが反撃を察知して飛び退いた。
まだ全く殴り足りてないが潮時だ。
手を伸ばし、鉄棒だけ回収してまた光のある間合いまで飛び下がる。
その足元にまだまだガラスが飛んで刺さって砕ける。
……闇の中、殴ってる間に数えた人数は二十を超える。
それだけのコボルト、同じ戦術でこられたらもう持たない。
しかし、ボスのソンイールはボコボコにした。
完全に意識を失い、鼻血を噴き出して、だらしなく舌をこぼして倒れてる。
忠誠心は売りのコボルトが、そんなボスを置いて狩を続けるとも思えない。
……まぁ、終わりだろう。
少なくとも今は引く。それから先は、人数揃えて改めて、だろう。
それを相手にするのはしんどい。楽しくはないだろう。
だからその隙になんとかする。足止めする。
今考えつくのは、油撒いて火の海を作るやつだ。
大火は楽しいし、物理的にも通れない。臭いも焼けて消える。
問題はあの秘密の通路がバレるかもというとこだが、燃えない何か石とか土とかで塞ぐかな。
次を考え、もう終わった気になってたオセロは振り返る。
……で、見てしまった。
トラ、その視線、向く先は、右から二番目だった。無自覚な、安心しきって、とった行動だろう。それ故に、致命的だった。
わずかな希望を持ってコボルトへと向きなおる。
前列は怪我人の回収でわちゃわちゃしてる。だがその後ろ、やることやらないで見てるだけの二人が、何か相談してた。その目線、角度は、トラを向いていた。
バレた。そう思った方がいい。
これでややこしくなった。
トラが教えた正解とここでの時間稼ぎを合わせれば、大体どの方角に向かったか、計算できる。
あとはコボルトの鼻でマンホールを嗅いで回ればいつか当たりが出る。
間違いなくその時はばらけて自由に動くだろう。それを一つ一つ追いかけ潰す間にごっそり持ってかれる。下手すれば全滅もありえる。
オセロは一度、大きく深呼吸した。
これで全員、返せなくなった。
ここで全員潰す。逃げられ情報が拡散されたらもうおしまいだ。手遅れだ。
そうなる前に、残らず潰す。
決めて、踏み出そうとするオセロの足は、動かなかった。動けなかった。
それは疲労、出血、ダメージ、諸々の理由があるが、それらを塗りつぶせるほどに、それは強烈だった。
踏み出せない。踏み出したくない。
オセロの戦意は霧散した。
▼
ルルーがそれを感じたのは、ここでは最後の方だった。
最初に反応したのは、コボルトだった。長い鼻を押さえ、口から泡を吹いて、倒れて悶え苦しむ姿、それが伝播し、次々に倒れて行く。
次にオセロ、ガクリと膝をついて、鉄棒にもたれかかって、下に血と汗とで水たまりができてる。
動けない両陣営に、ルルーは初め毒を疑った。
毒ガス、下水道では有毒ガスが発生すると、漠然と思い出した。
だったら逃げないと、とルルーが思い息を吸い込んだ瞬間、正体を感じ取った。
途端に吐き気、発汗、落涙、体が水分ごとそれを体外に出そうとしてる。
でも呼吸の度に、中に、入って、感じてしまう。
ルルーの未熟な防衛本能でさえもが逃げろと叫ぶ。
バタリとの音に振り返れば同じくネズミもトラも苦しんでいた。
逃げ場のないトンネルで、それでもルルーはオセロを助けないとと思った。
……涙で霞む先、オセロの向こう、コボルトを踏み越えてやってくる一人の男がいた。
「また会ったな」
そいつは歯のない歯茎を見せて笑った。
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