最槍記録
ウトアドアはたくましいが、地味で目立たない男だった。
原因は自主性が乏しいからだ。
子どものころから自分から進んで何かするわけもなく、ただ流されるままに行動し、仕事もみんながなるからウトアドアも大工となった。
そんなウトアドアがこのフォーチュンリバーに来たのは、当然自分の意思ではなく、みんながこのコロシアムの工事のために招待されたからだった。元々あった建物を改造するだけの簡単なものだったが、それなりに技術と力が必要な工事だったため、ウトアドア含め工事に携わったものはかなりの高待遇で迎えられた。
それでここでも、ウトアドアは周りに流され、周囲に合わせて遊んで、働いて、すぐにコロシアムは完成した。
工事の終了、解散、その前に、工事の関係者全員がこけら落とし招待された。それは実際に上手く機能するかの実験であり、殺し合いを見せることで共犯に、口封じにするためのイベントだったが、みんな行くというのでウトアドアも行った。
そこで、ウトアドアは槍と出会った。
……槍は古典的かつ完成された武器だ。
長い棒に鋭い先をつければそれは槍となる。
材質は木、骨、石、鉄などなんでも使われる。バリエーションも豊富で、三つ又に先の分かれてるトライデント、刀のような切っ先で切れるようにしたグレイブ、斧を取り付けたハルバード、投げる専用のスピアなど、沢山あった。
それはウトアドアも知ってた。だが知るのと見るのとは段違いだった。
剣闘士が振るう槍が、奴隷の骨肉を引き裂き、血皮を砂に撒く光景は、衝撃的だった。
断末魔と歓声に飲まれ、恐れ慄く大工の周囲とは別の、ウトアドアは初めての自主的な思いを胸に、虐殺を見つめていた。
それは、自分ならもっと良い槍が作れる、作りたい、という画期的で独創的な創作意欲だった。
観客席の一部が崩れ落ちるアクシデントもあり、そのままフォーチュンリバーに残ったウトアドアは、建設材料として運び込まれた竹という、草とも木ともとれない植物で、オリジナルの槍を自作した。
観客席が修理され、完成し、遅れた分の落とし前としてコロシアムに大工たちが放り込まれた時に、理想とする槍のプロトタイプが、ウトアドアの手にはあった。
……この日、ウトアドアは長物チャンピオンとなった。
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オセロの左右に奴隷が並ぶ。
でっぷりと太り、体中に刺青を入れてるやつらだ。そいつらが片方八人か九人か、肩と肩とをくっつけ、肩を組んで、壁を作っていた。
そこに攻撃の意思はなく、ただ通さないという、強い意思だけはわかる。そのどいつもこいつも無害そうだがタフそうで、たとえ一人を打ち倒してもその左右が支えて壁を維持する。飛び越えるのも潜るのも難しそうだ。
がっつりと逃げ道を塞がれながらも、オセロが見るのは、見上げるのは、そびえ立つ……何かだ。
ほぼ黄色の緑な棒が、揺らめいている。硬くは、ないようで、先端が風もないのに軽くしなって見える。その根元には支える男の姿が見えた。
そいつが肩でぶち当たるみたいにそれをこちらへ押すと、そび立つ長い何かが、先端を後方へ残しながら、ゆっくりと揺れながら、こちらへと倒れてきた。
その規模に、そのスケールに、思いついたって実戦するとは思えないバカバカしい攻撃に、乾いた声を上げ、笑った。
笑わずにはいられなかった。
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ウトアドアは自作の槍、ロングロングロマンスランスを用いて、このコロシアムに二つの記録を持っていた。
一つは最長攻撃範囲記録だ。
最初期こそただの二倍の長さだったが、改良と改造を重ね、今日ではその規模、もはや個人で扱えるものではなかった。
軽くて丈夫でよくしなる竹を割いて編んで繋げた柄の長さは、人の背丈の十七人分、このコロシアム戦場の三分の一を超えていた。先端こそ普通の槍の細さだが、毛羽立つように無数のサーベルが括り付けてある。そこから順に太くなり、石突きまでいたれば人の胴回りを超える。
それを二十三に分解し、元大工の奴隷どもに運ばせ組み立てさせて、指定の位置にて垂直になるよう立たせる。こうしてそびえる槍は、この地のいかなるものよりも高い。
後は、相手に向けて倒せば相手は死ぬ。
はるか高みからの勢いからの一撃は、容易に相手を押し潰した。
必殺の構えだった。
だがそこには弱点もある。
長すぎる槍からの攻撃は、その単純に倒すだけの動き故に小回りは効かず、流石に動き回る相手には当てられない。また、再度攻撃するにはまた
奴隷を集め、立たせる手間がかかる。
その弱点は、コロシアムの規則が解決してくれた。
戦闘開始の前、ドラムロールが始まり、それからドラが鳴るまでの間、戦う剣闘士は指定された輪の中に立ち続けなければならない。そこから事前に出ればフライング、即ち失格となる。ただし空中ならば、地面についてさえなければ、輪の外にはみ出てても問題ない。
これを利用することで、弱点は消えた。
開始までの間に輪の中に槍を立てて待機し、ドラムロールで時間を数えて、ドラが鳴るタイミングで一撃必殺が到達するよう押し倒す。
この攻撃に、フライング以外に回避の術はなく、防御に成功したものは皆無だった。
完璧で一部の隙もない戦技は、もう一つの記録、最短決着記録を更新していた。
……だが今回はそちらは狙えない。
他のチャンピオンとの連帯で最短決着は狙えず、自由に動かれた後での槍倒しとなる。
そのため、攻撃を当てるための手段として、ペットを利用することとなった。
所詮は奴隷、操るのは簡単だ。始まる前に、例え勝利してもこれは人気商売、いるだけならば自由など、観客が認めないぞ、と教えてやっただけで簡単に流された。それこそこの槍を手にする前のウトアドアのように、だ。
奴隷どもは従順に肉の壁となり、相手の逃げ道を防いでる。
命令通り設計通り、距離、角度、完璧だ。
あとは倒せば、奴隷もろとも相手は死ぬ。
ウトアドアは周りの観客と同じ笑顔を浮かべていた。
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オセロが笑いながら思うのは、防ぐことでも避けることでも逃げることでもなくて、戦うこと争うこと、そして勝つことだった。
槍の一本を近くに突き立て、残りを手に、足幅を目一杯広げて、全身を限界までひねった。そして自分のタイミングで、全ての持てる力を一点に、投げた。
風切る音が突き抜ける。
あの大放物線を描がけるオセロの二投目は、今度は刃を先に、まっすぐと、正に矢のように、そびえるそれの中程に飛んでいって、命中した。
投げたオセロも惚れ惚れするような綺麗な一投、しかしそれは小さすぎて聞こえない音をたてて、いとも簡単に弾かれた。
観客席からはがっかりの声、それを耳にしながらもオセロは慌てず、刺してあったもう一本の槍を抜き、また同じく投擲の構えをとる。
と、狙うオセロの目には、ちょうど槍が弾かれたあたりに、小さな切れ込みが見えた。それが小さく弾けて、弾けて、弾けていった。
思えば当然で、あの長い何かは、限界まで張った弓のようなものなのだろう、そこに小さくとも切れ込みが入れば、しなった力はそこから弾けて弾けて、裂けて最後には折れる。
メキメキという音がコロシアムに響く。
それにオセロが二投目を止めるより先に、あっという間に中折れた。
二つ折りとなった先端は、ゆっくりと静かに、真下に、根元に、そこで口を開けて見上げてる男の真上に、落ちた。
轟音。派手に砂煙が舞い上がった。
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