待ちぼうけの夜

 軽く眠ってスッキリしたルルーは、それでもベットから出ないで、オセロの帰りを待っていた。


 ぼんやりと天井を見つめながら、今夜はどんなお話にしようか、なんて考えたら、チリン、と音がした。


 そちらにルルーが目線を向けるより先に、勢いよくドアが開け放たれた。


 ……入ってきたのは、オセロではなかった。


 ドアの向こうから差し込む光に浮かぶその影は、ここのオーナーのコボルトだった。そして大股に部屋へと侵入してくるその後ろには同じくコボルトが二人、続いている。


 そしてベットの横まで来て、見下ろす顔は、にこやかとは到底言えない、とても接客してる表情には見えなかった。


「こいつがあの地図か」


 唸るように低い声に、ルルーは迂闊な自分にシーツを握った。


 治療の時、着替えの時、ルルーは背中を晒した。それは必要なことだったし、こういうホテルは大丈夫と思っていた。ホテルは信用があるから客が泊まるのだ。だから少なくとも宿泊中は手を出さないのが常識だけど、常識が通じないからここは無法地帯と呼ばれているのだ。


 具合が悪かったとは言え、自分のミスに腹が立った。


 だけど、だからと言って屈するほど弱くはない、と自負していた。


「お部屋をお間違いではないですか?  ここは私たちが借りている部屋ですよ」


 凛として答えるルルーの顔を、コボルトの大きな手が掴んだ。目も鼻も口も塞がれ、更に後頭部まで伸びた爪が皮膚に食い込む。


 それを引き剥がそうと手を掴み、足をばたつかせるがお構いましに釣り上げられた。シーツが滑り落ち、足が浮いたかと思ったら投げられてた。わけがわからないままルルーは肩から床へと叩きつけられた。


「そいつを地下の保管庫にしまっておけ」


 オーナーが命じると、残りの二人が速やかに応じた。


 その表情、言動に、ルルーの言葉は届いてなかった。


 ……こういう連中はここらでは珍しくない。


 奴隷は家畜、故に言葉は持たない。それこそまるで人の言葉みたいな鳴き声をする動物だと本気で思っているのだ。ただ命じれば意味はわかってなくともその通りに動く。動かなければ動くまで殴る。使えなければ殺す。


 ルルーが知る中で最も忌み嫌うタイプのご主人様だった。


 こいつらに言葉は無駄、ただ純情に従い、過ぎ去るのを待つしかない。


 ルルーは引き立てられるがままに立ち上がり、引きずられるがままに歩いた。


 いつもなら暗い気持ちに沈んでるだろう。だけど今は、オセロがいる。帰りが遅くなっているが、帰って来れば万事解決だ。あっという間にこいつらをやっつけて、旅の続きが始まるのだ。


 ルルーは、確信のような希望を抱いて部屋を出た。


 ……出た廊下には、トラがいた。


 両手をヘソのあたりに重ねて、少し俯いて、無表情に佇んでいる。


 その姿は、まるで石像のように硬くて、生気が無い。


 それは、そうだろうとルルーは思う。


 ここに来て、少なくとも、ルルーの背中の地図を見ているのは、彼女だけだった。


 それはつまり、彼女がルルーを売った、ということだった。


 同じ奴隷を売る奴隷、そんなトラを目の前にして、ルルーは恨みも怒りもしなかった。


 それは以前のルルーも同じ立場だったからだ。


 苦い思い出、奴隷からも弾かれる孤独、なのに戦えない弱さ、全てはルルーも経験してきたことだ。


 だから、黙って、その前を通り過ぎた。


 ▼


 夜が明けて、朝になって、昼を過ぎて、また夜になっても、オセロは帰って来なかった。









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