見えてるけど見えてないもの

 ルルーは、一瞬見えたのが、また現実逃避からの幻かな、と自問していた時に、地響きがした。


 振動に、吊るされていた体が振り子のように揺れる。


 何が起きたのか、ルルーが想像するより前に男が一人飛び出してきた。あの時そっくりの海老男だった。


 「て、敵襲だ!」


 海老の一声に、宴の空気が変わった。


 笑顔が消え、杯が捨てられ、直ちに刃が抜かれた。その素早い切り替えに、場馴れしてる、とルルーは感じた。


 「殺してこい!」


 イルファの大きくも冷たい号令に、男たちは地を震わす雄叫びで答えた。そして我先にと海老男が来た方角へと走り出す。


 その流れは、ルルーからはよく見えた。彼らは殺戮者の川だった。


 「あの揺れは、ストガーチが殺られたかも知れませんね」


 イルファに語りかけてきたのは、ルルーをここまで連れてきたモジャモジャ頭だった。


 「お前も行って監督してこいクルッバ」


 「仰せのままに、船長」


 答えて、流れの後を歩くクルッバの背中に、ルルーは不吉なものを感じた。だけどもルルーには、見ていることしかできなかった。



 「だからお前なんか知らないって」


 「嘘おっしゃい! まだ一日も経ってないのに忘れてるわけないでしょ!」


 オセロは面倒臭いのに捕まったとうんざりしていた。


 オセロは真っ直ぐ寄り道せずにルルーの所へ行くつもりだった。だが倉庫の前を通りがかった時に、中から甲高いわめき声を聞いてしまった。


 最後にルルーを見たのはついさっき、離れた所に吊るされていた。あそこからここまでこんなに早く運ばれてるとは思えないが、それでも一応、確認しておこうと思った。


 踏み入った中は薄暗く、木箱やら荷物やらが敷き詰められてたが、灯りは中央のランプ一つだけだった。


 それに吸い寄せられたのは結果的に失敗だったとオセロは後悔していた。


 「もう、いい加減にしてくれよ」


 「いいえ放しません放しません! あなたが思い出して謝罪して自由にするまで放しませんよ!」


 捲し立てる小男は檻の中にいた。


 最初見たときには奥の隅で丸まっていて、ぱっとでは何だかわからなかった。


 ただ檻はごつい錠前の付いた動物用のだった。ならこいつは動物かと鉄棒でつついてみたら振り返って、目が合った。そいつは人間の小男だった。


 なんだ外れかと立ち去ろうとした瞬間、この小男は全身で鉄棒にしがみついてきた。


 「あなたはよくも私の人生を台無しにしてくれましたね!」


 それから始まり、ひたすらこんな感じの問答が繰り返されていた。


 オセロは何度か力ずくで引き離そうと突いたり引いたり捻ったりしてみたが、必死に全身で掴む小男を剥がせずにいた。


 「いい加減離せよ。ほら、海老やるから」


 「いりませんよそんなクズみたいに外れた脚!  それより謝罪と賠償!  何より私が何様なのか思い出しなさい!」


 「だから覚えてないって」


 「昨日の今日です忘れるわけないでしょあんな暴力!」


 「あ、あぁあいつか、あんときの奴か」


 「そうですやっとですか」


 「でも仕方なかったろ? 口を塞げたのは口だけだったし、それに乳首ぐらいしかつねれそうな場所なかったしよ」


 「……何の話をしてるんです?」


 と、オセロは新たな侵入者に気が付いた。


 気配なんて上等なもんじゃない。単に足音と流れてきた獣の臭いから振り返っただけだった。


 その先、ゆっくりと歩いてランプの灯りの中に現れたのはモジャモジャ頭の男だった。


 「潰れて転がってた部下たどって見れば何か?  目当てはそっちか?」


 笑うモジャモジャからは余裕が滲み出ていた。


 「フォーアームズのクルッバ」


 怯えた声を上げ、小男はやっと鉄棒を手離して奥の隅に引っ込んだ。


 オセロは手早く引き抜き鉄棒を構える。小男が捕まえていた部分が脂汗で滑るが問題ない。


 「どっちだっていい。どうせ敵なんだろ?」


 呟くと同時にクルッバは沈み、加速した。這うような挙動で間合いを詰め、腰の後ろから左右にそれぞれショートソードを引き抜く。


 若干、イラついていたオセロは辛抱たまらず、問答無用で右手の鉄棒を突き出した。


 ガキン、と金属の当たる音、クルッバは左の刃で突きを外へと弾いた。


 そして膨らんだ腕の内へと潜り込み、がら空きの右の脇の下めがけて逆袈裟に右の刃を切り上げてきた。


 オセロは空いている左手でクルッバの手首を受けて防ぐ。


 が、痛みが走った。


 反射的にオセロはクルッバを蹴りあげ距離を取る。


 間合いは離れられたが、蹴りの足応えはない。無理な体勢からの蹴りだったからダメージは皆無だろう。それは問題ない。


 それより問題は、左手の傷だった。


 油断なく構えながらオセロは、左の傷をちらりと見る。


 二の腕の、鎧から外れた袖の先の所、深くはないが、間違いなく刃物による傷だった。


 何だ? 何に切られた?


 オセロは考える。


 あの時、クルッバの左手は鉄棒を弾いていた。右手はこの手で押さえていた。飛び道具、ならば音がしなかったし、物が残っていない。小男、は背中を向けてる。


 ……ならば、何だ?


 答えが出る前にクルッバが仕掛ける。


 今度は前方、喉の高さで両剣を交差させ首へと斬りかかる攻撃、これにオセロは鉄棒を垂直に構えて受けた。


 ガッチリと金属が噛み合い拮抗し、つばぜり合いとなる。


 そこへ、第三の刃が降り下ろされた。

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