砂糖はいつも奪えない?

黄間友香

放課後は喫茶店へ行きましょう

 私が今教育実習をしている高校、つまり私の母校を駅と反対の方向に歩いて五分。住宅街を抜けるとこぢんまりとした喫茶店がある。ビターチョコレートのような、昭和風情漂うドアを開けると、カランコロンとカウベルの音が。ふわりと香るタバコとコーヒーの匂いを一身に受けて、私は店内に一歩入る。


 店内は午後四時なのに少しだけ薄暗い。お客さんはそれぞれコーヒーや紅茶を楽しみながら談笑したり、新聞を読んでいたりする。そんな人々の談笑を、緩やかなスロージャズが駆け巡る。いつもと変わらない、喫茶ポルファボーレの光景である。私は持っていた肩掛けカバンを横に置くと、丸椅子の並ぶカウンターに座った。


 あたりをキョロキョロと見回して、誰も見ていないことを確認する。確認が取れたあと、そっと手を真っ白な陶器のシュガーポットに伸ばし、角砂糖を一つ。そしてもう一度念入りにあたりを見回す。昭和レトロな雰囲気の素敵な喫茶店で明らかに挙動不審な私。でも次の工程にこれは必要不可欠なのだ。


 お客さんは皆自分たちの会話を楽しんでいるため、誰も私なんて見ていたない。そう確信した私は、つまんだ砂糖を自分の口に持って行き、大きく口を開けてパクリとその茶色い宝石をしまう。糖分がダイレクトに舌に乗っかっている感覚と、それに反してあっさりとした後口。思わず頬に手を添えてしまう。ああ、おいしい。そう、私は昔から喫茶店でお砂糖を食べるのが好きなのだ。ブラウンシュガーだと尚よし。この甘美な組み合わせのためになら、私は喜んで人の目を盗もうとする。


 でも、大変なのはそれを誰かに見られた時。子供の時は良かった。笑ってなんとかごまかせた。親から少し呆れた声で、仕方ない子ね、と言われるだけで済んだ。だけど困ったことに、いい大人がそんなことをすると大抵


「あいたっ」


 カウンターごしからチョップをくらう。目の前には、腰に手を当て仁王立ちするバリスタが。


「コラッ、お砂糖食べるなんてハシタナイでしょ、って何回も言ってるじゃナイ」


 右手は腰に当たまま、反対の手で私を指差す彼。私が砂糖をくすねようとするとそうやっていつも怒る。よく入念に確認して、誰も見てなかったと思ったんだけどなぁ。どうしてだか、いつも必ず見つかってしまうのだ。


「痛いよ、エド」


 しかも非人道的な彼は、力の加減というものを知らない。それはもう思いっきりフルスイングで私の頭を狙ってくるのだ。細腕ではあるけれど、やはり男子でもあるわけで、中々に痛い。私は両手で頭を抑える。ああきっと沢山私の脳細胞壊れた。今脳細胞一つだって惜しい大事な時なのに。エドをキッと睨みつけても、反省の色はなし。私の視線をするりとかわして、


「ムツミがいつまでたっても反省しないからヨ。もう、飲み物すぐ持ってくるから待っててチョウダイ。コーヒーでいいワヨね」


 なんていう。別にお砂糖が食べたいだけなので飲み物の有無は関係ないのだが、と心の中でツッコミながらも、私はこっくりと頷いた。これ言っても多分もう一つチョップが増えるだけだしね。

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