新シーズン開幕(3)

 今年は珍しく三月に入っても厳しい寒さが続いていた。故に体重がなかなか落ちず、選手達は調整に四苦八苦していた。とはいえ、フィジカルトレーニングの成果が少しずつ出始めていて、筋肉の分増えた体重にまだ身体が慣れていないことも要因の一つではあったろう。


 開幕に向けて最終調整が始まる中、真賀田は事あるごとに守備をしない紫苑を怒鳴り散らして、香苗のプレーを褒めちぎっていた。


 紫苑は不機嫌な態度を包み隠さず、練習を何度もボイコットした。真賀田は昨年、俺に香苗に厳しく当たりすぎだと注意していたが、まさに同じようなことをしていた。


 人間には好き嫌いが少なからずあるので致し方のない部分ではある。


 俺と真賀田の意見も衝突し、先発のことで言い争う日々が続く。チームも少なからず紫苑に対して不満を持っていたらしく、心実を介して何度も俺のところに抗議して来た。


 そんなわだかまりが残ったまま、開幕戦を迎えることとなる。

 アウェイの開幕戦は冬の寒さが残る新潟に乗り込んでの一戦だった。


 アップが始まる中、大型ヴィジョンに新潟セノーテSCのスタメン紹介がされるごとに、サポーター達は腹を叩かんばかりの歓声をあげている。


 さすがに一部の熱気は凄まじい。


 満員のスタンドを見て、俺はようやく一部に昇格したことを実感する。

 選手達もまた、開幕戦特有のお祭り騒ぎな様子に少々面食らっていた。


 そんな中、ベンチ際で俺は加藤莉子アナウンサーにインタビューを受けていた。


「では、続きましてイシュタルFCの監督、月見健吾さんに伺いたいと思います。昨シーズンは飛ぶ鳥を落とす勢いで昇格を決めたイシュタルFCですが、年齢層が随分と若いですね」


 まだまだ女子サッカーの市民権は男子より低いものの、一部ともなれば、衛星放送で今日の試合が放送される。


「俺もまだ二十一ですからね」


「もちろん、選手達への注目度も高いですが、何より監督があの月見選手ということもサッカーファンの関心高いと思うんです」


「はあ……」


 俺は気の無い返事をした。


「ズバリ、勝てる作戦はありますか?」


 また曖昧に答える俺に加藤アナは顔を引きつらせていた。


 相手は4-4-2の中盤フラット型のシステムではあるが、今時珍しく、スイーパーを置いた四バックだ。三人のCBがFWをマンマークし、守備の底からカバーリングを主として自由に動き回る選手。守備陣へのコーチングを行う、いわば守備の司令塔がスイーパーの役目である。


 しかもそのスイーパの2番は代表経験もある二十八歳。新潟セノーテSCを最終ラインから支える脂ののった選手というわけだ。


 セノーテSCは去年、フラット型の4バックでシーズンを戦い抜いた。おそらくこのシステムは俺達イシュタルFCの3トップ対策として考えられたもの。


 昨年は十五位ながらも降格戦を無事に勝ち、残留を決めたチーム。しかし、ビデオを何度も見返していた俺の目には、実力差はさほどないと映っていた。


「優勝を狙うなら初戦は絶対に落とせません」


 そう言った俺に加藤アナは驚きの表情を見せ、


「優勝を狙っているんですか!?」


 と熱を上げたが、俺はさっさとミーティングルームに戻った。


「あ、ちょっと──」


 さて、揉めた先発だがDMFの中心には三葉を置き、OMFに結月と心実。

 FWは右から紬、香苗、紫苑の三人で行くことにした。

 他は去年と同じシフトだ。


「分かっていると思うが、立ち上がり集中。しっかりと動きを見て相手の出したいところを潰す。今回、カウンターサッカーはほとんど通用しないと思え。ギア三速のパス回しで様子を見ながら、二速、四速のチェンジペースで向こうのディフェンスを崩す。以上」


「「はい!!」」


 選手達は気合の入った声を揃えた。


 いつもながらに精神状態は程よく乗っている。とはいえ、リズムを変えるパスサッカーはまだ完成の域には遠い。新しいポジションがどこまで噛み合うかもまだまだ手探りだ。


 ちなみに、ベンチには真穂が一応入っているが使う気は無かった。隣にいてもらって、俺の考えを知ってもらうためという意味が大きい。


 試合前、相手の監督との挨拶も終わった頃、俺は弱音を吐くようにボソリと告げる。


「今年もカップ戦は捨てようか」


 真賀田が呆れたような目つきで俺を一瞥した。


「今年は予選リーグ突破を狙うべきかと。試合数が多くなるのは確かに疲労や怪我の心配もありますが、それだけ多くの試合を経験できるという意味も大きいと思います」


「それは来年を考えてってこと?」


 真賀田は頷いた。


「新しいことを試す機会としても有用だと思います。毎試合スタメンで臨めるとも限りません。できるだけサブ組から使える選手を上げていかないと」


 今度は俺が静かに頷き返した。


 試合開始時間が近づくにつれ、スタンドのボルテージは加速する。応援団の喧騒は春を告げる春雷のように慌ただしく、サポータの熱気は寒さを払いのけるほどだった。


 新潟のキックオフから試合が開始される。


 俺と真賀田は顎に手を当てながら序盤をじっと見据えていた。立ち上がりの悪さは直っておらず、何本かシュートを打たれるが枠を逸れ、俺達は胸をなでおろした。


 ゴールキックで再開される手前、真賀田がピッチに檄を飛ばし修正を促した。ほとんどが守備のしない紫苑の穴埋めが主だった指示で、真賀田はあからさまに不機嫌な様子で紫苑を叱責していた。しかし紫苑は真賀田の指示をまったく聞いておらず顔を合わせようとしなかった。


 ボールは新潟の2番に大きくクリアされ、中盤で小迫り合いとなる。


 三葉が素早く寄せ、遅延ディレイ。速攻には持ち込ませなかった。結月がフォローに回り、囲もうとするが、相手は安全策をとってディフェンスラインでパスを回す。仕方なくプレスを掛けにいく紫苑のやる気のなさに、真賀田や香苗が噴火しかけていた。


 時々、中盤の底にボールを預け、前を狙う新潟。しかしスペースがないと見るや、リスクを犯した攻撃はしようとしなかった。時間を目一杯使う作戦だろう。引き分けか少ないスコアでの勝ちを見越していた。こういう展開は去年も何度かあった。だから注意すべきは自陣の深い位置でのセットプレーやコーナーキックだ。


 どうしてもウチの選手には高さがない。まだ成長期を残しているかもしれないとはいえ、こればかりは伸ばしてやることはできない。


「中盤を圧縮して狭いサッカーを持ち掛けよう。愛衣と芽衣にディフェンスライン、できるだけ高く保つように」


 真賀田は「はい」と短く返事をして指示を出しに向かう。


 ディフェンスラインがセンターラインよりもさらに高く上がったのを見た新潟の監督は、すかさず指示を出しに行っていた。


 ベンチに戻る監督と目が合い、ふとした微笑みを見せつけられる。自信ありげといった表情だ。ゲーム前に挨拶をした時は、のんびりとした中年女性との印象を抱いたが、とんだ女狐。


 こちらが動けばすぐに対処してくる。相当対策してきたのだろう。


 ウチは去年から攻撃サッカーを主体としてきた。かといって、守備を疎かにしたわけではない。攻撃のリズムは良い守備から作られるものだ。


「三葉の動きは悪くないんだがな……」


 むしろ昨シーズン終盤よりもずっと良い。


 立ち上がりの悪いウチが攻め込まれる場面を何度も三葉に救われている。しかし、中盤やディフェンスラインの底からボールを前線に散らす技術は心美と比べれば一枚落ちると言わざるを得ない。ウチが未だに得意な攻撃パターンに持ち込めていないのはこれが大きな原因だった。


「心美と前後、入れ替えますか?」


「いや。その判断は選手に任せる。それに、向こうは安全策でゆったりボールを回してるけど、決して攻め気がないわけじゃない」


 常に両サイドの選手が前を狙っているし、中央の選手はスペースを空けようとデコイの動きを見せている。ウチのサッカーと結構似ているところがある。


 三葉を心美と入れ替えるのはおそらく悪手だ。三葉がディフェンスラインのすぐ前で走り回っていることでなんとか向こうの縦パスを防いでいる。


 ここまで俺達はずっとボールを支配されたままだった。


 ようやく心美がボールを持った時、紬と香苗がボールを受けるために下がった。香苗のすぐ背後にはDFが付いている。心美のプレイスタイルは当然紬を選択。しかし、紬にボールが渡り、トラップした時にはもう三人に囲まれていて、紬は何もさせてもらえない。


 すると呆れて両手を投げ出した紫苑が心美に文句を言いに行った。

 心美は顔を真っ青にして悔しそうに唇を噛み締める。


「真賀田さん、今のも読唇術で聞き取れた?」


「逃げたとか、妥協するパスを送るくらいなら、一度下げれば? あなたには突破力はないのだから、ってニュアンスだと思います」


 俺は「ふーん」と相槌を打った。


 再び心美がボールを持つ。前線の三人にはぴったりとマークがついている。出し手がなく、仕方なくサイドを探すも、両サイドもまだ上がりきれていなかった。そこで心美は一度最終ラインにまでボールを下げた時、紫苑が声をあげた。


「しょうもな。どこに目をつけているのよ」


 と皆に聞こえるほどの声をあげていた。


 さすがのチームメイトも紫苑の言葉に言いたいことがありそうな顔色をしていた。


「本当にあの子は独善的ですね」


「どうだろう」


 と俺は言葉を濁しながら否定する。


「もしかしたらさ、最初で最期のチャンスは後半始まってすぐだけかもしれない」


 え、と真賀田が振り返る。


「そこで一点取れなきゃ──」


 負けるかもしれないという予感が過ぎったが、口にはしなかった。言ってしまうと現実になってしまうような気がしたからだ。


 傍目には安全策を重視した単調なサッカーが続けられていた。おそらく俺とコートの十一人以外は均衡したゲーム展開のように見えていたはずだ。


「……このままじゃマズイね」


 と真穂が隣で呟いた。

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