9章

初夢と過去(1)

 さて、新シーズンが始まる前に、少し年末の小話を挟んでおかなければならないだろう。きっとサッカーにはあまり関係ないが、俺達にとっては重要な一節。


 十二月二十四日といえば、全国の諸君にとっては心踊る日だ。子供達はサンタクロースに夢を見て……いや、プレゼントを待ち望んで、恋人達は甘い夜に現を抜かす日。


 欧米では家族との大切な時間だ。


 クリスマスイブの朝、俺達はクラブハウスの広間で飾り付けをしたり、食堂のおばちゃん達に協力したりして、パーティの準備を進めていた。


 これは毎月行われる誕生日会の流れで今月はクリスマスパーティをやろうということになっていたのだが、オーナーがファンとのふれあいの時間を取れとの命令を下し、俺達はファンや選手達の保護者を迎え入れてクリスマス会を開くことになった。


「なあ、結月。こんな感じでおっけい?」


 俺はツリーの飾り付けをしていた。


 センスを問いかけたのだが、結月は微妙そうな顔をしていた。


「もうちょっと、こう全体的なバランスを……」


「監督って前衛的やな。なんや、傾いてへん? 左ウイングやったから?」


 と杏奈が俺の手から星飾りを奪うとささっと位置を付け替えた。


「これでええんちゃう?」


 杏奈はツリーの膝元に星を置いた。


 普通星は頂上に置くものではなかろうか。


「杏奈もなかなかズレたセンスじゃない?」


「何いうてんねん。ツリーなんて脇役やで。主役はウチらやん。ツリーにええ格好されたら可愛いウチらが注目されへんやろ?」


 いや逆にへんてこりんすぎて注目されてしまう気が。


 すると香苗が近づいてきて、ひょいと星を取り上げる。


 背伸びもせずに容易くツリーのてっぺんに乗せた。


「杏奈、こういうのは身長の高い私とか愛衣に頼めばよかったのに」


 すると杏奈は顔を真っ赤にして震え始めた。


 ちなみにであるが、杏奈は背の高い方ではない。


「な、なんやねん! ちょっと背が高いからって言いきになるなや!! 絶対ちゃうからな! 届かへんかったから上に乗せられへんかったんちゃうからな!」


 杏奈は涙を零しながらどこかへ駆け出して行ってしまった。


 俺はちらりと時計を見る。あと一時間ほどでお客さんの入場が始まるというのに、食べ物がまだ運ばれていない。


「ちょっと食堂の方見てくる。重たい物運ぶときは呼んでくれ」


 結月達が口を揃えて「はーい」と返事を返し、俺は食堂へと向かった。


 厨房を覗き込むと、おばちゃん達の罵声が飛び交っているのが聞こえた。


「ちょっと邪魔よ!」


「ぎゃふん」


「あっち行ってて!」


「ぎゃふん」


「なんであんたは役立たずなの!」


「……ぐすん」


 という具合に、佐竹は事あるごとに、おばちゃんらの超重量級ヒッププレスに押しのけられ、邪魔者扱いされていた。しかしながら、心美や紬、雫なんかは汗を流しながらおばちゃん達のペースにもついていくほどだ。


 しゅんとしながらとぼとぼ歩いてきた佐竹は涙目だった。


「月見さん……私はどうやらお邪魔みたいでした」


 佐竹は最近、栄養士を取るために料理の勉強をしている。時々、食堂でおばちゃん達と料理を作っているのだが、佐竹はマイペースなところがあって、ついていけなかったようだ。


「間に合いそう?」


「……はい。なんとか」


「人には向き不向きがあるよ。佐竹さんはいつも働いてくれてるし、今日くらいは休んだら?」


「そういうわけにも……」


 そうこう言っていると、心美に呼ばれ、俺は料理を運び出した。


 そしてなんとか準備が整って、ファンらが会場入りした。皆、手作りながらも華やかな装飾に目を輝かせ、胃をくすぐる豪華な食事に思わず口元を緩めていた。


 佐竹の開会式が宣言され、俺が壇上に立たされた。当たり障りのない、特別面白くもないスピーチを淡々と語る。しかし最後に俺は表情を引き締め、


「今年は残念ながら二位で終わってしまいましたが、来年は優勝目指します」


 いきなりの一部優勝宣言にファン達は驚きの表情をしていた。すると心美が笑顔を咲かせながら片手を突き上げて「おーっ!」と言った。他の選手達も連なって意気込みを露わにした。


 それからお客さん達が食事を楽しみながら選手達との握手やサイン会が始まる。


 俺は客の中からふと真穂の両親を見つけ、静かに近づいた。


「来てくれたんですか」


 ええまあ、と歯切れの悪い返事にしかめっ面だった。それもそのはずだろう。まだ真穂がサッカーを続けることに反対している。


「……ビデオ見ました」


 と父親がぼそりと告げた。


 そうですか、と俺は少し頬を緩めながら返した。


「あんな姿を見て、反対するなんて自分達は悪者じゃないですか。ただ心の底では娘ということに対してまだ迷っています」


 真穂の骨はもう引っ付いている。秋ごろからリハビリに打ち込んでおり、軽い練習なら加わっている。とはいえ、真穂にはまだ時間が必要だろうし、両親にしたって決心する時間が必要だ。


「でもそれとこれとは別です。やっぱりあの子には全日制の普通科へ行ってもらいます」


 高校のことは家族の問題だろう。俺は別段心配していない。真穂もちゃんと折り合いをつけるはず。彼女は自分の意思で自分の将来を選べる子だ。両親と納得できる結果を導いてくれるだろう。


 そうこう言っていると、壇上に香苗を筆頭とした前線選手が上がった。


 ユニフォーム姿の香苗、紬、結月に薫が肩を組んで、合唱を始めた。


 クリスマスソングメドレーの後はイシュタルFCの応援歌を披露。


 その後は杏奈と心美が登場。一本のマイクを挟んで二人は漫才をするようだ。ここ数日、二人は今日のために影で練習していたのを何度か見ていた。


「なあ、ここみん。うちな、気になることあんねん」


「なあに? 杏奈ちゃん」


「今朝起きたら、枕元にプレゼントがあってん。おかんとおとんにな、ありがとう言うてん。さすがにこの歳でサンタさんは信じてないけどな、おとんとおかんはサンタさん言い張んねん。どないしたらええ思う?」


「あら、杏奈ちゃん。知らないの? 最近じゃあサンタ業界もリストラ激しくて、今ではトナカイさん一人でやっているのよ」


「どおりでお願いしたスパイクが四足やなおもたわ!」


 会場は朗らかな笑いに包まれた。


 次にやって来たのは、真奈美と愛衣、芽衣といった守備陣の三人だ。真奈美が男装して、愛衣と芽衣がドレスを着ていた。演劇をやるようだ。


「おお~っ、ジュリエット」


 真奈美は逞しいアルトの声を響かせた。普段真奈美は口数少ないし、キーパーと言うこともありあまり目立たないが、この時ばかりは注目を集めていた。


「「ああ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの」」


 愛衣と芽衣が美しく声を揃える。


「しかしジュリエット。君達は双子姉妹だから、どちらがジュリエットかわからないぞ?」


 どっと沸いた。


 さては、この脚本に改稿したのは杏奈だなと俺は目を向ける。


 すると杏奈はニコリとウインクしていた。


 はてさて、次は真賀田を筆頭としたトレーナー数人。


 どうやらバンドを組むらしい。


 真賀田がリードギター。メインボーカルは琥珀のようだ。普段はクールで大人っぽさを漂わせる二人がドレスを着れば、エレガントな印象が際立つ。


 真賀田は体の線が出るタイトでシンプルな黒いドレスに、髪飾りをつけていた。普段はノーメイクなのに、この時ばかりはぱっちり二重メイクで気合十分。というか、男漁りをしているんじゃなかろうか、と疑ってしまう。


 対して琥珀は真っ赤なカクテルドレス。髪をアップにし、まるでバラのようだった。


 琥珀も普段は口数少ないと言うか、ほとんど無口な子だったが、この時、俺は琥珀のサッカー以外の才能に気づかされたのである。


 甲高いキィはどこまでも貫きそうな美声。寒気を覚えるほど力強いヴォイスに会場の全員がゴクリと生唾を飲み込んでいた。


 驚嘆と熱狂が冷めやらぬ中、三葉と玲奈を中心として、恵美などサブ組を含めた面々がトナカイの衣装に身を包みながら、シニカルなダンスで会場の目を釘付けにした。


 すっかり食事も無くなった頃、おばちゃん達やいつもバイトで協力していくれている子達がデザートの特大ケーキを運び込んだ。ファン達がクリスマスケーキに舌鼓を打つ中、俺を含めた選手達は更衣室へ向かった。


 メインイベントはケーキの試食会ではない。


 なにせ俺達はサッカー選手だ。


「監督ぅ。用意できたあ?」


 真穂が扉の向こうから声をかけていた。


 俺はスパイクの紐をしっかりと結んだ。


「ああ、できたよ」


 そして俺はグランドに立つ。──いつ以来だろうか。スパイクを履いてピッチに立つなんてのは。


 選手達皆と揃って軽くウォーミングアップを始める。


 杏奈は笑いを堪えられない様子でずっと俺の方をチラチラ見ていた。


「言いたいことあるなら言えよ!」


「ちょ、だって! 監督ったら、トナカイやもん! もしかして今朝、ウチにプレゼントくれたの監督なん!?」


「トナ監督ロースってか!? んなわけあるか!」


「監督ロースって美味しそうやあらへんな!」


 くすくすと選手たちは笑っていた。


「監督ってお笑いの才能皆無やな!」


「俺はサッカー選手だよ!」


 クリスマス会のメインイベントはサッカー選手らしく、ゲームで締めることになっていた。このイベントが計画された段階で、選手達は口を揃えて俺を参加させたいと言ってくれた。ありがたいことではあるが、ハンデとして俺はトナカイの着ぐるみを着せられることになっていた。


「でも似合ってるよぉ」


 と真穂もにやけている。


 ウォーミングアップを済ませ、俺達はコートに集合した。


 お客さん達がコート脇に集まって、身を震えさせながらも期待の目を向けていた。


「えっとじゃあ……試合を……」


 今回の審判は佐竹マネがすることになっていた。


 ライセンスはないものの、遊びであるし、何より興行的にサンタコスの佐竹が審判なんてのは盛り上がる。男性客の視線はメロメロだ。


「うぅ……寒いです……早く試合を始めましょう……」


 寒さだったのか、恥ずかしさだったのか、佐竹は顔を真っ赤にしていた。


 しまりのない笛が鳴って、ゲームスタート。

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