大一番の秋(4)

 立ち上がりはひやりとする場面が続く。


 しかし、サッカーの女神にまだ見放されていないらしく、ポストとバーに救われた。


 どうにもウチのチームは前後半の立ち上がりに難がある。メンタルの問題じゃない。気合は十分に入っていた。身体が冷えてしまって、トップギアに入るまで時間がかかってしまうのだ。本能的にペース配分を考えてしまうのだろう。


 トップスピードに入っていたレイチェルに愛依が振り切られ、キーパーと一対一。


 ベンチは手を組んで祈ったのも虚しく追加点を許した。

 こういう場面できっちり決めてくる安定感がリーグトップたる所以だ。

 だが選手達は集中を切らさず、ハートも折れていない。


「返すよ!!」


 香苗。


「まだ始まったばかりだ!」


 真奈美。


「次は早めに対処して! 集中切らさない! 声かけあって!」


 それから心美。


 声も出てる。まだ立ち上がりだ。反撃のチャンスは必ずある。

 焦らず、きっちり次を決めればいい。


 しかしここでファルコンFCが動いた。ジェシーとレイチェルのFW二人へ送る攻撃の基点だった7番を下げて、守備的な選手を入れてきた。逃げ切る気だろう。


 残り三十五分で追いつくには二点必要だ。つまり勝ちを見越しても十五分以内に一点は返したい。だが守備を固められての二〇分弱というのはあっという間だ。


 紬と雫にボールを集めて切り崩そうとするが、深めに守られて抜き切れず、じりじりと時間が過ぎていく。


 焦りを感じたのか、香苗が執拗にボールを要求しだし、ペナルティエリア外からバンバンシュートを打ち始めた。しかし態勢の悪いシュートは精度を欠いて、キーパーの正面や大きく枠外を外したシュートが目立った。


 リズムを変えようと、選手達の判断でドリブルからパスサッカーに舵を切って、守備をかき回そうとする。


 しかしファルコンFCのディフェンスラインは落ち着いて対処して、崩せなかった。前線に二人の外国人選手を残している所為で、隙あらばカウンターから追加点をもぎ取ろうとする。


 点を取る姿勢を見せられるのは追いかける側にとって非常に嫌なこと。


 真奈美に何度も救われ、得点は許さなかったものの、選手達の意識にこれ以上は追加点は許されないと刷り込まれ、引き気味になってしまった。


 苦し紛れにロングボールで香苗を走らせるが、相手キーパーに処理される。


 ファルコンFCは最終ラインでボールを回し、時に攻め気を見せながら中盤にボールを入れ、前を向いてFWへのパスを伺う。だがフリーでないことを見るや、すぐに最終ラインに下げる。そしてそれを仕方なくウチのFWが追いかけて、スタミナを削られるという悪循環。


 何かもう一つ攻め手を──。そろそろ杏奈を入れるか?


 時計を見た俺はあと十五分しかないことに今更気付かされた。

 杏奈を呼ぼうとした時、真穂が立ち上がって大声を張り上げた。


「何してるの!! 点取らなきゃ、負けちゃうよ!!」


 普段あまり声の出さない真穂の叫びはほんのり裏返っていた。


「雫ちゃん、ボール持ったらまずルックアップ! 抜くばっかりじゃなくて最短距離でゴールを目指すの! サイドはもっとフォローに上がって! ミスしても周りが助けること忘れない! 点取られても取り返すの!! 私達は走って勝つの!」


 真穂の喝にコートで戦うイレブンは活気を取り戻した。


「まったくもう!」


 プンプン言いながら帰ってくる真穂。


「私が出てたら、三点は余裕なのに!」

「そりゃ頼もしいな」


 俺は軽口で返すが、


「監督も監督だよ。苦しい時に指示出さなくてどうするの!?」


 怒られた。


 監督、と真賀田も俺に何か言いたげだった。

 俺のプランは、ファルコンFCを終盤まで走らせ、疲れたところにトップスピードの勝る杏奈を投入して一気に追加点、と思い描いていた。


 そこまでに同点か一点ビハインドなら追いつくか勝ち越せる確実な手だったが、これ以上は引っ張れないだろう。

 杏奈を呼んで、ただゴールだけを目指せという指示を出す。


 杏奈は少し自信なさげに頷いていた。まだ体調不良で離脱していたことを引きずっている。不安は拭えないものの、今は杏奈のスピードに頼るしかない。


「でも監督」


 と真賀田が疑問混じりの視線で俺に問いかける。


 真賀田の聞きたいことは予想がつく。

 誰を替えるのかという問題だ。


「雫の調子は悪くないし、攻め手としては置いて置きたい。薫の嗅覚もどこかで発揮してくれるという期待がある」


「じゃあまさか……」

「確かに今日は当たってない奴がいるが……」


 後半残り十分。ロスタイムを入れても十五分もない。しかもファルコンFCはこちらの選手交代を阻もうと、ボールを途切れさせない狡猾さだ。


 自分が交代させられることを知ったのか、息を荒げながらも厳しく詰め寄った三葉が強引にボールを奪取して、心実にパスを送る。


 心美の今日一番のパスが雫に通った。


 雫はワンタッチでドリブルの体勢に入るが、ツータッチ目にはわずかにマークの外れた香苗に横パスを繋いだ。


 ──俺と真穂はほぼ同時に立ち上がって、目を見開いていた。


 俺と真穂の頭の中に見えていたのは、ダイレクトでの雫への折り返し。CBとSBのわずかな隙間に出せば、雫がドフリーでボールを受け取れる。


 しかし香苗はディフェンスに背を向けたまま、トラップ体勢だった。ディフェンスが香苗を振り向かせないようにと距離を詰める。香苗はくるりとターンして、左足のアウトサイドでボールを浮かせた。


 ボールはディフェンスの頭上を超えて、香苗は前を向いて走り出していた。

 バウンドしたボールを胸で押し出して、ペナルティエリアまで接近する。


 香苗はボールを収めず、そのまま足を振り抜いた。ドライブ回転のかかったシュートは、ゴールキーパーの頭上を越え、ネットに突き刺さる。


 静まり返ったファルコンFCサポータ。


 キーパーは後ろを振り返って悔しそうに芝生を叩いた。


 ここぞとばかりにイシュタルFC応援団の声が張り裂けた。

 狂乱した歓声が沸き起こる中、ほぼ全員が香苗に飛びかかった。


 香苗は頭を揉みくちゃにされながら、ベンチにピースサインを送っていた。


「おせえよ。ストライカー」


 俺は嬉しさを抑えられず、微笑みをこぼしながら親指を立てていた。


 これで2-3。

 しかし残り十分を切った。


 そして三葉を下げ杏奈を投入。雫をOMFに下げて、杏奈を右ウイングに入れた。追加点を許したファルコンFCも慌てて、ジェシーを下げての守備的な選手を投入した。


 俺は引き上げる三葉の背中に、


「ナイスガッツ。今の得点は三葉のおかげだ」


 と賞賛を送った。三葉は少し納得できないような表情をしながらも頷き返した。苦しい中、三葉が作ったチャンス。


 まだ望みは繋がっている。


 向こうはレイチェル一人を前線に残しての全員守備。対してこちらはレイチェルを無視して愛依と芽依もパスの受け手として上がらせての、全員攻撃。


 ハーフコート内で全員が動き回りながらのダイレクトサッカーで、ディフェンスをこじ開けようとする。


 しかしあと一点が遠い。


 スペースを作っても、ファルコンFCはきっちり声を掛け合って、スペースを埋めて来るクレバーさがあった。もう終盤でヘトヘトだというのに、ファルコンFCは崩れなかった。何度かシュートを放つが、キーパーのファインセーブに阻まれる。


 時間はあっという間に過ぎた。


 そして審判が時計を見る。ロスタイムは一分もなかった。最後のコーナーキックに望みが託される。向こうはレイチェルも戻って、一点を死守しようという構えだった。


 良くても同点が関の山。だが、追いついての引き分けならチームとしての力はさほど変わらないことを証明できる。ここで負けるか、リーグトップと引き分けで終わるかは大きく意識が変わってくる。


 キッカーの心実は早く高いボールをあげた。それはフォアサイドに集まっていた薫や愛依、芽依に合わせたボールじゃない。ニアに走り込んだ香苗の高い打点に合わせたボール。今までチームメイトの信頼に応えて来た香苗に合わせるのは当然だった。


 ──ドンピシャだった。


 マークが二枚ついていたが、香苗はボールの勢いを殺さず、遠い方のゴールサイドに流し込むように合わせた。


 そしてラインを割ったと同時に試合終了のホイッスルが鳴らされる。


 しばらく両チームはピッチ上で半ば放心状態だった。最後のボールがゴールポスト内外のどちらを割ったのかを理解しようとしていた。ただ、結果は置いておいて、ゲーム内容としては全力を出し切った素晴らしいサッカーだった。


 前に対戦した時の後半は無様なサッカーだったが、今回は両チームのファンから拍手されるいいゲームだった。


 コートで戦った選手達も悔いはないというすがすがしい表情をしていた。


「さ、整列だ真穂」


 ただ一人、真穂は泣いていた。

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