大一番の秋(2)

 そして翌週。


 今回の相手はリーグ七位のチーム。相手チームの昇格は絶望的で、降格の可能性もない。しかしカップ戦を控えているらしく、向こうにとっては重要度の低い一戦。それでも来年の契約更新を有利に進めたい個人はゴールを狙ってくるだろう。つまりそこを抑えていれば、こっちの思惑通りに試合が進む。


 この試合で香苗に課せた宿題はミドルシュート。


 となれば、いつもディフェンスを背にしている香苗は、ゴール前で前を向いてシュートを打つには下がらなければならない。


 香苗は意図して引き気味にボールを要求した。


 香苗にとって一番難しい課題だと思っていたのだが、サッカーの神様が香苗に微笑んだのか、俺の無茶な要求を咎めたのか、前半開始五分で奇跡的にキーパーの頭を超え得点。


 どうだと言わんばかりに俺に挑発的なポーズを見せた。

 こらこら、女の子がそんな風に中指を立てるもんじゃありません。

 心の中でそう言いながら俺は、


「あんなヘボシュートで満足されてもらっても困るんだけどなあ」

「監督は実戦に勝る練習はないとお考えで?」


「まあね。練習で上手くできるよりも試合でできた方が嬉しいでしょ」


「ですが、次の試合までにミドルやボレーなど、難しいボールを押し込めるストライカーにさせるのは時間が足りなさすぎませんか?」


「何言ってるの真賀田さん。俺は次の試合でも香苗に課題を出すよ。来年のことを考えれば現状足りてないのは絶対的なストライカー」


「やっぱりソフト鬼畜です」




 そして俺たちは無事三連勝を決めた。これで一部リーグ昇格に王手。加えて三位のチームは前回引き分けて、俺達は次の試合で引き分け以上で昇格が決定する。気持ち的にずいぶん楽になった。しかしファルコンFCも連勝し、勝ち点差は動かないまま。


 向こうも優勝を懸けて全力で向かってくるだろう。

 文字通り次の試合は二部リーグの優勝争いをかけた大一番だ。

 今週の練習メニューは軽めに調整し、ファルコンFC対策に時間を費やした。


 だが不安要素は完全に拭えなかった。三葉は休みをもらってそれなりにコンディションを取り戻していたが、紬の方はシーズン開幕より同等かそれ以下くらいにしか上がってこなかった。杏奈も一応ベンチ入りしているものの、まだ体調は戻っていない。いや、体調以上にメンタルがどん底だった。


 杏奈は入院してしまった不甲斐なさで自分を責めていて、モチベーションが上がらず、練習中の動きも鈍かった。いつもの元気さが見る影もなく、立ち上がるまでに時間がかかりそうだった。


 大事な試合を前にベストメンバーで戦えないところがウチの現状だ。


「今日の先発は──」


 俺は紬を後半から使うことを宣言した。


 左ウイングは薫。右は結月。真ん中に香苗。OMFは心実と恵美を起用。ドリブラーの雫も視野には入れていたが、前半は守備力の高い恵美で様子見することにした。中盤の底は左から琥珀、三葉、玲奈。CBはいつも通り愛依と芽依コンビにGKも真奈美とここは変わらない。現状の最高メンバーだろう。


 ちなみにだが、二人目のコーチとして、こっそり真穂をベンチ入りさせていた。


「分かってると思うが、外国人FWコンビはリーグトップの得点数だ。この二人にボールを持たせれば、個人技で抜かれる。ボールが渡る前に中盤で前を向かせない」


「「はい!」」


 気合は申し分ない。

 選手達も今日の試合がどういうものか分かっている。


「セットプレーでは分が悪い。ファウルは十分に注意して」


 このチームの隠れたファインプレーの一つにファウルが少ないという点が挙げられる。イエローカードが累積して何人かが出場停止があったものの、レッドは未だに一つももらっていない。これはきっと彼女達が純粋にサッカーを愛している証拠だ。


 点を取られるのは仕方がない。それがサッカーだ。

 だから大事な試合でも危険な止め方は強く禁止した。


「よし、試合までもう少しある。今日の自分の最高のプレーを想像するんだ」


 選手達は最終確認のイメージトレーニングに目を瞑る。

 その間、俺は真賀田に後を任せ、ファルコンFCの監督に挨拶に向かった。


「よろしくお願いします」

「ええ、よろしくね」


 ファルコンFCの監督も三〇代半ばと若い監督。小野村芳佳おのむら よしかは去年まで現役選手だったが、引退して監督業に転職したようだ。それになかなかの美人さん。肌が綺麗で、整った顔立ちをしている。しかし優しい笑顔の裏には負けん気の強さが滲ませている。


 俺はスタンドにあるメインヴィジョンに目を向ける。昼間に行われた三位チームは敗退したようで、結果的にリーグ二位も昇格も決定していた。


 こうなればあとは優勝を賭けるのみ。


「まさかイシュタルFCが来年一部に上がるとは思わなかったわ。あと二、三年はかかると思ってたから」


「選手達が急成長したからですよ」

「それって自画自賛?」


「お好きなようにとってください」

「その……リーグ前半は申し訳なかったわ」


「仕方ないことです。これもサッカー。今日はお互いフェアに全力を尽くしましょう」


 すると小野村監督は口角を少し緩める。

 しかし途端に眼光尖らせ、手を差し出した。


「全力で潰させてもらうわ」


 俺も自信に満ちた表情で握手に応じた。


 それからベンチに向かう俺を加藤莉子アナウンサーが呼び止める。ずいぶん久々に見た気がした。加藤アナは熱心にスタジアムに運んでくれていたようだが、今まで直接声をかけてくることはなかった。


 しかし今日はリポーターとして接していた。


「いよいよですね。当然、勝利した方が優勝に近づくでしょう」

「いや、優勝は決まってるんじゃない?」

「自信の表れですね」

「どうかな。賭けてもいいけど、多分優勝は向こうだと思うよ」


 意外そうな顔をする加藤アナ。

 だが俺は自信たっぷりに不敵に笑ってみせる。


「けど、今日負けるつもりは全然ない」

「秘策があると? 是非お聞かせください」


「いや、秘策はないかな。俺はただ選手達を信じているだけ」

「無責任ですね。監督の言葉とは思えません」

「ビッグマウスなこと言って、負ければ絶対叩くでしょ」


「正直な話、私個人的にはイシュタルFCを応援しています。今年は優勝してもらって、来年の一部で大暴れしてもらいたいと思ってます。イシュタルFCの爆発力は眼を見張るものがありますからね」


「ウチの完成度はまだ五割。これが七割八割にまで完成してくれれば、一部でも十分にやれると思う」


「素人の私から見ても、ファルコンFCとイシュタルFCは共に一部チームと遜色ないレベルにあると感じられますが」


 どうだろう、と俺は言葉を濁して、加藤をあしらった。


 三連休初日ということもあってか、スタジアムはほぼ満杯。ナイターでの試合もウチにとってはあまり経験のないことだ。


 女子サッカーとはいえ、ファンも男性が圧倒的に多いのだが、宮崎ファルコンFCはなぜか圧倒的に女性客が多かった。


「負けたら許さんっちゃ!!」

「ほいっぺプレーせんね!!」


 そんな罵声が飛ぶ中、隣で真賀田がボソリと、


「普段抑えてる分、ストレス溜まってるんですよ」


 九州は確か旦那の後ろを一歩下がって歩く奥さんが好まれるんだっけか。


「もしかして真賀田さんて九州出身?」


 すると真賀田はウチの応援団に向かって指さすと、


「オラァ!! まっとふてぇ声でオラべよ!!」


 肌をビリビリさせるような鋭い声に、俺は真賀田を絶対に怒らせてはならないと思うのであった。


 俺は真穂に目を向け、


「どうだ?」

「ベンチって久しぶり。なんか監督になった気分」


 俺は口元をほころばせた。


「気づいたら指示出していいぞ。今日はコーチだからな」

「うん! ビシバシ、声出すね!」


 挨拶が終わり、選手達がポジションにつく。面持ちは程よく緊張感を持っているものの、時折リラックスした笑顔が溢れていた。変に気負うこともなく、いい状態だ。


 この一年を通して少女達は精神的にも大きく成長していた。今日まで戦ってきたという経験は目に見えないながらも選手達の中に確かに積み重なっている。


 あとはどれだけ自分のサッカーができるか──。

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