それぞれの思惑(5)

 季節はいつの間にか秋に変わっていた。


 まだまだ蒸し暑さの残る九月は連勝からスタートした。どこか波に乗り切れていなかった夏場が嘘のようで、九月の試合はすべて勝ち星を納めた。


 そしてリーグ終盤戦に入ろうとしていた。俺たちは遂に自動昇格圏内の二位に浮上。首位ファルコンFCは九月に入って苦戦したようで、勝ち点差は3にまで縮まっていた。


 いよいよ、優勝が現実味を帯びてきた。

 残り六試合の二ヶ月弱。もう一ゲームも落とせない。


 ファルコンFCとのアウェイ戦は十一月の頭。今から四試合目。なるべくここにベストコンディションに持っていきたい。


 しかし夏の二ヶ月はサブと入れ替えながら騙し騙しやって来たが、選手達には疲労が色濃く見え始めていた。


 俺はミーティングルームのホワイトボードを前にして頭を抱えていた。


 ここまで走り通しだった紬と三葉の調子も最悪だ。


 こうなることは薄々気づいていた。走るサッカーはしんどい。一年通してリーグを戦う体力はまだ彼女達にはない。少しでも上を目指そうと練習もさらにハイペースだった。


 幸いなのはリーグ前半から途中交代を重ねていた香苗がまだ元気なことだが、ストライカーとしては完全に覚醒しておらず、ここぞと言う時に頼れずにいた。


 サブ組で何人か使えそうな選手が出て来たものの、圧倒的に経験が足りない。

 そんな風に考え事をしていると、暗澹たる表情を浮かべた佐竹が姿を見せる。

 手にはコードレスフォンが握られていた。


「どうしたの?」

「杏奈ちゃんがその……入院したと」


 俺は佐竹に掴みかかって、問いただす。


「入院って──怪我か!? 事故か!?」

「いえ……その、体調不良で風邪を引いたらしくて──」

「なんで風邪で入院だ!?」

「病院に行った際、結核をもらったようで、入院だそうです」


 俺は大きくため息を吐いた。

 俺達はまた女神様に意地悪されている。


「……いつ頃復帰できそうだ?」

「様子を見ながらですが、数週間は入院することになるかと」

「……退院後も体を戻すのに時間がかかるな」

「ですね……」


 これはいよいよ、現状維持すら危うくなって来た。


「真賀田さん、まだ残ってる? ちょっと話したいことがあるんだけど」

「ええ、すぐ呼んで来ます」

「いや、いいよ。事務所にいるなら行く」


 そう告げ、俺は事務所へと足を運んだ。

 扉を開けると真賀田もまたため息を吐きながら、机に突っ伏していた。


「杏奈のこと、聞いた?」


 ええ、と真賀田は力なく返した。


「これから食事でもどう?」

「デートですか? そう言う気分じゃありません」

「じゃあ、ここで話をさせてもらう」


 俺は真賀田の正面の机に腰を下ろす。

 真賀田は顔を上げ、腕を組んだ。


「なんですか?」

「俺は迷ってる」


 真賀田は俺を一瞥して息をつく。


「考え方を変えると言うのも選択肢だと私は思います」


 真賀田が言わんとすることは十分に分かっていた。


 残りの試合の内、四勝を取れば三位との勝ち点差で自動昇格圏内二位で逃げ切れる。リーグ下位チームとの対戦は三試合ほどある。それをモノにして、どこかで一勝を勝ち取れば、ひとまず昇格という目標は通過することになる。


 つまり、スタメンを休ませて、来年の準備を今から始めるということだ。しかし優勝をもぎ取りに行っての二位と妥協しての二位は、来年に向けるモチベーションが変わってくる。


 それに真穂に優勝して来年を迎えると約束した手前、示しがつかない。


 真穂が戻って来ても、おそらく来シーズン前半戦は調子が上がらないだろう。ドクターからの説明では今年はじっくり身体を戻してリハビリに打ち込んだ方がいいとのことだった。いや、メンタル的な部分の不安は常につきまとう。大怪我をした後ってのはサッカーが怖くなるのだ。来年になっても本調子を取り戻せるかは分からない。


 けれど、一部で戦うのならば真穂は絶対必要だ。


「俺の予想ではそろそろ香苗が自分の本当の才能に気づいてくれると思ってたんだけどな」


「本当の才能?」


「俺さ、ようやくこのチームの特徴に気づいたんだ」

「短い距離のスピードにフルで走り負けない根性」


「いくら根性があっても、物理的に筋肉が悲鳴をあげれば無理だよ。持続力のある筋肉が彼女達の持ち味なんだろう」


 頭の回転も悪くない。

 スカウトマンが基本的な能力で篩にかけたんだろう。


「でもそれ以上に素晴らしいものがある。同時にそれはこのチームの弱点でもある」


「当たりの弱さ」


 正解だという風に俺は頷いた。


「つまり身体が柔らかいってことなんだ」


 てっきり俺はまだ育ちきっていないから筋肉がぐにゃぐにゃだったと思ってた。

 サブの子を試したり、練習を見てようやく気づいた。


 全員、天性の柔らかさを持ってる。ただ柔らかいだけじゃない。粘りがって、弾力性がある筋肉。つまり、怪我をしにくいってことでもあるし、バネのような瞬発力がある。


 でも長く走れる。あの子達はそれほど大きな身体じゃない。じゃあ遅筋の方かと思ったがそうでもないらしい。速筋が柔らかいんだろう。


「日本人が好きそうな素質さ」


 早いのに前後半を通して走れる筋肉があるのだ。


 スピードが終盤落ちない。これは長距離走をしたり、短距離走を何十本やって、そう簡単に身につくものではない。


 人体のメカニズム的に、速筋のスタミナは物理的な制約があり、遅筋に瞬発力はない。


「俺は遅筋と速筋の中間のような筋肉じゃないかと仮説している。こんな選手を集められるなんて並大抵のことじゃない。海外だってそうそういないだろう」


 俺はそのことに気づいて、選手達の両親やその親戚を調べた。

 多くの選手の親族は昔スポーツをやっていた。


 香苗と杏奈は陸上をやっていた。結月はフィギュア。琥珀は水泳。真穂は水球。

 紬はバレエだし、羽馬姉妹は器械体操。


 他にもほとんどの子がサッカー以外のスポーツをベースに持っている。


「こんな子達をよく集めたと思うよ。だからと言ってサッカーでそれが活きるかどうかはまた別問題。でも今残っている子達は非常に高い適性を示している。一体誰がこんな思惑を持って舵取りをしたんだろうね」


 言ったものの、俺には予想がついていた。

 俺は真賀田がどう反応するのか観察する。


「たぶんそういう指示を出したのは、真賀田さん。あんただ」


 名指しされた真賀田はピクリと眉尻をあげた。


「だとして何が仰りたいのですか? まるでミステリ小説の探偵みたいな謎解きですね」


「いや、俺は別に犯人がどうとか、このことに対して避難をするつもりもないよ。ただなんでだろうなって思っただけ」


 真賀田はじっと俺を見つめ、やがて観念したように息をつくと、


「私の後悔です」

「……怪我?」


「ええ。以前も話した通り、私は選手生命を絶つほどの怪我をしました。だから私は選手達に後悔して欲しくないと思って、怪我のしにくい選手を集めてもらったんです。靱帯の弾性です。それがあの子達の土台を支える才能です」


「それって、論文に出すため?」


「それは趣味みたいなものです。サッカーが好きなあの子達を長くプレーさせてやりたいというのが率直な気持ちです。他のスポーツをするにせよ、義務教育の体育に柔軟や体操といった種目を導入するデータになれば、と」


「だからチームに長く居座れる場所を望んだ」


「はい」


「でもそれってさ、生きた選手達を実験してるってことじゃないか?」

「そうかもしれません」

「良心は痛まない?」


「全然。だって私は今いる選手達や未来の子達のためにこうしているんですから」


 そこで俺は本音を聞くことにした。


「じゃあ聞くけど、俺が残り全試合勝ちに行くって言えば?」

「解任案を提出します」


 真賀田は即答した。

 やっぱりそうくるか、と俺は彼女を鋭く見据える。


「佐竹マネ──いや、精神科医見習いの佐竹さんからスポーツ心理学を聞いたんだけどね、俺達は勝つことで脳内麻薬を得られるんだとさ。困難な状況での成功体験ほど大きな自信になる。今選手達は成長著しい」


 例えばの話だが、と俺は前置きする。


「強いチームは勝ち続けるから強いんだ。強いから勝つんじゃなくてね」


 サッカーのリーグにスポットを当ててみよう。

 欧州でも日本でもどこでもいい。


 過去から今まで、多くの一流チームはほとんどが一部で残留を続けている。

 降格と昇格を繰り返すチームってのも結構似たような顔ぶれだ。


 なんでこんなことが起きてるのか。


 もちろん、資金力やフロントや監督との噛み合わせも色々な要素も否定できない。しかし、勝ち方を知ってるからずっとトップチームとして残り続ける。練習法やチームにとって必要な選手を集めて育てるというプロセスが確立されている。たまに新しい血を入れ替えても勝ち方を知ってる選手に引っ張られ、勝ちを覚えて行く。


 人間は記憶力を頼りに生きる生き物だ。

 つまり勝たなきゃ強くはなれない。

 万年弱小チームが突然強くなるにはやはりどこかで世界観をぶち壊す勝利がある。


「勝利以外に成長はないと?」


「負けた時は反省ばかりするだろう? 逆に勝った時はいいイメージを思い出す。これが選手の想像力に俺は繋がると思っている」


「要するに残りの全試合、今までのスタメンで行くと?」


「そこで妥協案を示したい。四連勝した時は先発組を休ませてもいいと思ってる。リーグ一位通過じゃなくてもいい。だが、ファルコンFC戦で必ず勝利し、昇格を決める」


「考えはわかります。それならば私も賛成したいところですが」

「心配は前回、全得点に絡んだ真穂抜きでもう一度勝てるかってこと?」


「はい。しかも今度はアウェイ戦です。より不利な環境です」

「俺はここで勝てなきゃ一部に昇格してもすぐ降格すると思う」


「そのプランはあるのですか?」

「まったくない。今日から考える」


 正直に言った俺は屈託なく笑った。

 真賀田は苦笑していた。

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