それぞれの思惑(3)

 梅雨が明け、七月に入ると一転してからりとした夏がやってくる。


 中高生といえば、これからの時期、海に旅行にバイトにと忙しく楽しい季節であるが、プロサッカー選手のうちの子達にとっては関係のないこと。しかもこの時期のコンディション調整には苦労することを俺もよく知っている。


 現在、リーグ前半戦が終了して、現在リーグ四位。三位チームとの勝ち点差は1。十分に射程圏内に付けている。ちなみにトップは依然ファルコンFCが独走している。ファルコンFCとのアウェイ戦はリーグ終盤の秋に控えている。


 おそらくそこが頂上決戦。

 当然俺たちの目標は優勝だ。


 そのためにはここに残っている選手全員の成長が不可欠である。


 事務所に集まっていた俺や真賀田は連勝中だというのにあまり顔色が優れなかった。フィジカル的な疲れが見え始めていたこともあるが、精神的な疲れの方が大きかった。若さがウリのウチの選手達は少し元気が無くなっていた。


 無理もない。練習もハイペースだったし、学業と兼業する子も多い。それに真穂の事故もあって、多感な少女達の心に負担がかかっていたことだろう。


「……海に行きたいですね」


 不意に真賀田は呟いた。俺は驚きを向けずにはいられなかった。仕事人間な真賀田の口から遊ぼうなんて誰が想像したことだろうか。


「いいですね、海」


 と佐竹も乗り気な様子だ。


「でも俺たちはまだ四位で、一瞬足りとも気が──」


「何言ってるんですか。監督がカップ戦を捨てるって言ってから、ウチはもう予選リーグ敗退が決定していますし、学生組は七月半ばから夏休みです。一日オフを伸ばすくらいどうってことないでしょう?」


 矢継ぎ早に述べた真賀田に佐竹も加わって、


「精神力だけで気合を維持するのも難しいでしょうしね」


 リフレッシュは確かに必要だ。


「ここいらで、気持ちを入れ替えるためにも海に行きましょう」

「では、私が段取りを!」


 早速佐竹は受話器を上げて予定を組み始めたのだが、その側で不敵な笑みを浮かべる真賀田には何か思惑がありそうだと感じる俺であった。




 七月の前半は苦しいながらもなんとか僅差で乗り切り、三位に浮上した。そこでちょっとしたご褒美も兼ねて海へとやってきたイシュタルFC。


 イシュタルFCのホームユニフォームと同じく、水平線まで広がるオーシャンブルーの光景。白い砂浜ではしゃぐ少女達の姿は実に眼福である。いつもは練習着やユニフォームばかりな少女達が水着なのはなかなか新鮮だ。


 しかも真賀田はかなり際どいビキニ。


「ひとつ聞いていい?」

「なんですか監督」

「もしかしてだけど、男漁りとかじゃないよね?」

「何バカなこと言っているんですか。周りを見てください」


 海岸に目を伸ばす俺はハッと気づかされた。砂浜は斜面となっており、足腰を鍛えるのに非常に有用なトレーニング施設という訳なのである。


 目つきを変えた真賀田は、


「集合!!」


 軍人教官のような号令に、旅行気分で賑わっていたはずの少女達はピリリとした緊張感を持つ。


「コーチ、なんなん? 急に怒鳴って……?」


 恐る恐る問いかける杏奈に、


「坂道ダッシュ五本! その後は水分補給して一五〇〇走!」


 少女達は当然拒否。断固拒否。


 真賀田に向けて「鬼教官!」、「悪魔!」、「人でなし!」と散々な言いようだった。


「ここに一人の犯罪者がいます」


 と、指さされた俺。


「この方はロリコンです。今からこの変質者の大好物である君たちを追いかけます」


 少女達は訝しげな視線を俺に送る。


「まさか監督はん、ロリコンはほんまやったんか」


 杏奈がぼそり。


 悪役に仕立て上げられて、ため息を吐く。ともあれ、真賀田の思惑を察した俺は、


「なあ、杏奈。確かデータ上では、バストサイズ73のAカップだったよな?」


 杏奈は途端に顔を真っ赤にして、


「な、なんやねん!? ウチがちっぱい言うてるんか!?」


「実はな杏奈。俺、杏奈の貧乳、ペロペロしたいって思ってた」


 絶句の杏奈。

 俺は静かに杏奈に近づいていく。


「ちょちょちょ、監督! こんなとこで指一本でも触れてみいや、間違いなく犯罪やで!?」


「俺はもう抑えられない。この溢れ出んばかりの欲情はもう誰にも止められない。だから、杏奈、逃げてくれ。俺を犯罪者にしないでくれ!」


 襲いかかろうとすると杏奈は悲鳴をあげながらダッシュした。

 次に俺はW杯級のバストの持ち主である心美に目を向ける。


「ゴクリ。あのさ、心美。ゴクリ。俺はおっぱいであれば、ゴクリ。何でもいいんだよ。だから、ゴクリ」


「ひっ──」


 心美も逃走。


 そうやって俺は次々に少女達を目を向け、追いかけ回した。


 少女達はイヤラシイ目つきで追いかける俺に悲鳴やら泣き声やらあげつつも、砂浜でのトレーニングをやらされる羽目になったのだった。


 ダッシュと中距離走をインタバールでこなした後は、さすがに皆バテバテだった。

 さすがに少女にはきついだろうな、と俺はすぐに息を整えて様子を眺めていると、


「はい、お疲れ様です。月見さんにはこの程度朝飯前ですね」


 と佐竹がスポーツドリンクを提供してくれる。


 いつも真面目なスーツ姿の佐竹もこの時ばかりは大胆な姿。花柄のワンピースで、素直に可愛らしいと俺は思う。お世辞にもあるとは言えない胸ではあるが、白い肌に少しの谷間は台所の神棚に写真を添えて毎朝拝みたいとすら思えるベストショット。


 佐竹はフリルを弄りながら、

「その、どうですか?」

 と頬を染めながら問う。


「あのさ佐竹さん……」


 走って身体は熱したままである。

 よって、ゴクリ。


「俺、おっぱいなら何でも……。いや佐竹さんはお尻の方が魅力──」


 右ストレート。

 顎にクリンヒットして気が遠くなる──。



 目が醒めるとすっかり日が暮れていた。

 少女達は泳いだり、ビーチサッカーをして遊んでいた。


「……酷い夢を見た」


「監督ってさ、見境ないね。だいぶゲンメツ」


 隣には真穂がいた。真穂もまた水着を着ていたが、上にはユニフォームを着ていた。そのユニフォームは俺が以前在籍していたロンドン・ブルーズのユニフォームで、しかも背番号は27。そして『T・Kengo』の文字入りだ。


「何言ってる。可愛いは罪だ。うちの子達は全員可愛いから思わず──」


 と冗談半分で言ったのだが、真穂は少し落ち込んだ様子で、砂を指で退屈そうに掘り返していた。


「何腐ってんだよ。水ならそう負担も掛からないだろうし、ある意味これは真穂のためでもあると思うけどな」


 驚き交じりに真穂は顔を上げる。

 俺は頬を綻ばせて、


「ほら、行ってこいよ」


 うん、と笑顔を咲かせて真穂は皆の元へ小走って行く。


 そこへ上着を羽織った佐竹がやって来て、氷を渡してくれた。俺は氷を顎に当てる。


「さっきはすみません。ですが、あれは本気の目でした。思わず防衛反応が──」


「いやまあ、俺も悪ノリが過ぎたと言うか……」


「真面目な話をしてもいいですか?」


 なに、と目を向けると佐竹は携帯電話を取り出して、俺に向けた。


「今ならまだ間に合います。今すぐスカウトさんの話を受けてください」


 俺はため息を吐いた。


 以前やって来たスカウトに選手として復帰の話を持ちかけられたが、改めて俺は丁寧に断っていた。


「それってさ、佐竹さんの指示だって聞いたけど本当?」


 佐竹は強く頷いた。


「今日の走り込みを見ても、身体は戻っていると感じます。だから──」


「今は離れない。いや、途中で投げ出さない。俺はまだあの子達にまだ何も残してやれてない」


「でも、月見さんは今すぐ選手に戻るべきです」

「……その気持ちは嬉しいけどさ、俺は来年も監督をするから」


「本気ですか?」

「本気だよ」


「それは責任感から来るものもではないですよね?」


「半分くらいはそうかもしれない。でも、あの子達は俺が構想するレベルの半分にも達していない」


 俺は見たいのだ。あの子たちが本当の花を咲かせる瞬間を。


「月見さんには月見さんの人生があります」

「佐竹さんもしつこいね」


「だって、月見さんがここにいるのは何だか責められているようで……」


「どう言う意味?」

「いえ、何でも」


 と佐竹は以降口をぱったり閉ざしてしまう。


 そう言えば以前、佐竹は後悔がどうとか言っていた。そのことに関連するのだろうか。

 そんな疑問を抱かせる夕暮れ時だった。

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