7章

それぞれの思惑(1)

 季節は梅雨入り。


 しとしとと長く続くはっきりとしない雨。六月も後半に入ったというのに雨は明けず、心まで曇らせそうな空模様が広がっている。


 ファルコン戦以降、東京イシュタルFCは連敗と引き分けで五月を終えた。


 真穂の離脱以降、気合は十分だったはずだが、精神力だけではどうにもならないのがチームスポーツの難しさ。真穂という攻撃の軸を失ったイシュタルFCは攻め手を欠き、接戦をモノにできなかった。


 さらに羽馬愛衣と棚町三葉がイエローカードの累積で戦線を一部離脱もあって、六月も苦しい試合が続いた。一時は自動昇格圏内を射程に捉えていたが、再び突き放されての現在リーグ五位。


 俺達はサッカーの女神にそっぽを向かれている気さえした。


 とはいえ、少しだけ嬉しい報告もあった。真穂の再手術が八月の頭に決定した。予定よりずいぶんと早い回復だ。また俺の膝の調子も良好で、ハーフタイムまでならプレイできるくらいまでには状態が上がってきていた。


 しかし、真穂が離脱したあの日以来、魔法の世界はパタリと姿を消した。ただ、選手としてやって行くのであれば、魔法がなくともプラスアルファが必要不可欠だ。


 そんな思いを馳せながら室内練習場に向かう俺を心美が呼び止めた。


「監督。今日は外で練習しませんか?」

「外は雨だぞ?」


 心美以外にも、香苗や杏奈に紬といった中心選手が連れ添っていた。曰く、チーム全員の意向らしい。試合本番も雨かもしれないからという理由で練習したいそうな。


 とはいえ、俺と真賀田は風邪を引かれる心配をしていた。スタッフには十分なタオルや暖房器具を用意してもらい、練習時間も短めに切り上げる日々が続く。


 そんな中、香苗は俺との一対一の自主練に励んだ。


 香苗は徐々にその才能を開かせつつあったものの、俺が想像しているレベルにはまだ遠い。香苗自身それを分かっているらしく、ほぼ毎日俺との一対一を練習後に挑んでいた。そんな香苗の姿を見て、他の選手達も引っ張られないわけがなく、最近ではほぼ全員が居残り練習だった。


 結局、練習後のミニゲームが日課となる。


 先発組のDF中心選手と攻撃的なポジションの選手を二手に分け、サブ組を振り分けての十一対十一人でハーフコートのさらに半分の大きさでのミニゲーム。コートを目一杯つかうゲーム展開はさほどない。どちらかが攻め、どちらかが守る。そういう状況では大抵がハーフコートの中で試合が行われる。


 ぎゅっと密集した選手達の狭い間をいかに短く最短でゴールを結ぶか。

 それが最も効率的な点の取り方だ。


 またこのゲームにはルールがあって、浮かせたパスは禁止。

 つまり身長の高さが活きない。


「ねえ、真賀田さん。なんか疼いてこない?」


 俺はもうすでに混じりたい欲望に弾けだしそうだった。


「その手には乗りません」


 冷静に返す真賀田だったが、わずかに足が前に出ていた。


「ちょっとくらいなら走れるでしょ。いや、走らなくても多分まだ通用するんじゃない?」


「昔ほどの動きは──きゃ」


 俺は真賀田の手を引き、コートの中に連れていった。


「じゃあ、今から十一対十一対二人サッカー開始。俺らは第三者的敵だから。ゴールはどっちでもオッケイな」


「自分ルールずるいっす!」


 と言った三葉をひょいとかわし、早速、ゴールネットを揺らす。


「月見選手先制点!」


 ゴールを決めた俺はシャツを脱ぎ捨て振り回しながら子供のようにはしゃいだ。


 真賀田も負けじと、左足一本で器用にボールをキープし、俺の想像力を掻き立てる絶妙に難しい背中越しのボールを出した。


 足裏で引き寄せつつ杏奈を往なして抜き去り、ツータッチ目には玲奈を抜いて、ゴールを決める。


「二点目ぇ~っ!!」


 楽しかった。

 俺は久しぶりにサッカーが楽しいものだって思い出していた。


 火がついた選手達は実践さながらのシフトを敷いた。

 二十二人は俺と真賀田からボールを奪おうと団結した。


 流石の俺でも二十二人は相手にできなかった。


 それでも俺と真賀田の二人だけで十五人は相手にせず、シュートを放つのだが、キーパーの真奈美は素早く横っ飛びしてボールを弾いた。


「ハハッ! 真賀田さん! まだ現役でいけるんじゃない!?」


 クールダウンを皆と一緒にこなしながら俺は無邪気な笑顔で真賀田に言った。


「私はもう指導者で行くと決めたんです」


 言いながらも真賀田は口惜しそうな顔をしていた。


「もったいないな」

「そっくりその言葉を返します」


 するとドリンクを抱えたスタッフ達とおにぎりを抱えた佐竹がてやってきた。


「皆さん、差し入れですよ」


 佐竹は笑顔いっぱいだったが、選手達はぎょっと目を剥いた。

 香苗が慌ててレインコートを佐竹の元へ運びに行った。


「ちょ、佐竹マネ! 雨だから! 濡れてるから! おにぎり、べしょべしょだから! せめてラップでもしてよ!」


 当然、傘を持っていない佐竹はずぶ濡れ。

 ブラウスから水色の下着が透けていて、俺は目のやり場に困る。


「こ、これはツッコミ待ちだったんです!!」


 慌てふためく佐竹。狙ったボケをするわけがなかった。

 俺達は笑いあった。


 少女達が雨の中に咲かせた笑顔はどんな花にも負けず、可憐で美しい。

 この子達が笑顔を咲かせた後は、いつもいいゲームがやってくる。


 俺は確信した。次こそは確実に勝利が待っていると。



 そうして迎えたリーグ十三節目。


 今回の相手は現在二位の博多ジュエルSC。リーグで最多得点を上げているチームは当然攻撃的サッカーをする。


 システムは3-4-3だが、ウチと似たような早いパスサッカーを得意とする。


「大丈夫ですかね……」


 真賀田はいつになく弱気だった。


 気合が入っていたのに結果に結びつかなかったここひと月に、真賀田は不安を感じたのだろう。


「少ししこりが残ってただけ。いきなりスタメンが抜ければ、戸惑いもあるさ。連敗から逆に火がついた」


 真穂がいなくなった分、自分達には足りないものを余計に知ったのだろう。


 俺は何も心配していなかった。

 今、気持ちはノリに乗ってる。


 選手達はどこか、中心選手に頼ろうとしていた。こういう言い方はしたくないが、真穂の離脱はある意味ウチにとってカンフル剤になった。


 真穂が見せた幻想を追いかけようと、中盤とFWが目まぐるしくポジションチェンジしてスペースを作り上げる。


 味方の歩幅に合わせてダイレクトサッカーをすれば、どんなに早い選手でも追いつけない。守備の動きを見ながら、あとは自分達でどのパターンを使うか選べばいい。


 もちろん簡単なことじゃない。


 けれどミスをしても、必ず三葉がカウンターを塞き止めてくれる。CBの愛依と芽依が止めてくれるという信頼感に支えられている。


 真穂が抜けた左OMFに心実を上げた。DMFの中心には三葉を起用。二バックの前を圧倒的運動量で守備に貢献する三葉がカウンターサッカーの起点となる。


 心実のプレーは真穂と似ているところがある。ただし、心実は冷静な判断力があり、キックや足元の技術はチーム1。いや、リーグ1。ロングボールで自在に両サイドに散らす正確性だ。


 しかも杏奈の足を活かす時はドライブ回転。右ウイングの結月にはトラップせずともアーリクロスを放りこめるバックスピン回転のボールをピンポイント送り出す。


 器用で思いやりのある選手だ。

 この攻撃を見れば当然心実へのマークが厳しくなる。


 次は狭い場所をこじ開ける天性のドリブラー紬の出番。紬が狭い真ん中を抜け、右サイドに流れると結月が中に絞り、SMFの玲奈が縦を駆け上がる。


 マークが散って、意識の散漫した二人程度なら紬は止められない。

 ドリブラーは決して個人技だけじゃない。周りの動きも重要だ。


 こうして一・五列目の二人にマークを割けば、サイドへのカバーが遅れる。

 少ないパス回しで両ウイングへ簡単にボールが渡った。


 あとは入っていく得点を指折り数えるだけ。


 チームとして完成しつつあった。終わって見れば6-0。


 すっかり大物食いが板についてきた。攻撃的なチームに一切、相手のサッカーをさせなかった。攻撃は最大の防御。サッカーにおいてそれはより顕著なものとなる。


 勝利を携え帰還する少女たちは実に幸せそうな表情を開いていた。


 あとは蕾の開花を待つだけ。

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