孤独な天使たち(3)

 続く六戦目も難なく快勝。


 完全に流れに乗ったイシュタルFC。桜の季節がいつのまにか終わり、俺達は気づけば五連勝という破竹の勢いでゴールデンウィークを迎えていた。


 リーグ順位も勝ち点差ほぼ無しの四位と悪くない位置に付けている。


 勝ち星が続くことに加えて攻撃的サッカーに魅了されたファンたちは、ホームだけでなく、アウェイや練習ですらも大勢見に来てくれていた。


 そうして迎えた、八節目。


 この日は子供の日ということもあり、たくさんの親子連れや地元の小学生たちの姿が多く見られた。


 ホームゲームで無様な試合は見せられない。

 そして、この試合はリーグ前半戦の重要な一戦となるだろう。


 相手も同じく連勝中。


 現在リーグトップを独走中の宮崎ファルコンFC。

 試合前のミーティングで俺は今シーズン初めて相手の情報を口にした。


「分かってると思うが、今日の相手は強い。向こうは二枚のFWを中心にガンガン攻めてくる」


 今シーズン、ファルコンFCに移籍した選手はカナダ人とサッカーの本場ブラジル人の二人。前者がレイチェルで、後者がジェシー。


 レイチェルは高さとスピードを兼ね備え、フィジカルも男子顔負けだ。


 ジェシーは多くの名プレイヤーを輩出した祖国で培われた技術の高さがセールスポイントである。


 身体能力と技術がハイレベルでまとまった選手が二人。


「この二人をウチのディフェンス陣一人では止められない。ただしスタミナ勝負ではこっちが勝つ。そこで前半、香苗を温存し三葉を入れる。CFWに結月。右ウイングに紬。三葉は下がり目の位置で真穂とのコンビだ」


 今週は初めて相手チームを想定してのシミュレーションも交えて練習して来た。


「中盤でボールを回し、ボディーブローを与える。向こうのFW二人にはCB姉妹がマンツーマンで日本流の粘っこいサッカーを教えてやれ」


 双子の羽馬愛衣と芽衣は力強く頷いた。


「相手は早いから今日はディフェンスライン深めでも構わない。心実は気持ちCBで二人のフォロー。プレスが緩くなる前後半の終盤にパスでかき回す。あとは試合を楽しんでこい。以上」


「「はい!!」」


 頼もしい返事を揃えて、選手達はピッチに向かった。

 ベンチに腰を下ろすと真賀田は「なんとしてでも勝ちたいですね」と漏らした。


「難しい試合になると思う」

「ここまでの勝利は紬の成長が大きかったですね」


 得点四のアシスト三。

 紬はチームの中でも一番得点に絡む数字を出している。


「嬉しそうだね真賀田さん」


「あの子は将来、代表に選ばれますよ」

「他に代表候補は二人いるんだけどね」


「香苗に真穂ですか」

「まあ真穂は期待以上に渡り合えてるけど、まだ十五だしね」


 それにしても末恐ろしい子だ。

 真穂には何かやってくれるというワクワク感がある。今日もまた何かやってくれるかもしれないという期待を仄めかす。


「けれど、先発を外していた三葉をここでスタメン起用ってのはもともと予定していんたんですか?」


 ここ数試合、紬が先発する代わりに三葉が外れていた。


「全チーム同じスタメンで戦う気はないさ。選手には個性があるからね。自分達のサッカーが崩されない範囲で相手に合わせる」


 全員で戦うってのはそういう意味もある。才能ある選手が一番嫌いなのは速さや上手いディフェンダーじゃない。しぶとく食らいついてくるゾンビのような選手だ。どうしても無酸素運動の限界はある。


 だから今日の試合は、三葉が活きるだろう。


「監督ってあまり友達のいなかったタイプでしょ?」

「なんでそういう論理展開になる?」


「褒めてるんですよ。他チームの監督じゃなくてよかったという意味です」


「あまり褒められてる気がしない」

「ブツブツ言ってる間に始まります」


 ──会話を持ちかけたのは真賀田さんじゃ。


 ホイッスルが鳴らされ、試合開始。


 この状況でウチに有利なものがあるとしたらホームグランドで戦えるということ。


 開始早々、紬がボールを持つと、スタンドは一気に爆発した。

 右サイドを一直線に駆け上がり紬は結月を軸にワンツー。


 中盤の底まで押し上げ、一人を楽々かわす紬。DFが紬に飛び出たところで、真後ろからフォローに回っていた真穂に落とした。


 また俺の中で閃いた──。


 粟立つ全身。


 俺と真穂の想像がリンクする。


 俺が思い描いていたイメージは、中央の三葉を経由。ダイレクトで紬へ戻し、紬が中を切り込んで、ディフェンスの背中越しに杏奈の裏へパスを送る。


 かなり難しい理想像だったが、今の彼女達ならば十分にやれるレベルにはあると予想していた。


 しかし真穂が選択したのは、俺の見えた筋とは同じではあったが真逆だった。

 真穂はディフェンス二枚の狭い間を浮かして抜けた。


 サイドに流れつつもフェイントを一つ交え、DFを振り切ると中へと切れ込んだ。


 真穂は俺が描いていたラインをたった一人で駆け抜けていた。まるでそれは紬のような柔らかいドリブル。ただし小柄な真穂の歩幅は小さく、より繊細で細かいタッチ。


 真穂は一人、二人と背負いながらも小躍りするようにあしらった。

 俺は真穂が描き出すプレイにただただ見蕩れていた。


 小さな魔法使いが操るボールを奪おうとディフェンダーが詰め寄る。


 だが真穂独特のリズムは止められない。止まらない。瞬きする間もないスピードがあったわけではない。無駄のない洗練された動きにディフェンダーは反応できていなかった。


 真穂の魔法はディフェンスが培ってきたであろう経験や予測をすべて無意味なものにしたのである。


 ディフェンスとはつまり、経験則から何種類もの守備パターンを構築する。


 頭で考えるつもりはなくとも、人間というのは記憶を引き出しとして、情報にアクセスする生き物である。反応が早い選手というのは、そのアクセス速度が非常に早く、意識よりも先に身体を動かすことができるのである。


 しかし真穂の細かいタッチは、それら素早い反応に対しても自身のリズムに引き込んだ。真穂が歩む時間と真穂を止めようとするディフェンダーが進むそれぞれの時間軸には齟齬があった。


 ボールを立体的に動かした三次元プレイ。

 そしてわずかな緩急をつけた四次元空間の支配。


 相手ディフェンダーは、まるで過去にタイムスリップしたかのように置き去りにされていた。

 真穂がゴールに辿り着いた時、その前にはもう誰もいなかった。


 ボールが優しくゴールの中へ置かれた。


 真穂は一目散にベンチに駆け寄ってVサインをみせ、俺とハイタッチを交わした。選手たちも真穂に駆け寄り、彼女を取り囲んだ。


 ゴールを告げる笛が鳴る中、スタンドは驚きと戸惑い混じりな歓声をあげていた。


 試合が再開されるが魔法はまだ続く。


 得意のダイレクトパスはノールック。自身の頭をふわりと越え、背中に居た杏奈の待つ左サイドへとドライブ回転で放物線を描きながら放り込まれた。


 裏取りの職人杏奈ですら一歩目の反応が遅れていた。

 杏奈がSBと迫り合いつつ低い弾道で中に送って、結月が押し込み追加点。


「今のは……月見健吾の模倣ですね……」


 真賀田が呟いた。


「ロンドン・ダービーのアレか」


 思わず嬉しい笑みが漏れた。


 真穂の本当の才能は吸収の速さだ。見たプレーをすぐに自分のものにする。

 あのドリブルも前回紬のドリブルを見ていたから。

 しかしただ真似るだけではなく、オリジナリティを加える感性がある。


 それから真穂にボールが集められた。


 DFがプレスをかければ、出来るだけ溜めて引きつけながら狭いコースを無理やりこじ開けるパス。距離をとって守ればドリブルを仕掛け、抜き去った。


 セオリーとは真逆のプレイに相手は翻弄されいていた。


「あれが……真穂の……サッカー」


 真賀田は寒気を覚えるように身を抱きしめた。


 俺が予想していたよりも、俺が要求していたレベルよりも真帆は遥か先に到達していた。


 たった一人の少女にゲームは支配されていた。

 俺ですら見えなかったものを真穂は見ていた。


 いや、真穂は全盛期の俺に近づきつつある──いや、俺を超えつつある。


 まるで操り糸に手繰り寄せられたマリオネットのように、真穂の送るパスの先には選手が引き寄せられる。


 まるで俺に、かつて俺が見せつけたプレイを見せつけるかのように──。


 スタジアムがまた静まり返っていた。


 その舞台にいるすべての者が真穂のプレーにただただ魅了されていた。

 はっとした俺は小さく問いかける。


「真賀田さん……今何点目?」


 真賀田は掲示板に目を凝らし、


「え? えっと四……五点目です」


 俺はちらりと腕時計を確認する。


 気がつけば、前半ロスタイムに入っていた。

 コーナキックだった。前半ラストプレーになるだろう。

 まさかもう、イシュタルFCが負けるなんて誰も思ってなかっただろう。


 だがロスタイムには悪魔が潜んでいた。


 選手が入り乱れる混戦の中、観客の目は大きくクリアされたボールに注目していた。俺以外の誰もがファルコンFCのペナルティエリア内で二人の選手が倒れているのを見ていなかった。いや、キーパーは主審に怒鳴り散らしていたのだが。


 ボールが切れ、ちょうど前半終了の笛が鳴らされるまで、俺はラインを越えないほどには冷静だったが、笛が鳴った瞬間にはコートの中に足を踏み入れていた。


 少し振り返って、真賀田に怒声を浴びせた。


「担架!! アイシング! スプレー!! それから救急車!!」


 真穂は右足を抑えて倒れこんでいた。

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