最終話 緑箱

 結果から言うと、作戦は失敗した。

 いや、完全ではなかったと言うべきか。状況は若干好転したが、思った通りにはならなかった。多大な犠牲も伴った。不安が解消した訳でもない。


 本題に入る前に、グリーンボックスの性質を少しまとめよう。何も無い部屋に世界地図があって、地図についた国の形のボタンを押すと、現実にその国が滅びる。滅びるの定義は、押した段階でその国の中にいた人間が全員死亡し、以降国へ立ち入った人間も全て死ぬ。それを代償として、グリーンボックスの所有者が頭に思い浮かべた物を転送してこれる。願った物が手に入るという訳だ。


 ただし制約もある。願って手に入る物は現実に存在している物であり、頭の中に思い描ける物だけだ。その制約を超えるには、寝て、夢の中で何かを願うしかない。とはいえ、寝ている以上ボタンを押す事は出来ない。つまり、現実に存在しない物も手に入れる事は可能だが、それには協力者が必要になる。


 俺にとっては進藤紗里がそうだった。一旦グリーンボックスから外に出て、所有権を進藤紗里に譲り、再度中へ戻る。その状態で、進藤紗里が眠り、夢の中で「グリーンボックスを超える何か」を願ってくれたなら、壊れかけた世界を救う事が出来る。これが唯一、俺を含めて誰も死なずに済む解決方法だった。


 作戦は途中まで上手くいき、手の平サイズの新たなグリーンボックスを俺は手に入れた。仮に小グリーンボックスと呼ぼう。重さは同じ大きさの鉄くらいで、開ける箇所はなく、振っても中から音はしない。ボタンも無いし壊せもしない。一体どうやって使うのか分からなかったが、いろいろ試してみて分かった。


 左手で小グリーンボックスを持った状態で、右手の指で世界地図のボタンを押すと、既に押した国の制限が解除される。


 バンデグラフを使った静電気の実験みたいな格好だ。俺の身体を左から右に何かが通るような感覚がして、立ち入りを制限された国が解除される。実際外にいるイーライさんに確かめてもらったが、その国の人間かどうかに関わらず、解除した国は死なずに出入りする事が出来るようになった。


 だが同時に、それはこの小グリーンボックスが不完全な物である事を証明もしてしまった。


 制限こそ解除されたものの、既に死んだ人間は生き返らなかったのだ。


 命はそうやすやすとは戻ってこない。冷たいグリーンボックスの感触は、俺にそう説いている気がした。


 とはいえこれは、このままグリーンボックスの中に俺がいても、餓死する事が無くなった事も意味している。最初に普通にボタンを押し、欲しい物を手に入れ、その後左手で小グリーンボックスを持って解除する。この無限ループで何でも手に入る。ボタンを押す国はどこでもいいが、国連側で出入りを禁止してくれればいい。


 何だかゲームのバグのようなやり方だが、そもそもグリーンボックスの存在がこの世界のバグみたいな物といえば自然な利用方法とも言える。


 結局、既に滅ぼした国は周辺国で協議の末、分割統治される事になった。多少の争いにはなったみたいだが、後述の理由で血は流れなかった。俺としては、どうでもいい事ではあるが。


 そういった流れで、俺はまだグリーンボックスの中で生きている。


 結局、俺が殺した人を生き返らせる事は出来なかった訳で、イーライさんを失望させてしまったのだが、意外にも彼は謝る俺にこう言ってくれた。


「単純な事です。これから亡くなった人以上の人を助ければいいんです。ははは」


 外に出る事も出来ない俺に、一体何が出来るのかと最初は疑ったが、やる事は今まで俺がしてきた事と全く同じだった。


 グリーンボックスは、「武力」だ。他に比肩する物のない、最強最悪の大量破壊兵器だ。防ぐ術は一切無く、報復も不可能。人類の英知を遥かに凌駕するテクノロジーだ。


 そしてその武力の行使には、ほとんどコストがかからない。俺が指を1本動かすだけ。ただそれだけで特定の国に壊滅的な被害をもたらせる。面倒な条約や経済を盾にした牽制もない。シンプルな火力。


 あえて語弊のある言い方をさせてもらえば、各国が核兵器を持つ状況こそが平和を維持しているように、一方が武力を持つ時、人はどこまでも残酷になれる。同じだけの武力を持つからこそ睨み合いが生まれる。片方が武器を捨てたからといってもう片方が捨てるとは限らず、世界は綺麗事では回らない。


 要するに、グリーンボックスの存在は、ありとあらゆる国に対して「抑止力」としての働きがあり、その効果は絶大だ。もちろん抑止力である以上、実際に使用する事はない。しかし、国に対して俺が動画で「警告」を行えば、その国の元首は考えを改める必要性が出てくる。少なくとも話し合いのテーブルにつかせる事は出来る。自分の国がいつ滅びてもおかしくない危機感があれば、世論は簡単に纏まる。


 と、言う風にイーライさんに電話で説得され、本当にそんなに上手くいくのだろうかと半信半疑のまま、俺は動画で宣言した。


「グリーンボックスは今日から国連の管理下に置かれます。その行使は国連決議によって決まります」


 ただこれだけだった。これだけで、世界から戦争はなくなった。世界は平和になり、将来的には俺が殺した以上の人が救われるだろう。


 というのはまあ冗談で、世界はそこまで単純じゃ無い。しかしグリーンボックスの存在が、国家レベルで無視出来ない物である事自体は揺るぎない事実だ。良く使うも悪く使うも人類次第。まあ、その辺は普通の兵器と何ら違いはない。


 ぶっちゃけ、どうでもいい事だが。


 そうだな、少し、進藤紗里の話をしよう。


 彼女は3年前のあの日から今日まで、1度も目覚めていない。呼吸はしている。心臓も動いている。瞼を開けて眼球運動を見ても、寝ているだけだ。しかし起きない。頭から水をかけようが、全身をくすぐろうが、反応はない。


 あらゆる手を尽くした。専門家とも話し合って、色んな検査機器、医療機器、薬を中に持ってきて試したが駄目だった。3年間。ずっと彼女は眠っている。そして絶望的な事に、グリーンボックスの所有権は俺に戻ってきている。戻ってきているという事は、少なくともグリーンボックスにとって、彼女は「死んだ」という事になっているらしい。


 これは専門家に否定された俺の予想だが、進藤紗里の頭の中には、グリーンボックスの設計図があった。だからこそ、この小グリーンボックスを願う事が出来た。しかし願うには想像力が必要であり、想像力にはエネルギーが必要だ。夢の中とはいえ、それは彼女の脳に高い負荷を与え、やがて壊してしまったのではないか。


 眠る前は、彼女は宇宙人の存在を語っていた。今となってはぼんやりとしか思い出せないが、「揺らぎ」という概念だと解釈していたと思う。彼女の脳の中にその揺らぎがあるのか、あるいは揺らぎの中にこのグリーンボックスがあるのか。禅問答のような話に、こっちの頭までこんがらがってきそうになる。


 何故こうなったのか。そう考えない日は無い。彼女の残した小グリーンボックスを眺めながら、こうしていたら良かったとか、ああ言っておけば良かったとか、不毛な考えが次から次へと浮かぶ。最初からこうなる運命だったと悲観する俺がいる一方で、眠っているだけなのだからある日突然目を覚ますはずだと楽観する俺もいる。実の所、どうしたらいいのか分からずに何も出来ないでいるだけなのだが、悲しくてやりきれない想いだけがこの部屋の中を埋めている。


 もしこうなると分かっていたら、俺には何かが出来たのだろうか。眠る前に進藤紗里が言っていた、もう何が何だか分からない話も、あと少しだけ真剣に聞いてあげただろうか。あるいは世界中を敵に回してでも、作戦を中止したか。考えるだけ無駄な仮定の話だとは分かっていても、考えずにはいられない。


 ただ、そんな事ばかりを考えていると気が滅入りそうになるので、時々小林と電話で喋る。奴は高校卒業後すぐに結婚して、今では二児の父だ。俺の話で儲けた金を元手に投資を始めて、かなり派手に儲けているらしい。まあその内破産するだろうが、奴ならそれでも強かに上手い事やっていくだろう。


「紗里、今日は外が晴れてるらしい。どこか出かけたいな」


 植物状態の患者であっても、話しかけるのは良い事らしい。根気よく、毎日話しかけて、意識を取り戻した人もいたと聞く。だから俺は度々こうして、思いついた事を喋りかける。


「今日も勉強するよ。高校も卒業出来なかったからな。特に歴史と地理は良く知っておかないとまずいよな」


 視界の隅に進藤紗里の姿を捉えつつ、外から取り寄せた教科書を開き、声に出して読んでいく。


「それにしても、なんで緑なんだろうな」


 その時ふと、眠っているはずの彼女の瞼が少しだけ動いた気がした。



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グリーンボックス 和田駄々 @dada

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