第29話 仮説

 昼の12時に外に出て、夜の12時に中に戻る。そう表現すると、気軽なおでかけのようにも聞こえるが、酷く困難で危うい道のりだった。外に出た瞬間殺される可能性があり、準備が整うまでずっと襲撃に怯え、信頼していた人は本来裏切る予定で、上手く死ねたとしても蘇生に失敗したかもしれない。何らかの後遺症が残ったり、グリーンボックスの中では治療が不可能な怪我を負うリスクもあった。


 そのいずれも回避し、良い目を引き続けて、俺が再び進藤紗里と会えたのは、奇跡と呼ぶ他にない。陳腐ではあるが、仕方ない。


「瀬名君。それで、答えは?」


 メランコリックでロマンティックな気分に浸る俺とは対照的に、進藤紗里は良くも悪くもいつものあの感じだった。「無事に生還出来た事について何か無いの?」と問おうかと思ったが馬鹿馬鹿しいのでやめた。

 ベッドから身体を起こす。


「答えって、宇宙人がいるかって話?」


 出る時に聞かれた質問だ。外にいる間、答えなど全然考えていなかった。というかそんな余裕など一瞬たりとも無かった。


「そうよ。約束だから答えて」

 進藤紗里がベッドに座る。

「……分かったよ。えーと、グリーンボックスに入る前まではいないと思ってた。少なくとも、知的レベルが人類と同じくらいの奴はいなさそう。いや、いたとしても離れすぎていて会えない。会えないならいないのと同じ、みたいな」


 聞き齧った知識で答える精一杯。起きて早々こんな尋問を受けるとも思ってなかったので、しどろもどろになるのはご容赦願いたい所だ。


「私はいると思う。会ってもいる。確信がある」


 俺の言った事全否定な上、ちょっとも花を持たせてくれそうな素ぶりがない。ああ、戻ってきたんだな、と実感する。


「まあ、宇宙人でもなけりゃこのグリーンボックスがある理由は説明出来ないしね。今ではいると思うよ。人類よりは相当頭の良い奴が」

 と俺がおもねると、「グリーンボックスは関係ない」と更に否定を重ねられた。


「でも、宇宙人の知的レベルが人類とかけ離れて上にあるという所だけは正しい。相当ではなく、途方もなく」


 もう好きに喋ったらいいよ、と俺は無言で頷く。


「宇宙が誕生してから137億年。人類が誕生してから700万年。比率にすれば爪の先ほどの僅かな時間で、知識を蓄え、文明を築き上げた。それなら、遥か以前に宇宙にあったはずの知的生命体はどうしているの? 滅びたか、あるいは今も同じ知的レベルを維持しているか。答えはどちらもノー。彼らの存在は、私達の命や知識といった概念を超越して今もそこにある」


 喉がいがいがしたので、ベッドから降りて、タンクの水でうがいをしながら聞いていた。


「知性だけの存在となって、宇宙の彼方を漂っている。昔の有名なSF作家はそう考えた。だけど私は、彼らはもっと先に進んでいると思った。例えばそれは、『揺らぎ』とか」


「揺らぎ?」

 黙って聞いていたが、理解が追いつかずに思わず聞き返す。


「そう。ずれ、ぶれ、偏り、震え。色々と表現は出来るけど、揺らぎと呼ぶのが1番しっくり来る」


「あー、つまり俺が今想像しているようなタコ足の宇宙人はいないかもしれないが、その揺らぎとやらになって宇宙人は存在してるって事か?」


「彼らに目的は無い。ただ何となくダイスを転がして、1の目が100回連続で出たり、それで誰かが救われたり救われなかったり。イデオロギーが無いからこそ彼らは揺らぎでいられる。私達は通常、存在を認識出来ずにいる」


 イデオロギー。イーライさんにも言われた言葉だ。俺は頭が悪いのでよく分からん。


「結局何が言いたいんだ?」

 痺れを切らして俺が訊くと、進藤紗里は答えた。

「途方もなく低い確率で、私とあなたは今グリーンボックスの中にいる。それを奇跡と呼ぶのも偶然と呼ぶのも自由だけど、私はあなたが戻って来れた事に感謝してるという事よ」


 結局そこに繋がるか。

 俺は進藤紗里の手を取って、ベッドから立ち上がらせた。細い腕を手繰り寄せ、肩を寄せ、顔を近づけ、


「紗里」

「やっと名前で呼んでくれたわね。何?」

「好きだ」


 唇を重ね合わせる。


 永遠によく似た時間を過ごして、顔を離した。俺は照れ隠しに告げる。


「さて、そろそろ世界を救おうじゃないか」


 進藤紗里がベッドに横たわる。俺は隣に椅子を移動して座る。差し伸べられた手を握る。暖かい。


「上手くいかなかったらまた挑戦すればいい。準備にちょっと時間はかかるけど」


 作戦を実現する為に、バチカンを含む3つの小さな国に避難という形で協力してもらった。硬い意志で残ろうとした人もいたが、各国の軍隊を投入して強制連行。まあそれでも、隠れたり忍び込んだりで何千人かの犠牲は出るかもしれないが、それも一時的な物だ。作戦が上手くいけば取り戻せる命だ。


「おやすみ、瀬名君」

「おやすみ……紗里」

「……私も下の名前で呼べば良かったかな」


「好きにしたらいいよ」と俺は答えた。


 やがて進藤紗里は眠りについた。寝顔を眺めながら2時間が経過した頃、俺は行った事もないような国のボタンを押した。すると、手の平に乗るくらいの、小さな緑色の箱が現れた。


 それから朝になっても進藤紗里は起きなかった。


 眠ったまま、3日が経った。


 揺すっても、頬を軽く叩いても目が覚めない。


 それから3年が経った。

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