第25話 希望

「もしもし」

「瀬名さんですか? ああ、良かった。……はぁはぁ……もしもし、こんにちは、どうも」


 警察に電話をかけたつもりだったが、どうやら違う人に繋がったようだ。混線だろうか、俺の呼びかけにこたえたのは、激しく息切れした男だった。前に俺を嵌めて殺そうとした警視庁の山田さんとは明らかに声が違う。


「もう繋がらないかと……はぁはぁ……思って、諦めかけて……たんですよ」

 俺は思わずスマホを耳から離して、通話先を確かめた。そこには確実に警察と書いてある。


「ふぅ……まず自己紹介しないといけませんね」

 電話先の男が一息ついた。是非ともそうしてもらいたい。

「前任の山田さんからあなたとの交渉役を引き継ぎました。イーライ・クラークです。外国人の割りに日本語上手いでしょ? 自己紹介すると日本人みんなそう言うから先にこっちから言ってるんです。ははは」


 言われてみれば若干外国人っぽいイントネーションの癖がある。ただ、言われてみなければ気づかないレベルでもある。予想外の人物である事は間違いないが、これでまた色々と聞きたい事が増えた。


「山田さんはどうなったんですか?」

 前々任者の沼田さんが自殺という選択をしたのが頭にちらついて、まずこれを確認したかった。


「心配しないで下さい。担当を降ろされただけですよ。それに山田さんの前の沼田さんも実は生きてます。色々な事情があって、マスコミとあなたには自殺したって事にしたみたいですね」

 肩の荷が少しだけ降りたような、肩透かしを喰らったような、あるいはそれらを同時に受けたような。

「警察の方は色々とあなたに嘘をついてたみたいですよ」


「警察の方?」

 その言い方に違和感を見つける。

「ええ。僕は警察の人間ではありません。というより、日本警察はもうありません。解散しました」


 解散。警察ってそんなロックバンドみたいにポンと解散する物なのか?


「かいつまんで説明すると、有事にあたっての特別立法ですよ。日本政府はグリーンボックスへの対処を諦めました。それで国連に仕事を丸投げ。まあ国連が指揮権を奪ったとも表現出来ますが、何にせよ既存の法律ではそういう状況に上手く対応出来なかったみたいですね」

「警察が無くなったって事は、外の治安とかどうなってるんですか?」

 原因である俺が心配するような事でもないが、聞かずにはいられなかった。

「問題ないです。警察は解散という形になりましたが、治安維持組織として日本政府の直下に編成し直されました。構成員もほぼそのまま。要は、警察という名前が無くなっただけですよ。法律関係って面倒くさいですね。ははは」


 この人が気さくな男だというのは十分に理解出来たが、結局何者なんだ?

「僕は少し前まではFBIでしたが、今は国連の下部組織である『グリーンボックス対策本部』の本部長という立場です。イーライです。名前覚えてくれました?」


 元FBIで今は国連? この電話に出る相手も段々出世してきたが、行き着くところまで来たようだ。


「あの、さっき電話出た時に息切れしてましたけど、何かあったんですか?」

「今日は休みなんで、ジムにいるんですよ。たまたま走っていた時に電話がきたんです」


 個人主義者のアメリカ人なだけあって、こんな異常で緊急な事態においてもきちんと休みを取って身体を鍛えているのか、と感心していると、「あ、僕以外はほとんど忙しく働いているんで心配なく」と続けた。どうやらこの人が特別変な人らしい。


「それで瀬名さん、何か助けが必要ですか?」


 相手からすれば、何故昨日一気に20も国が滅びたのか聞きたい所だろうに、このイーライという人はいきなり核心をついてきた。だからこそ逆にこちらから訊いてみる。


「……なんで理由も聞かないんですか?」

「聞いた所で僕らでは解決出来ない問題でしょう。あなたを責める気もありませんし」

「責める気がない?」

「そりゃそうです。あなただって望んでグリーンボックスの中に入った訳ではない。もしも僕があなたの立場なら、もうとっくに世界は滅んでいたかもしれませんよ。ははは」


 笑っている。今までの対応と違うのは確かだ。あるいはこれも懐柔作戦の内なのかもしれない。

 ただ、良い人を偽っていようと、徹底的に責められようと、どの道俺がこの人間を信用しなければならない事に変わりは無い。


「1つだけ、世界を救う方法があります」

「ほう、興味深いですね。是非教えてください」

「まず、俺がグリーンボックスから出ます」

「その時点で世界は救われるのでは? ははは。冗談です」


 仕事を楽しむのは良い事だが、真面目に取り組む時は真面目に取り組んで欲しい。以前の俺ならこの時点で腹いせに国を滅ぼしていた。


「……いえ、俺がただ外に出ても、既に滅ぼした国はそのままです。新たにそこに入る人は死にますし、既に死んだ人もそのままです。それでは世界は救われた事になりません」


 イーライさんが返した始めての沈黙。それは俺の言葉の真偽を測りかねている事を意味している。


「という事はつまり、瀬名さんはこの世界をグリーンボックスが無かった時の世界まで戻せる方法を思いついたという事ですか?」

「完全には無理です。ですが、既に滅ぼした国への立ち入りを解禁し、そこにいる人々を生き返らせる事は出来るかもしれない。上手くいけば、ですが」

「詳しくお願いします」


 それは進藤紗里の存在によって可能になった、グリーンボックスの裏ルールを利用する方法だった。


「俺が外に出る事によって、グリーンボックスの持ち主がここにいる進藤紗里さんに移り変わります。そしてもう1度、俺がグリーンボックスの中に戻ってきます。その状態で、彼女が寝て夢を見ます」

「夢、ですか?」

「はい。グリーンボックスでは『欲しい物』が手に入りますが、基本的に実在する物しか手に入りません。しかし、持ち主が夢を見ている状態なら例外です」


 俺は進藤紗里が抱えている謎の実を見る。何故かはさっぱり分からないが、夢の中で俺が望んだ物だ。


「進藤紗里さんはグリーンボックスの設計者で、唯一の理解者でもあります。グリーンボックスとは逆の仕組みを持った新らしい物を作れる可能性があります」


 それは希望と呼ぶにはあまりにも儚い物だったが、今の俺が最も『欲しい物』だった。

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