第24話 死んだ

 言うまでもなく、快楽殺人鬼と死刑執行官は違う。やっているのは同じく「人を殺す」という行為ではあるが、意味はむしろ真逆だ。私利私欲の為か、公序良俗の為か。これらを同列に見る人はおそらくいないだろうし、彼らも互いに同じだと思われたくはないはずだ。


 ならば俺はどうだ。グリーンボックスに入って、我が身可愛さの為に世界を破滅に導く俺という存在は、一体どちらに近いのだろうか。ずっと考えていた事だが、答えは出ない。だがきっと、犯罪者にも警察にも俺は嫌われている。


「自分を殺そうとした相手にわざわざ銃を渡すのは自殺に分類されるのかしらね」

 俺から銃を受け取った進藤紗里は不思議そうにそう言った。


「償いがしたいなんて野暮な事は言わない。これから世界がどうなるかとかもどうでもいい。でも方法があるのなら、そうすべきだと俺は思った。進藤、お前が俺を殺したいのなら殺せばいい」


 俺はそう言って目を瞑った。

 潔く、清々しく、腹を括ったつもりでいたが、指先が震えているのは自分でも気づいていた。どうせ殺すなら弾を撃ち込むのは頭にして欲しい。心臓やら肺やらじゃとびきり苦しんで死にそうだ。


 真っ暗で、静かだった。僅かに聞こえるのは俺の心臓の音と、進藤紗里の呼吸音だけだ。


 次の瞬間、唇が湿った。遅れて温度がやってくる。その感触を俺は覚えていた。昨晩も味わった、進藤紗里の唇だ。本日2度目の不意打ちに反射的に仰け反りそうになったが、進藤紗里が俺を押さえつける。


 やがて銃声が鼓膜を揺らした。

 撃たれた。そうか、やっぱり俺は死ぬのか。

 だが身体のどこにも痛みはない。希望通り、脳を1発で撃ち抜いてくれたんだろうか。

 それなら感謝したい。ありがとうと言いたいが、あいにく口は塞がっている。


「今、あなたは死んだ。さっきあなたが私を殺したように」


 俺はゆっくりと目を開ける。身体のどこも撃たれていない。銃弾はまた壁に弾かれて、便器の中へと吸い込まれるように落ちたらしい。


 進藤紗里が銃を机の上に置いた。謎の実の隣だ。


「どうやら私達の目的が一致したみたいね」

 世界地図を眺める進藤紗里の横顔。

「世界を救う?」

「ええ」

「自分で殺しておいて自分で救う。マッチポンプだな」

「その点も一緒。似た者同士ね」


 言い終わった時ふと、進藤紗里の表情の変化に気づいた。


「何で俺と目を合わせない?」

「何が?」と言いつつ、まだこちらを見ない。

「いや、こっち向けって」


 顎を掴んで無理やり引き寄せると、進藤紗里の顔は真っ赤になっていた。


「まさかなんだけど……照れてるのか?」


 進藤紗里は何も答えない。ただ、目は逸らしている。


 変な沈黙を打ち破るように電話が鳴った。俺は一旦進藤紗里への追求を打ち切り、電話に出る。


「おお、やっと出た。瀬名だよな? 俺だよ小林だよ」

 着信の名前から分かっていた。声を聞いたのは夢で会った以来だが、相変わらず間抜けな調子だ。


「今大変な事になってんだよ」

 んな事は分かりきっている。

「どこの国も信用が無くなって、株やら通貨やら何でもかんでも売りまくられててさ、その代わり金とかダイヤとか高騰しまくってる」

 小林にしては真面目な話で正直面食らった。声を潜めて続ける。

「で、提案なんだけど、『絶対に滅ぼさない国』ってのを決めておかないか? んでお前が動画とかでそれを宣言すれば、その国の通貨と土地が高騰すると思うんだよ。今決めてくれたら1週間かけて俺が買い漁るからさ、1週間後にそれを宣言して一儲けってどうよ。これ天才じゃね?」


 思わず吹き出してしまった。目の前では進藤紗里が不思議そうに見ている。


「何笑ってんだよ。俺は大マジだぞ。俺が稼ぐだけ稼いで、お前が外出てきたら焼肉奢ってやる。悪い話じゃないだろ?」

 ひとしきり笑った後、俺は小林に告げた。

「別にいいんだけどさ、この通話、外の警察に聞かれてるぞ」

「うそぉ!? やべっ」

 そして急に黙りこむ小林にまた笑わせてもらった。


「どうせその金儲け方法も誰かに入れ知恵されたんだろ?」

「まあそうだよ。悪いけどもう俺は先に焼肉奢ってもらった」

「あんま変なのと付き合わない方がいいぞ。テレビとかも出過ぎだお前」

「いやーこうなったら真面目に学校なんて行ってられないっしょ」


 一体俺を利用していくら稼いでいるのか気になったが、小林の馬鹿みたいな俗っぽさには正直救われている。


「んで、これからどうすんの?」

 と、ちょっと真剣になった小林に俺は答える。

「近々外に出るよ。ついでに世界も救う」


「おう、出られる目処ついたのか。それは良かったな。世界でも何でも救ってくれ。でもその前に、マジでちょっとだけ小遣い稼ぎしないか? 俺主演のハリウッド映画撮りたいんだよ」

「ああ、そうだな。考えておくよ」

「頼んだぞ瀬名! マジで!」

 電話を切った。


「小林君は相変わらずなのね」

 進藤紗里が呆れたような感心したような風に言ったので、俺は肯定した。

「今から警察にかけるけど、いいか?」

「お好きにどうぞ」

「……協力してくれるって事でいいのか?」


 進藤紗里は謎の実を熊のぬいぐるみのように両腕で抱えながら言った。

「私は最初から瀬名君の味方よ」

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