第23話 銃

 発射された銃弾は、壁に跳ねてそのまま便器の中に落ちた。

 傷1つついていない。壁にも、進藤紗里にも。


「ちゃんと狙った?」


 煽られている。俺は「ああ。狙ったよ。案外難しい」と答えた。真偽は不明だ。


「もっと近づいて。私をよく見て」


 言われた通り、今度は銃口を進藤紗里の額ギリギリまで近づけた。俺にどれだけ射撃の才能が無くても次は外す事はない。弾を無駄にせずに済む。


「これなら確実ね。じゃあ、さよなら」

「さよなら」


 だが、俺は引き金を引かなかった。踵を返し、銃をテーブルに置いて、俺の夢の中から出てきた奇妙な果実の前で、スマホを取り出して電源を入れた。


「どうしたの?」そう尋ねる進藤紗里に「いいから黙ってろ」と雑に言って、スマホをチェックする。着信履歴が999でカンストしている。アドレス帳に登録している番号全部からかかってきていたようだ。そんな事を確認してる間にも警察から連絡が来たので、一旦着信拒否にしてニュースをチェックする。


 昨日のディナーの為に滅ぼした国が20とちょっと。寝ている間に進藤紗里が押した国が1つ、そしてさっき銃を得る為に押した国が1つ。今までにない大規模な虐殺に、当然の事ながら世界は混乱しているようだった。パワーバランスが崩れた事によって起きたクーデター。意味もないのに国名の変更を行う国。どこかに雲隠れした国家元首。世界一周豪華客船の乗船券は、1人頭1億円程度まで値上がりしているらしい。しかも経済が麻痺して通貨の価値が不安定なので、1億円出しても実際には買えないそうだ。当事国という事で比較的安定している円でもその有様なら、もうすぐ世界は物々交換の時代まで戻されそうだ。


「殺さないの?」


 20分くらいは黙っていてくれたが、痺れを切らしたらしい。進藤紗里が質問、いや、また煽ってきたという方が正しいか。そちらへ振り向くと、縛られながらも寝転がってすっかりリラックスしている様子だった。


「殺したい時に殺す。お前もこいつらと一緒だ」

 世界地図にも随分と赤い地域が増えた。


「今殺さないなら、お願いが1つあるんだけど」

「……何だ?」

「おしっこしたい」


 自然とため息が出た。

 死ぬ事に対して全くビビっていないようだ。殺されかけた時、俺も頭では妙に冷静で、楽観さえ抱いていたが、身体は勝手に生きようともがいていたし、それは制御出来ない衝動だった。しかしこいつは違う。こいつの狂気は、後から付けられた俺の物とは本質が違う気がする。


 仕方なく、俺は進藤紗里の拘束を解いた。銃は突きつけながらなので、いつでも殺せる状態なのは変わらない。少しでも妙な素振りを見せたら即撃つ。そう心に決めて何度も何度も念じる。


「お前がカーテンを破ったんだからな。文句言うなよ」

「何も言ってないじゃない」


 進藤紗里は、銃を構えた俺の前で平然と小便をした。「紙使っていい?」と呑気に聞いてきたので頷くと、恥じる素振りもなく拭いていた。むしろこっちが目を逸らしたくなったが、わざわざ隙を作って反撃の機会を与える訳にもいかない。

 これは俺から俺への確認だが、こいつは俺の事を殺そうとしたんだ。


「ありがとう」

 そう言って、進藤紗里は両手を揃えて前に突き出した。

「何だ?」

「何だって、縛らないの?」


 小首を傾げる進藤紗里。

 幕間のような、しばしの沈黙。

 いよいよ誤魔化すのにも限界が来ていた。


「あなたに人は殺せない」

 進藤紗里がぽつりと言った一言に、俺は思わず吹き出しそうになった。それは何とか堪えたが、少なくとも眉間に寄せていた皺は平らになった。


「冗談にしても笑えない。俺はもう20億人くらいは殺してる。毛沢東もスターリンもヒトラーも目じゃない。人類史上最多最悪の殺人者だ」


 進藤紗里の手が、緩慢な動きで近づいて来た。銃に触れ、優しく包み込む。これぞまさしく妙な素振りだ、さっさと撃て。そう脳は命令したが、今回も身体は命令を無視した。


 銃の先端を舐める進藤紗里。


 引き金ではなく俺自身が引いた。


「何で撃てないか教えてあげようか?」

 悪戯っぽく笑う進藤紗里に俺は答える。

「分かってるからいい」

「そう。臆病者ね」

 また煽られたし、結局答えも言われた。


「もう1つの答えを知りたい」

 認めよう。確かに俺は強気な臆病者で、狂ってはいるが正常で、殺人者なのに人を殺したくない。

「どの国のボタンを押せば解放される?」


 進藤紗里が俺から離れ、勝手に椅子に座った。これも撃って良い行動だが、俺の指はピクリとも動かない。


「それを私が知っていたとして、言うと思う?」

「じゃあ質問を変えよう。もし俺が解放されたら、グリーンボックスの所有者は誰になる?」


「所有者とは?」

「誰の思考と連動するのかっていう話だ」


「その時、中にいる人に書き換わる」


 ようやくまともに俺の質問に答えてくれた。話が進められる。


「……俺が今何を考えているか分かるか?」


 気づきつつある可能性を頭の中で言葉にし、具体化していく。


「ええ。でもそれを実現するには、合計5回は他人を信じなくちゃならない。今のあなたにそれが出来る? しかも内訳は、3回は私を。1回は世界を。1回は自分自身を。どれも楽ではないんじゃない?」


 銃を進藤紗里に差し出す。銃口は俺の方を向いている。


「まずは1回目だ」

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