第22話 謎実

 せっかくトイレとの仕切りの為に用意したカーテンだったが、今は無残にも引き裂かれて、進藤紗里の両手両足を縛る為に活躍している。悪いのは俺ではない。最初にこの活用法を考えたのは彼女自身であり、俺はそれによって殺されかけた。


「俺を騙していたのか?」


 部屋の隅に転がった進藤紗里。椅子の背もたれを前に向けて腕を組みながら座る俺。楽しいディナーは終わって、今は尋問の時間だった。


「最初から俺を殺すつもりで近づいてきたのかって訊いているんだ。答えろ」


 答えは要求したが、好ましくない物が返ってくるだろうというのは分かりきっていた。「そんなつもりはなかったの。たまたまカーテンの切れ端で拘束して、首を締める形になってしまっただけで、全くの偶然というかこれはあなたの勘違いなのよ」もしそう答えられても、それを信じる程俺はめでたくはない。


「そうね。世界を救う為にはあなたを殺すしかなかった」


 構図で言えば、追い詰めているのが俺で、追い詰められているのが進藤紗里である事に間違いはないのだが、質問に答える態度があまりにも飄々とし過ぎていて、本当にそうなのか疑わしく思えた。


「て事は何か。お前は自分が世界を救った正義の味方になりたいが為に、このグリーンボックスとか言う物を作って、閉じ込めた俺を悪者に仕立て上げた訳か?」


「そうね。正確には、グリーンボックスを作ったのは私と利害の一致した『何者か』でしょうけど」

「『何者か』? 誰だ?」

「それを知ってれば回りくどい言い方はしない」


 目的の狂いっぷりも、それを達成する為の手段のぶっ飛びっぷりも、驚愕も疑問も通り越して呆れしかないが、何にせよ、その企みはこうして失敗した訳だ。


「随分落ち着いてるみたいだが、これから自分がどうなるのか分かってるのか?」

「ええ。私を殺すつもりでしょう?」

「……そうだ。それしかない」


 今は手足の自由を奪っているが、所詮は布の切れ端。時間をかければ脱出出来ない訳じゃない。俺だってその内眠らなきゃいけない訳で、交代の見張りもいない。進藤紗里が自由になれば、俺はまた殺されかける。というか次は殺されるだろう。俺がギリギリで助かったのは、ローションをベッドの下に隠していたという単なる偶然があったからだ。


「今から殺されるのに随分余裕じゃないか。殺される訳が無いとでも思ってるのか? たかだか1回セックスしたくらいで、俺が心底惚れ込んでるとか、勘違いしてるんじゃないだろうな」


「そうなの?」

「違う違う違う。そう思ってるのかって訊いてるんだ」

「別に、そうとも思ってないし、何とも思ってないわね」


 何なんだこいつ。前から思っていたが、今は本当の本当にそう思ってる。目的が阻止されて失敗したんだから少しは悔しがれよ、と俺が言うのも変な話なので口には出さないが、念じてみる。


「だが殺す前に訊きたい事がまだある。まず、お前が俺を本気で殺そうと思ったのなら、何でこうしなかった?」


 と言いつつ、俺は南米の国の1つを押して、拳銃を出した。弾も装填された38口径。頭蓋骨を貫通して脳をかき回すには十分な威力がある。


「最初からこうしておけば逆転される事はなかったし、カーテンも駄目にせず済んだ

違うか?」

「そうね。で、やってみて、駄目だった。それを見れば分かるでしょ」


 と、進藤紗里が顎で指したのはテーブルの上に置いてあった果実だった。見た目は柘榴のように赤くてぶつぶつとしているが、大きさがバスケットボールくらいある。名称不明のまさに謎の実であり、さっきから気になってはいたが、進藤紗里を追求する方を優先していた為あえて無視していた。


「いや分かんねえよ。何なんだ? これ」

 そう訊くと、初めて進藤紗里は意外そうな顔をしていた。

「本当に分からない? よく見て。見覚えがあるはず」


 そう言われて、俺は進藤紗里に銃口を向けながら、横目で謎の実をじっくり観察してみた。とりあえず、スーパーでもテレビでも図鑑でも見た事はない。何というか、ひたすら赤い色も現実感が無いし、各デコボコの丸さも均一で、自然に生っている物というよりは誰かがCGで作った物のような浮いた存在感がある。そして言われてみれば確かに、どこかで見た覚えがあった。だがどこかは分からない。何故今小林を連想しているのかも分からない。


「……もういい。回りくどいのはいいから、説明しろ」


「説明も何も、あなたはこの果物が欲しかったのよ。夢の中でね」


 夢、と言われた瞬間、記憶がわっと蘇った。確かに、俺が進藤紗里に殺されかけて目覚めた時、俺は夢の中で変な場所にいた。で、小林も一緒にいた。で、この変な実を手に入れようと木を蹴っ飛ばした。時間にすればついさっきの事なのに忘れていた。夢だからか。


 だが問題はそこじゃない。


「このグリーンボックスはあなたの思考と連動している。だってそうでしょ? わざわざ口に出さずとも、願っただけで欲しい物が手に入る。それなら願った物の情報はあなたの脳内から直接引っ張ってきていると考えるのが妥当。ボタンを押したのが私や他の人でも、その時あなたが願った物が手に入る。理屈では分かっていたけど確認したかった」


「そうか。死ぬ前に確認出来て良かったな」

「ええ、そうね」


 生まれて初めて銃を撃った。

 銃声はいつまでも反響している。

 弾は外れ、進藤紗里はまだ死んでいない。

 そして俺は、ある「可能性」に気づき始めていた。

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