第21話 不意打ち

「なんだ? この実」

 それは赤くてぶつぶつとしていて、一見石榴っぽくもあったが、大きさが全然違った。ヤシのように背の高い木に3個しか生えてなくて、バスケットボールくらいの大きさがある。

「いや分からん」

 俺の質問に、頼りにならない答えを返したのは級友の小林だった。何故かは知らんがアフリカの民族衣装のような物を着ている。そういえばここはどこだ? 俺は辺りを見回す。


 空は黒く曇っていて、隙間から太陽の光が漏れたように差している。パイプとタンクと煙突と歯車を滅茶苦茶に組み合わせたような建物が建ち並ぶ。そんな街の片隅で、この謎の実が生った木を見上げている。俺と小林が。


「ちょっと蹴ってみてくれ」

 と、小林が言うので、「自分がやれよ」と言いつつも俺がやる。げしっと木の幹を蹴ると、木はゴムのような弾力で俺の脚を跳ね返し、ぶるぶると揺れた。何だこれ。

「おい! 上!」


 小林がそう言うので上を向くと、謎の実が落ちてきた。咄嗟に避ける。


 地面に転がった赤い実は一部が潰れ、果汁が零れていた。道に張られたタイルの溝を伝って流れ出している。


「あーあ、瀬名が得体の知れない物食わなきゃいいんだけどな」

 小林が訳の分からないフリをしているが、俺はそんな物に乗る気はない。「アホか。こんなもん食える訳ないだろ」と言いつつ俺は実のでこぼこした部分を少し千切って口に放り込む。


「かっ」


 謎の実を含んだ俺の口から、枯れたような音がはみ出した。思わず手で喉を触ろうとするが手がいつの間にか後ろで縛られていて動かない。「はっ……かっ……」と言葉にならない声で助けを求めたが、小林はひらひらと舞う蝶々を追いかけてやがる。「わーい」。


「たっ……たすっ……」


 みるみる呼吸が出来なくなってきている。苦しい。死ぬ。嘘だろ? こんな訳の分からない場所で、訳の分からない理由で、俺の人生が終わるなんて訳が分からない。同じ事を最近も思った気がする。額から溢れた汗が目に入って、俺は目を覚ました。


「だっ!」


 目を開けても暗い。いや、布越しだが確実に光がある。何者かが、俺の首を絞めている。変な実やら小林やら工場地帯やらは全部夢のようだが、最悪な事に手を後ろに縛られているのだけは現実のようだ。ついでに足も縛られている。


 俺は今、殺されかけている。


 その事実を認識した瞬間、頭の中に2つの意見が浮かび上がった。

 1つは、散々殺しておいて自分は死ぬのは嫌だなんてわがままだ。俺はそれだけの事をしてきた。

 1つは、どうやら俺はここで死ぬらしいな。まあ、どうでもいい事だ。


 諦観と無関心。どっちの意見を採用したとしても、俺が助かるなんて事はない。だが、肉体はもう1つの意見を持っていたようだ。


 腰の骨が折れる勢いで跳ね上がった。これがいわゆる火事場の馬鹿力という奴かと妙に納得する。頭だけは妙に冷静だったが、相手からしてみれば必死に抗っているように見えただろう。身体を伝わる反動から、事件はベッドの上で起きていた事に気づいた。で、急にバネのように起きた俺の身体に乗っていた犯人は、ベッドから落ちた。


 首を絞めていた布の拘束が僅かに緩んだ。喉の隙間から、酸素が流れ込んでくる。だがまだ手も足も拘束されっぱなしだ。身体を捻ってベッドから転げ落ちる。


 芋虫のように這いつくばった俺に、再度犯人が体重をかける。そして首に纏わりついた布を、きりきりと締めつける。どうやら俺を殺そうという意思は、ちょっとやそっとの抵抗では揺るがない程に固いらしい。


 縛られた手をベッドの下に滑り込ませて探し出す。結局どっちも使わなかったが、行為の前に用意はしておいた、なくてはならない2つのアイテム。その内の1つをこうして使う事になるとは全く予想していなかった。


 最初に掴んだのはコンドーム。つけようとしたら、「要らない」と言われたのでベッドの下に戻した。こっちじゃない。手探りでもう1つのアイテムを探す。

 そして本命のローション。挿れようとしたらもう十分に濡れていたので必要無かった。だからベッドの下に入ったままのはずだし、犯人である進藤紗里は存在を知らないはずだ。


 何とか首の角度を変えて、頚動脈を絞められての即落ちだけは避けた。しかし呼吸は出来ない。そうしている間に、ベッドの下で掴んだローションのフタをあけ、手にぶっかける。そしてぬるぬるになった手を激しく動かし、拘束からすっぽりと抜けた。


 あとはもう、自分でもどうしているか分からない程に暴れた。前が見えないから仕方ないと言い訳させてもらうが、生まれて初めて女を全力で殴った。予想していない抵抗だった事もあってか、上手い事進藤紗里の頭に拳が当たった。


 こうして、俺は何とか脱出に成功した。


「何故だ!」


 首の布を取り払いながら、俺は涙目で進藤紗里に訪ねた。口から血を流していたし、俺の手の甲も切れていたが、痛みを感じる程冷静じゃなかった。


「俺の事を、好きじゃなかったのか!?」


 怒鳴って責める俺と、何も答えない進藤紗里。


「どうして自殺までしてここに来た!? あのセックスは何だったんだ? お前の目的は一体何なんだ!?」


 進藤紗里は俺を真っ直ぐ睨んで言った。


「正義の味方になりたくて、あなた以外の、世界中が望んでいる事をしたかった」

「……俺以外?」

「あなただけが特別だから」

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