第20話 ディナーゲドン

 ゆっくりと話がしたかった。世界は終わりに近づきつつあるが、俺と進藤紗里にはまだ時間があった。


「どうして鞄にアルバムを?」


 グリーンボックスの事とか外の様子とか色々と聞きたい事はあったが、まずはこの質問を選んだ。単純に気になっていたからだ。


「そうね、どうしてだろう。でも……」

 逡巡の間。俺はアルバムの最初のページを開いて視線を落とす。

「知ってもらいたかった、のかな。私がどんな人間か。少しでもヒントになればと思って」


 アルバムの中の進藤紗里は、満開の笑顔だったり、ぐしゃぐしゃの泣き顔だったり、これでもかという程感情に溢れ、どれにも共通しているのは幸せそうだという事だけだ。


「お父さんの趣味がカメラで、データならこの何百倍も写真があるんだけど、よく撮れた写真を選んでこうしてアルバムにしてくれてる」


「愛されてるんだな」

「そうね。嫁入りの時に必ず持っていけって」

「ふーん」


 と納得してみたものの、内心俺は動揺していた。嫁入り?


 前菜を食べ終わると、ちょうど良く次のスープがテーブルに現れた。日付が変わって本日21個目の願いは、三つ星フレンチのコース料理。進藤紗里は特に食べたい物が無いと言うので、俺が食べてみたかった物を頼んだ。コース料理を願えば、出てくる順番も込みで1つのセットとカウントされるらしいというのは収穫だ。


「それにしても、映像で見るより凄く緑ね」

 確かに、この部屋は凄く緑だ。照明の加減もあってか、座っている椅子と料理の並んだテーブルだけが浮いているようにも見える。

「こんな所にずっといたら頭がおかしくなっても仕方ない」

「外でも同じかも」

 その言葉には自嘲のフレーバーがあった。


「様子はどう? しばらく外に出てないから。ネットは見てるんだけど」

 少し気まずくなって投げかけた質問に、進藤紗里は淡々と答えてくれた。


 テレビ、新聞、雑誌、どのメディアでも公然と俺の名前と顔写真が発表されている事。混乱を避ける為、警察の指導による情報統制は最早形骸化し、好き勝手に推測、非難、崇拝と反応が多様化している事。グリーンボックスに対する核攻撃が検討されている事。それに伴って、住民の自主避難、疎開が始まっている事。


「核で攻撃されたら流石にこの中にいても死ぬのかな?」

「いえ、意味はないわね。中から外に届くのはスマホの電波だけ。放射線は無理。あなたが願えば別だけど」


 進藤紗里はそう言い切った。死なない事に対する安心も、出られない事に対する落胆も俺には無かった。へぇそうなんだ、という感じだ。


 スープが終わって、次は魚料理だ。


「あ、そうだ。一応今日ボタンを押した国のメモを取ってあるけど、見る?」

「え?」

「いや、俺はもう大して気にしてないんだけど、進藤さんが気にするかなと思って一応書き残しておいた。まあ地図見れば分かるとは思うんだけど」


 テーブルやら照明やらトイレットペーパーやら、今日は一気に色々と出してしまった。全部合わせたら20億くらい死んでる事になる。どの国が滅んだのか気にする人は気にするだろうし、という俺なりの気遣いだ。


「日本は押してない?」

「押してないね」

「そう。じゃあ別に、他の国はどうでもいいかな」


 そういう答えだろうとは思っていた。


「もし日本を押してたら怒った?」興味本位で訊いてみる。

「んー、どうだろう。家族とか友達とか死んだら悲しいかもしれないけど、別に怒りはしなかったかな」


 それもそうか。原因の一端は進藤紗里自身が担っているんだし、怒られる筋合いもない。


「これも外と同じね」

「ん? 何が?」

「普段人が気にするのは、せいぜい自分に関わる人だけって事。遠い発展途上国で知らない外国人が何人餓死しようが、美味しい料理は美味しい。例えその裕福さが、彼らの犠牲の上に成り立っていてもね」


「おお」と、俺は感嘆のため息を漏らす。

「それっぽい事言ってみた」と、彼女が照れながら笑ったので、

「それっぽかった」と、同意してみた。


 メインの肉料理がテーブルに現れる。


 ここまでの雰囲気はおおむね良好と言えたし、おもてなしは成功だった。初めて飲むワインによる舌先の甘い痺れを楽しみながら、話題はいつまでも尽きなかった。


「解放は信じてる?」

 俺は地図の上にある文言を改めて読む。

『当たりなら解放』


「どうだろうな。というより、どっちだろう」

「どっちって?」

「当たって解放されるのが俺の方なのか、世界の方なのか」


 事実、俺はもう既にこのグリーンボックスの中で生活する事に対して不自由を感じていない。最初は早く外に出て、こんな馬鹿げた状況から解放されたいという思いが強かった。だけど今は違う。


 欲しい物は何でも手に入るし、外と違って何の前触れもなく死ぬ恐怖もない。わざわざ外に出てしたい事や行きたい場所も無い。育ててくれた両親はもう死んだから、恩を返す相手もいない。


「前者なら結局俺は外に出た瞬間殺されるだろうし、後者でもきっと俺は死ぬんじゃないかな」

「どうしてそう思うの?」

 ワインを一口含んで、泣きたくなる気持ちと一緒に飲み込んだ。

「だって俺は世界の敵だ」


 赤の増えた世界地図が、俺を睨んでいるように見えた。

「そうね」

 進藤紗里の肯定には、一切の同情が含まれておらず、俺にはそれがむしろ心地良かった。


 さあ、デザートを食べよう。

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