第17話 進藤紗里 その3

「どちらへ?」

「お風呂です。ついて来ますか?」

「あ、いえ。どうか気になさらず」


 保護するという名目ではあるが、実際は監視、軟禁されていると表現した方が正しいだろう。


 逮捕出来る法律が無く、任意同行も拒否した。弁護士も雇ったので、今の所自宅内であれば私は自由に動けるが、スマホは取り上げられているし、時間をかけて検事が落ちれば外患誘致罪で連行される可能性もある。


 しかし警察としては、私はまだ利用価値のある人物であり、上手くいっていれば今頃は瀬名君が警察の企みを看破している所だろう。


 となればますます私の機嫌を損なう訳にはいかないはずだ。自宅内で警官が5、6人もうろうろしていて、外でもマスコミとそれを抑える機動隊がいる状態はなかなか窮屈ではあるが、非日常ゆえの刺激もある。


 何より、どっちみち数時間後に私は自由だ。瀬名君が誘いに乗ってきても来なくても、私は私という狭い檻の中から飛び出して、ようやく次に進める。だからこの、いち女子高校生に対して厳重過ぎる警戒態勢も大して気にはならない。


「どこへ?」

「お風呂です。構いませんよね?」

「ええ、もちろんです」


 会えない時間が関係を強くするなんて言うと、まるで安っぽいJPOPの歌詞のようだが、事実私と瀬名君の関係は、クラスメイトとして毎日顔を見ていた時よりも遥かに発展している。トルコの滅亡に続いて、フランス、イギリスに対する滅亡宣告は、世界、特に欧州にとって大変な混乱をもたらした。


 ユーロは今や紙切れになったし、暴動も各地で起きている。中でも笑えたのは、同じ飛行機にハイジャック犯が3組乗り合わせたという物だ。いや、これを笑うのは不謹慎なのかもしれないが、でもその光景を想像すると自然と笑みが零れてしまう。


 それでもイギリスのブックメーカーでは、「どの国が次に滅ぶか」「どの国が最後まで残るか」での賭けが盛り上がっているし、鋼鉄製のシェルターに入っていれば助かるという何の根拠もないデマが非常に有力な説としてテレビやネットで流れ、今もシェルターメーカーの社長が人質に取られている。


 こんな状況だが、私は初めて世界が愛らしいと思っている。


「どちらへ行かれるつもりですか?」

「お風呂です。あなたの後ろにある扉から入ります」

「これは失礼しました」


 間抜けな人達。でも警官に限らず必死な人というのは少し間抜けに見える物だ。それは同時に格好良くもある。


 脱衣所で服を脱ぎ、結わいていた髪を解いて、ここに来るまで何度も答えた通りお風呂に入った。


 シャワーを頭から浴びながら、数時間後に瀬名君に渡す予定の身体を確かめるように洗う。もちろん、目的を果たす為だけならば約束通り私が彼とセックスする必要はない。転送が成功次第、彼をこの世から葬れば良い。だけどそれでは確実性に欠ける。


 グリーンボックスの中に武器は持ち込めない。腕力では多分勝てない。まずは私を心の底から信頼してもらい、油断させなくてはならない。ヒロイズムを満たす為に策略は必要だ。


 それと、童貞のまま死ぬのは瀬名君が少しかわいそうだ。いや、処女のまま世界を救った英雄になる方がかっこ悪いか。


 身体を洗っていると、お風呂の扉が勢い良く開いた。先程まで何度も私に行き先を尋ねてきた警官達が、機敏な身のこなしで入ってくる。その表情は真剣その物だ。目が血走り、息は荒く、1人は手が震えている。


「騒ぐな、殺すぞ」


 低く、威圧するような声で凄む。


 そういえば、グリーンボックスが現れてからというもの、どの国も犯罪発生件数は上がっているようだ。世界の終わりがもうすぐそこにやって来ていると思う人も少なくない。特にこういった強姦の件数は他の犯罪に比べても桁違いに多いらしいと聞いた。


 種を残す為の必死さもなかなか滑稽で良い。


「今からお前を犯す。何せこの人数だ。朝までかかるかもしれない。きっちり全員相手にしてもらうぞ。もちろん終わったら殺す」


 さっきまで警官だった強姦犯が早口でそう言った。私は全裸のまま風呂の床に押さえつけられ、人間を見ていた。


「俺達をこうさせたのはあの訳の分からないグリーンボックスのせいだ。あれさえなければ……」

「そうだ。瀬名のせいだ。そしてお前のせいだ」

「殺す。絶対に殺す。女に生まれた事をたっぷり後悔させた後でな」


 何せ相手は現役の警察官。体格でも、格闘技経験においても敵う訳が無く、為す術はない。


 今、なんとなく思い出した。世界が混乱に陥っているのはさっきも言った通りだが、グリーンボックスのある当の日本は中でも影響の少ない方らしい。


 とりあえず私の住んでいる街を脱出する人は多く、私の両親もその口だが、都心部の方では相変わらず満員電車が走っているし、休業している大企業なども特に無い。こんな時でも真面目に働いている皆さんは、海外でも嘲笑の種になっているが、まあ立派な事であるとも言える。


 バラエティー番組でグリーンボックスをネタにして笑いを取った芸人は謝罪に追い込まれ、瀬名君をよく知る友人という事で連日小林君が報道番組に出ている。私と瀬名君が狂ってるのは認めるが、日本も大概狂っている。心底そう思う。


 さて、私は今警察官達複数人によってレイプされかかっているが、彼らの方はどうだろうか。


「何か言いたい事はあるか?」

 1人がそう尋ねる。私はゆっくりと首を横に振る。


「叫ぶなよ」

 そう言って、私の口を塞いでいた手をどける。そして私の言葉を待つ。


「……何か言ったらどうなんだ。命乞いの1つでも」

 と、言われても。何も言いたい事などないので、私はちょっと困る。


「……もういい」

 警官達の中でも最年長と思わしき人物がそう呟くと、全員が諦めたような表情で私から離れた。

「どうして分かった?」


 そう尋ねられたので、「え? 何がですか?」と答えると、彼は明らかに苛立っているようだった。


「我々の演技をどうして見破れたのかと訊いている」

 なるほど。ようやくこの行動の意味を理解した。

「ああ、私を脅して情報を引き出すつもりだったんですか。気づきませんでした」


 何かを言いたいような、あるいは暴力に訴えたいような、そんな衝動を理性で抑えながら彼はお風呂から出て行った。別に私は、ここで犯されようが殺されようがどちらでも良かったが、その価値観が彼とは違ったようだ。


 こんな時でも職務に忠実に。あるいはバレれば懲戒免職される覚悟と正義感で私を脅迫しようとしたのだろう。その真面目さは狂気とも言い換えられる。


 その後、私は再度髪と身体を洗い、湯船にたっぷり20分は浸かった。風呂上がりに牛乳をコップ1杯飲み干し、歯磨きをした後、部屋に戻って化粧する。瀬名君に会いに行くのにすっぴんはまずい。


 そして押入れの中からロープを取り出すと、輪を作って天井からぶら下げた。


 部屋に仕掛けてあった隠しカメラが全て取り外されたのに気づいた警官が、ドアをノックしている。


 輪に首をかけ、時間を確認する。

 23時57分。徐々に体重をかける。


 私が意識を失うまで約10秒。

 脳の酸素が足りなくなるまで約2分。

 今日が終わるまで約3分。

 瀬名君の元へ辿り着くまで約45億4000万年。

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