第16話 救い

 一旦落ち着こう。


 怒涛の如く淡々と書き連ねられた言葉に、飲み込まれそうになっている俺がいる。


 まず、進藤紗里が俺を選んだ? 誰でも良かった? 色々考えた?


 謎のアルバム同様さっぱり意味が分からないが、嘘にしろ真実にしろわざわざ謝る意図も分からない。あえて下手に出る事によって信頼されようとしているのか。あるいは俺を怒らせる事で何かを得られるのか。


 いや、そんな事に思慮を巡らせても無意味だ。先日の通話で分かったのは、進藤紗里はイカれているという事。そして今の俺はどちらかというとそちら側にいるらしいという事。それならこの謝罪に意味は無いし、俺が実は何とも思ってない事も自然だ。


 警察の裏切り。考えないようにしていたが、頭の隅にはちょっとあった。というより、俺の動画やSNSに書き込まれるコメントで、警察は早くこいつを殺せという意見は多かったし、ワイドショーのコメンテーターもとにかく警察は仕事をするようにと無責任にのたまっていた。国家権力が堂々と暗殺を企むというのは意外だが、それだけ末期的な状況なのだろう。


 だがさっきも言った通り、自殺するよりは殺される方が楽だ。心配なのは一瞬で死ねるかどうかだが、中途半端に俺を苦しめて殺しても死ぬまでに全部ボタンを押されるリスクがあるからそんな事はしないだろう。爆弾だろうが毒ガスだろうが、それは一瞬で俺の命を奪う物のはずだ。


 ただ、確認してみる必要はある。


「もしもし。瀬名です」

「もしもし」


 初めてビデオ通話をかけたにも関わらず、警察の担当である山田さんはすぐに出てくれた。

 初めて顔を見たが、クールな声の印象とは違ってラーメンで言うととんこつ系だった。


「超小型衛星を転送する前に、1つ確認したい事があるんですが」

「何でしょう。質問なら何でも答えます」


 質問、と選択肢を限る事によって余計な事をさせない戦術。か? 俺の深読みか。

「X線検査機を使って、超小型衛星の中身を映してもらえませんか? この電話は切らずに」


 山田さんは半笑いなのに、少し困ったような表情になった。


「実はですね、衛星自体は情報漏洩と妨害対策の為に秘密機関に預けてあるんですよ。なので手元にはありません。設計図ならお渡し出来ますよ。容量重いですが」


「いや、現状の中身を見せて欲しいんです。1時間以内に」


「瀬名さん。我々日本警察は出来る限りの事をして瀬名さんを救出しようとしているんです。そう言ったわがままを仰られると……」


 主語を日本警察とする事によってこちらを威圧しつつ、わがままという言葉で事の陳腐化を図っている。とも読める。


「とにかく、その秘密機関とやらに山田さんが今すぐ向かって、衛星の中身を映して下さい」

「うーん……」


 額をぽりぽりと掻いている。俺が頓珍漢な事を言っているように錯覚させる狙いか、あるいは単純に言い訳を考えているのか。


「信じてもらえないかもしれませんが、僕自身も衛星がどこにあるかは知らないんですよ。グリーンボックスの解析情報はトップシークレットですから。中身の情報だって瀬名さんと同じくらい僕も知りたい訳で」


 今度は逆に主語を小さくした。そして俺に近い立場を強調して共感を得ようという訳だ。見え透いている。

 ここまで来て、まだ立場を分かっていないようだ。


「これ以上ぐだぐだ言うなら日本を押す」


 困ったような表情のまま固まった。ようやく素の反応が引き出せた。


「山田さんにも家族とかいるでしょ?」

 そう追い討ちをかけてやると、絞り出すような声で「上司に相談をさせて下さい」と山田が言った。ははは。


「人1人殺す気なら、もっと本気でやらなくちゃ」


 俺は電話を切る。

 薄々分かっていた事ではあるが、これで外部の協力による脱出で、人類と俺の合同勝利というシナリオにはどうも行きそうにない。


 多分ここまではずっと俺も警察も日本も世界も、グリーンボックスを作った奴の手の平の上だ。


 まあいい。恨みはない。後悔もない。惜しいとも思わないし、ましてや怒りなんか。


 とにかくこれで、願う物は1つキャンセルになった。あと2つ、北朝鮮とイギリスを押す理由が必要になった訳だがその前に、手紙の続きを読むとしよう。

 たった今俺の命の恩人になった進藤紗里の手紙の続きを。


「瀬名君がこの2枚目の手紙を読んでくれている事を、私は嬉しく思います。


 卑怯だと思ったので1枚目では明かしませんでしたが、私は今拘束されているか、あるいは死んでいます。こんな事をいきなり言われても瀬名君も困ると思うので、順を追って説明します。


 そもそも現在、瀬名君のスマホによる通信は全て警察に盗聴されています。アズラ編集者の遠山さんの所に来た警察が、この電話でしか話していない事を知っていたので間違いありません。


 この手紙の入った鞄は、瀬名君に電話をかける前に準備して、あらかじめ地中に埋めておいた物です。なので、電話では警察の裏切りについて話せませんでした。瀬名君の気づいていないいくつかの内1つがこれでした。


 そして瀬名君と私との通話を盗聴した警察が次に取る行動は、私の拘束です。もちろん、平時においてはいくら国家権力と言えど許される行為ではありませんが、1枚目の手紙でも書いた通り今の世界には余裕がありません。


 瀬名君に入れ知恵し、グリーンボックスの中に入る方法を知っていると発言する私は、拘束しなければならない対象な訳です。


 さて、ここまでで状況の説明は終わりです。


 電話は盗聴されていて、私は警察に拘束されるか殺されるかしていて、手紙はこの状況をあらかじめ予測して書かれていた。それを理解した上で、もし瀬名君がまだ私に会いたいと思ってくれているのなら、以下の手順で作戦を実行して下さい」

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