第15話 鞄と手紙とアルバム

 ぼろぼろと涙を零しながら、止まらない嗚咽に俺はむせていた。


 こんなに悲しい事があるだろうか。スマホの画面の前で顔をくしゃくしゃにしながら鼻水をすする。

 1年くらい前に話題になった邦画で、夫を病気で亡くした女の所に、夫の隠し子である娘が突然現れ、最初はぎくしゃくとしていた2人の関係が徐々に良くなっていくというヒューマンドラマ。それのネット配信が始まり、暇なのでスマホで観ていた訳だ。やがてその隠し子も夫と同じ病気である事が発覚して……というあらすじなんだが、ネタバレになるので最後のシーンは胸の内に仕舞っておこう。とにかく泣ける話だった。


 それにしても、古今東西、人が死ぬ話は泣けるもんだ。命の儚さというか、人間の尊さというか、とても大切な事を教えてもらえたような気がする。


 さて、いよいよ3つの国を滅ぼす日がやってきた。ちょっとメランコリックな気分ではあるが、約束は約束だし、進藤紗里の言っていた事も気になる。それでも一応期日を待った訳だし、さっさとボタンを押すとしよう。


 今回は動画はやめておこう。泣いたばかりで目が腫れてるし、何より面倒だ。もう俺がこの凶行を行なっている事は衆知の事実だし、これからは滅ぼす国の宣言もSNSに書き込めば事足りる。


 3つの国を滅ぼす時に願う物を確認しておこう。

 まずは進藤紗里からのリクエストである鞄。「進藤紗里の鞄」と願えばそれが届くという事だが、中身に何が入っているかは教えてもらっていない。


 次に警察から頼まれている超小型衛星。トイレに流せば、中から電波によって情報を送信し、このグリーンボックスの構造を解析するという狙いで、俺も了承した。


 まあ仮に解析が上手くいって、俺が外に出たら殺されるんじゃないかという心配もあるにはあるが、そうなったらその時だ。散々人を殺してきた。殺されても文句は言わない。何より自殺するよりは殺される方が気は楽だ。


 3つ目はどうしようか。一応、警察からの要請としては解析の結果が出るまではボタンを押すのは控えてくれと言われているが、それだと俺は嘘をついた事になるので、周りが何と言おうと押そうと思っている。こんな状況だからこそ自分の言葉には責任を持ちたい。


 何か美味い物でも食べようか。タオルとかも地味に欲しいけど、食べ物の誘惑は実に強烈だ。


 とりあえず1つ目。進藤紗里の鞄。ポチッ。

 これでフランスは滅んだ。一生に1度くらいエッフェル塔やら凱旋門やらをこの目で見てみたかった気もするが、歴史なんてスイッチ1つで無に帰するもんだと思うと大した価値もないか。


 振り返ると、鞄が置いてあった。見覚えのあるキーホルダー。中に物が詰まっているらしく、パンパンに張っている。やはり進藤紗里の言っていた通り、個人の所有物でも頭の中に描ければ願う事が出来るらしい。というより、今までの照明やらトイレやら非常食やらも、俺が過去に見た事のある物を外から持ってきてると解釈した方が正しいのかもしれない。つまりどこかで、同じ物が消えている訳だ。


 まあ、そんな事今はどうでもいいか。進藤紗里の鞄を開く。本人がいないのに開けるのはちょっとした罪悪感というか背徳感がある。妙なもんだ。つい数秒前に国を1つ滅ぼした時は何も感じなかったんだが。


 意味はないがちょっと周りを見回して、チャックをゆっくり開けていく。中身が詰まっているせいか引っかかって開け辛い。

 中から出てきたのは、まず食料。保存のきくブロック型の栄養食とか、チョコレート菓子、水でいけるカップ麺、それらを食べる為の割り箸とお手拭き。正直言ってめちゃくちゃありがたいと思ってしまった。


 それと食料の下からは、進藤紗里のアルバムが出てきた。子供の頃から、高校生になった現在までの写真が入っている。何だこれ、と思いながらページを捲る。庭のゴムプールで遊んでいる進藤紗里。髪を頭の天辺で結わいて両手を広げてる進藤紗里。堤防で釣りしてるお父さんらしき人の横でうつぶせに寝てる進藤紗里。微笑ましいけど、何なんだ。これを見て俺はどんな感情を持てばいいのか。狙いが分からない。意味不明だ。


 そしてアルバムの下から1枚の手紙が出てきた。わざわざ封がしてあって、宛先も俺になっている。開封して読む。


「瀬名君へ。

 まず最初に、謝らなければならない事が1つあります。それは、瀬名君がグリーンボックスに入る理由を作ったのは他でもない私であるという事。元々は誰でも良かったのですが、色々と考えた結果瀬名君になりました。ごめんなさい。


 その礼という訳ではないですが、1つ情報を提供します。警察から依頼されている超小型衛星は罠です。中身は爆弾か毒ガスのいずれかで、グリーンボックスの中に転送された瞬間に瀬名君を殺す計画のようです。根拠はあります。


 警察の方が先日私を尋ねてきて、グリーンボックスの設計について質問してきました。私は自分が分かる事については正直に答えましたが、いくら解析しても現在の人類では脱出方法は見つかりません。またその時、転送する物体の中身を瀬名君自身が知っている必要はないという事も確認を取られました。


 この鞄の中に食べ物とアルバムが入っているのを知らなくても、今瀬名君の元にきちんと届いているのがその証左です。

 超小型衛星と偽り、爆弾か毒ガスかより確実な方で瀬名君を暗殺しようとしている。

 この事を少しでも信じてもらえたなら、確認する方法は簡単です。転送の直前にスマホのビデオ通話で超小型衛星の中身を映すように警察へ指示して下さい。X線検査機程度、警察ならすぐに用意出来ます。何か理由をつけて断ってくれば確定です。


 それに、こう書くのは躊躇われますが、これだけ多くの人を公然と殺した人間の、望みのない救出作戦を立てる程、警察にも世間にも余裕がありません。一部では瀬名君を神のように崇める集団もありますが、その他多くの人はこの騒動が早く収まる事を願っています。私はそのどちらでもありませんが。


 私が提供出来る情報は以上です。信じるも信じないも瀬名君の自由ですが、信じて頂けたら嬉しいです。


 さて、先日電話で言ったセックスの件ですが、もし瀬名君にその気があるのなら、次の手紙を読んでください。無ければ読まずにトイレへ流してください」


 ……よし、一旦、落ち着こう。

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