第14話 変容

「別に深い意味はないわ。ただ、死ぬ前に1度してみたいだけよ」

 進藤紗里のあっさりと放った言葉は、おそらく電話越しでも伝わってしまう程に俺を狼狽させた。

「それは……誰でも良いって事か?」

「そうかもね。でも多分、今地球上で1番触れるのが難しいのは瀬名君。あなたでしょう?」


 確かにグリーンボックスに入ってからは誰とも接触していないが、それがその行為をしたい理由になるのは非常に不可解だ。

「一目惚れと思ってくれて構わない。それよりも瀬名君は、私とじゃ嫌?」

「そ、そんな事ないけど、そもそも、どうやって?」

「瀬名君のまだ気づいてない事がいくつかあるのよ」


 唐突過ぎる性的な発言で忘れかけていたが、進藤紗里はこのグリーンボックスを世界中の誰より先に知っていた人物だ。脱出方法は知らなくても、入る方法は知っているのかもしれない。


「私の鞄、教室で見た事あるでしょう?」

 またもや何の脈略もない発言だが、俺は真面目に思い出す。

「学校指定のスクールバッグだろ? もちろん見た事はある」

「それなら十分。次にボタンを押す時に、それを願って。『進藤紗里の鞄』」


 国1つとスクールバッグ1つ。もちろん等価では全然無いが、今俺の中では他人の命の価値は限りなく下落しているので、さして不自然にも感じない。

「とりあえず、私からのお願いはそれだけ。他に欲しい物があるのなら今の話は忘れてくれて構わない」

 欲しい物、なくは無いが、今はこの部屋で手に入らない物の方が欲しくなっている。


「信じて良いのか?」


 俺の口から不意を突いて出た意味のない言葉に、進藤紗里は何も答えず、電話は切れた。


 グリーンボックスの出現以降、世界は形を変えている。

 大抵の場合において、国同士の関係という物は距離が近ければ近い程仲が悪く、お互いに仮想敵として認識していたり、宗教上の対立で血が流れていたりするものだが、共通の敵が現れた場合の反応は、どの国も近隣諸国との連携を第一に考えるようだ。


 それは日本とて例外ではなく、韓国との慰安婦問題や、ロシアとの北方領土問題はまるで最初からなかったかのように今となっては語られていない。俺が日本人であり、グリーンボックスが日本に存在する事で、対応への非難のような物こそあるが、基本的には協力して解決を目指していく立場であると明言しており、日本その物に対しての攻撃的な意思はないようだ。


 年中いざこざの絶えないイメージの中東や、今尚戦争状態にある国のいくつかも停戦協定を結び、いざ国が滅ぼされるとなった時の対応で会談が行われているらしい。つまり世界は、俺という共通の敵を持った事によって一致団結し始めた訳だ。


 そういえば昨日、俺のSNSや動画投稿サイトのアカウントが全て凍結された。これ以上世界に混乱を与えない為という理由だったようだが、「滅ぼす国の宣言が無くては対応が出来ない」「腹いせにボタンを押し始めたらどうする」と言った指摘の声が多くあがり、俺がわざわざリアクションをしなくても勝手に凍結は解除された。噂によれば、携帯会社でも俺の契約を解除しようとする動きがあったようだが、同様の理由で思いとどまったようだ。スマホが通じなくなったという理由で日本丸ごと滅ぼしかねないやばい奴だと俺が思われているのは非常に心外だが、まあその通りだ。これからの方針は、舐めた真似をするようなら殺す、だ。


 それと、この地図のボタンには当たりが1つあって、それを押せば解放されるというのは周知されている。そして動画によってグリーンボックスの信用性が徐々に上がって来てからという物、俺宛への「当たり予想」のメッセージは加速度的に量を増やしている。


 個人的に面白いと思った意見はいくつかある。

 グリーンボックスは明らかに人類よりも高度な知性を持った地球外生命体による創造物であり、その目的は復讐。一体誰への復讐かというと、ロズウェル事件で宇宙人を殺した事を隠すアメリカであり、当たりはアメリカである。とか。

 世界中で最も人を殺している宗教は間違いなくキリスト教であり、その教皇庁があるバチカンに違いない。で、この理屈はイスラム、仏教、ヒンドゥー、何にでも当てはまり、それらをよく思っていない人間からのメッセージは実に狂信的だ。

 自分の国の歴史を長々と語り、敵国がどれだけ悪辣な事をしてきたか、そしてその国がいかに存在価値が無いかと説得してくる奴もいる。そういうコメントには必ず反論がつき、やがて勝者のいない論争と化す。

 中国人やインド人が人口の多さを理由に免罪を申し出れば、イギリス人やエジプト人が歴史の長さを誇る。もちろんそれらにも反論がつく。


 結局、そういう流れを見ていて分かったのは、滅ぼされる理由が無い国なんて最初から1つも無いという事だ。どの国も成り立ちや歴史に後ろめたい物がある。自国民を戦車で轢き殺した国、未開の部族に病原菌のついた毛布を贈った国、先進国から見れば野蛮で奇妙な風習を持った国、過労や鬱による自殺者を見て見ぬフリする国。


 まあ、そんな事はどうでもいい。いや、どうでもよくなった。俺が頭を捻って気にした所でどうにかなる問題じゃない。ただ俺は、俺の個人的な偏見と気分でボタンを押すだけの事だ。欲しい物の為に。


「最初の動画に比べて人相変わったな、こいつ」

 そんなコメントを見て、俺は1人部屋の中で爆笑してしまった。緑だ。

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