第13話 お似合い

 交渉の結果、3日後に押すと言ったフランス、北朝鮮、イギリスのボタンは1週間後に変更となった。


 最初、山田さんからは1ヶ月後待ってくれという提案がされたが、当然俺はこれを却下。説明を聞く限り、1週間もあれば十分だと思ったので期限に設定した。なので1週間という数字に根拠などないし、山田さんの言うように本当に間に合わないのかもしれないが、そんな事俺には関係ない。俺が1週間と決めたのなら1週間しかない。


 山田さんは最初「小型衛星」と言ったが、正確には小型衛星の技術を応用した発信機のような物らしい。学が無いので、説明してくれた事の半分も理解していないのが悔しい所だが、ようは現在宇宙に打ち上げられているような小型衛星と同じく、指向性のある電波を発する事で、遠距離からの情報の送受信を可能にする装置らしい。


 グリーンボックスが3層構造になっている事が事実だとするならば、中の壁と外の壁には1つの惑星が圧縮されている。圧縮とは大きさや重さを減らす事で、そしてこれを作った者の技術力は、星1つを限りなく薄い膜のようにするまでに達しているらしい。


 トイレの水や照明を光らせる電気は、この部屋の外部からやって来ているが、それは俺が1ヶ月前まで暮らしていた地球からではなく、その第2層に圧縮された惑星から来ていると解釈出来る。しかしここに例外が1つある。それは、俺が使っているスマホの電波だ。


 充電さえ欠かさなければ、俺のスマホの電波状況は常に良い。それに、警察は俺のスマホの電波が外のアンテナで感知出来る事を知っている。つまりこれが示している事実は、中から外に物体を送り出したりする事は出来ないが、電波だけは今の所例外であるという事であり、そしてトイレを使えばこの中から圧縮された空間へ物体も流せるという事だ。


「トイレに流せるサイズで、耐水かつ耐衝撃の小型衛星を作るには時間がかかります。しかしこれによって内部の構造が分かれば対策が打てます。瀬名さんを助ける事も出来るはずです。どうかもう少し時間をください」


 だが1週間という期限を俺は変えなかった。それでもうだうだと言っていたので、どこかも知らないアフリカあたりの国を1つ押したらようやく黙ってくれた。1週間後に、その小型衛星を完成させて、その詳細を俺のスマホに画像で送る。俺はそれを願ってボタンを押し、手に入れた小型衛星をトイレに流す。こんな事で俺が助かるとも思えないが、まあやってあげてもいい。


 3日後に押す予定を1週間に変更した事をネットで発表し、俺は寝転がった。


 元々、将来の夢も、夢中になれる物も無かった人生だった。適当にゲームとかテレビで時間を潰して、人間関係でそんなに熱くなる事もない。何か使命がある訳でもなければ、悩みや葛藤も無い。ただ漠然と、将来は人に馬鹿にされない程度の地位について、食べたい物が食べたい時に食べられる程度の生活を維持しながら、その内何と無く結婚したり、自殺する程でもないが多少きついトラブルに遭ったりしながら一生を終えると思っていた。この部屋に入るまでは。


 今となっては、世界を人質に取って警察を脅迫し、腹いせに何万人も殺すイカれた殺人鬼になってしまった。全くもって人生分からない物だ。


 電話だ。番号はオカルト雑誌の編集者遠山。俺といち早くコンタクトを取った事で一気に日本中で有名になって、テレビなんかにも出ているらしい。


「こんにちは、瀬名さん。動画見ましたよ」

「どうも」

 職業柄、恐怖より好奇心が勝るのか、俺にへり下る様子も俺を威圧する様子もない。気が楽だ。


「準備が出来たそうなので、例のグリーンボックスの設計図を投稿した方と電話を代わりたいんですが、今大丈夫ですか?」


 俺は思わず布団から起き上がった。ここ数日は警察とのやりとりや両親の件を考えてばかりいたが、気になってはいた。


「ええ、代わってください」

「分かりました」


 少し間があいて、電話に出たのは女の声だった。


「もしもし」

「も、もしもし」

「聞こえる?」

「聞こえる」


 聞き覚えがあるような無いような、特に特徴のある声ではない。


「先に言っておくけれど、瀬名君をそこから脱出させる方法は知らない」


 誰かも分からない内からそう言われ、失望したかと言うと別にそうでもない。既に出られっこないと諦めていたからだ。


「名前を教えてくれないか」

「あれ? 声じゃ分からないか。ちょっと残念」

 反射的に、まずい、と思ってしまった。

「いや、そのなんとなく分かるんだけど、間違ってたら失礼だし、それに声だけだと印象変わったりもするから……」

 自分でも言い訳じみている事は分かっている。


「進藤紗里。同じクラスよ」

 名前を聞いた瞬間、パッと頭に顔が浮かんだ。黒髪ストレートの、すらっとした子だった気がする。

「ああ、あの、確か吹奏楽部の」

「ええ、そう。まあ今はそれどころじゃないって事で部活自体が休みだけどね」

「それどころじゃないって、どうして?」

「世界が滅亡しかかっているから」


 そう言う進藤の声には、だけど批判的な色は含まれいなかった。なのに俺はまた、反射的というか自動的に謝ってしまった。

「ごめん。色々迷惑かけてるとは思うんだけど」

「別にいいよ」


 俺が1番知りたい事を訊けるだけの間があいた。

「あのさ、グリーンボックスの設計図って、あれどうやって書いたの?」

「よく分からない。数年前から、誰かが勝手に私の頭を使っている感じがしてる」


 何を言っているんだこの子は。と、思ったのがバレたのか、進藤は続ける。

「別に信じなくてもいいよ。私も半分以上何書いてあるか分からないし」

「信じるよ」

 気づくとそう言っていた。本当の言葉かは俺も分からない。

「そう……ありがとう」

 あれ?

 ふと、俺の中に芽生えつつある変な感情に気がつく。

「ところで、瀬名君に1つ頼みがあるんだけど」

「何?」

「私とセックスしてみない?」


 2つの感情があった。

 1つは、こいつは確実に頭がおかしいという事。

 もう1つは、俺はこの子が好きなのかもしれないという事。

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