第12話 1人乗り宇宙船地球号

 カメラに向かって言いたい事を言い終え、俺は1人泣いた。動画を確認すると、そこには別人が映っている。怒りに任せて世界を滅ぼそうとする異常な人殺しの姿だ。


「でも、秀逸だったな」


 独り言をぽつり。最後に言った、「閉じ込められてるのはお前らだ」という言葉は、まさにこの状況を表すのに相応しい。台本があった訳でも無く、自然と出た表現に妙に納得してしまう。


 両親の死は、もちろん悲しい。力になろうとしてくれた沼田さんの自殺もだ。3人とも俺のせいで死んだとも言えるし、これからも俺の周りの人は死んでいく可能性が高い。母方の祖父母と、父方の祖母。従兄弟やら友人やら、あるいら次に選ばれた俺の説得要員。まあ何人死のうが俺に関係はない。それに俺の方が沢山人を殺している。


 むしろ3つ欲しい物を考える方が難しい課題だ。ここでは何でも手に入る。また何か美味いものでも良いが、暇潰しにプラモでも組むか。あるいはここで長い事暮らしていくのを見越して、この中で農業を始められるようなセットでもいいかもしれない。じゃがいもは相当育ちやすいらしい。まあネットで聞きかじった知識だが。それにこの中で長生きする事を考えてどうするのかはよく分からない。


 欲しい物、という観点で考え始めるとキリが無い。飯、ゲーム、あと今は身体を水とシャツで拭いているので、着替えとタオル。というか風呂が欲しい。1つ1つの欲と、死ぬ人の数を秤にかけて今までは我慢してきたが、両親の死はその片方にあった重りを完全に取っ払ってくれた。しかし何よりありがたいのは、こんな状態になった俺を両親が知らずに済んだ事だ。


 アップロード完了。

 そしてすぐに電話だ。

「もしもし?」

「もしもし、警視庁の山田です」

「新しいネゴシエーター?」

「ええ、そうです」

 前任の沼田さんに比べて、若干冷ややかな声の印象を受けた。敬語を使ってはいるが、俺を威圧する雰囲気が若干ある。


「家族を亡くされた事は残念な事です。しかしあなたは今錯乱状態にあります」

 と、こう来たので俺は答えた。

「そうかもしれない。今すぐに日本のボタンを押してやりたいな」

「……はやまらないで下さい」

「それならさ、山田さん。俺の家に連日取材に来て、個人情報を公開しまくったマスコミ連中を全員今すぐ死刑にしてくれ。そしたら俺も冷静になれる」


 重い沈黙に俺は頭を掻き毟る。


「瀬名さん。よくよく考えて下さい。世界地図には、解放されるボタンが1つあると書かれているじゃないですか。事実なら、それを押せば外に出られる。そういう事でしょう?」

 俺に残された唯一の希望だが、当たりを引ける確率は200分の1。俺は運が良い方では無い。何故なら運が良い奴はそもそもこんな所には入らない。

「それが?」

「あんな動画を公開してしまったら、外に出た時にあなた殺されますよ」

「俺を脅迫するのか?」

 山田は答えない。

「おい、俺を脅迫するのかって聞いてんだ。世界中の人間を人質に取っている俺を脅迫するのか?」

「冷静になって下さい」

「好きな国を1つ言えよ。今すぐ滅ぼしてやる」


 自分で言いながら、何を言っているのかよく分かっていない。そんな状態を俯瞰で眺めるもう1人の俺もいる。

「提案があります」

 しかしこの山田という男の声には怯えている様子もたじろいでいる様子も無かった。表面に出さない訓練を受けているだけかもしれないが、にしても優秀な人間だ。


「何だ?」

「ボタンを押す時、こちらが指示するある物を願って頂きたいのです」

「ある物?」

 それも気になったが、ボタンを押す事自体を肯定する発言を俺は警察から初めて聞いた。


「ここ数日で、エックス線やエコー装置を使っての分析で、このグリーンボックスの構造が多少明らかになってきました」

 世界各国から科学者やら警察機関やらお偉いさん方が日本入りして、寄ってたかってグリーンボックスを研究しているというのはニュースを通じて知っていた。それでも成果は上がらず、傷1つつけられていないという事も。


「何か分かったか?」

「あくまでも仮定の域を出ませんが、このグリーンボックスは3層構造になっています。第1層は、ただの緑の箱に見える外見、こちらの世界との境界に当たる部分で、あらゆる物理的な接触を無効化するので、おそらく核爆発でも傷1つつかないでしょう」

 人間の科学レベルを遥かに超えた技術だというのは素人の俺でも分かるが、世界中の誰に聞いても同じだったって訳だ。


「そして瀬名さんが現在生活しておられる層。十分な空気の循環と、人間が生存するのに適した一定の温度が保たれ、電気や水道が通っている。そこが第3層です。そしてここで問題になるのは、一体どこからその電気と水道が供給されているのかについてです」

 俺も不思議に思った点だ。最初に俺が願った照明が消えた事は1回もないし、トイレのタンクに注がれる水も綺麗で、これが無いと俺は脱水症状で死ぬ。


「その答えがもう1つの層にあります。外見の層と、内面の層。その間にもう1つ、何らかの空間を圧縮した層が存在していると推測されています。誰の目にも見えない第2層」

 実の所、山田が3層構造と言い出した時点で俺にはその答えが分かっていた。

「日本の国家権力がオカルト雑誌の記事を鵜呑みにするんですか?」


 つい3日前に発売された月刊アズラ。全ページに渡って、グリーンボックスの特集が組まれ、その中で匿名読者からの投稿による「設計図」なる物が全文掲載されていた。内容はほとんどが科学を超越した記述であり、現在の常識とはかけ離れ過ぎて最早意味不明な文字の羅列と、線がガタガタの下手な図解だったが、所々注釈的に「3層構造」「精神の観察機構?」「外部層からの破壊は不可能」という言葉も並んでいる。特集のおかげなのか部数は普段の3倍売れたそうで、増刷も決定しているらしい。


「もちろんアズラの記事は見ましたが、それだけではありません。高名な物理学者の方が立てた仮説です。なので、雑誌に書いてあったように、圧縮された空間がもう1つの地球であるとは断定出来ていません」

 まあ、世の中には色んな奴がいる。飛び抜けて頭の良い奴、俺みたいに平凡な奴、国ごと殺すと言ったのにまだ俺の悪口を書き続けるフランスの記者。これぞ多様性だ。

「それで、俺に願って欲しい物とは?」

「小型衛星です」

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