第10話 誰にも止められない

 約束は破る事になってしまったが、結局、俺はまた動画をアップロードする事にした。しかし今度の目的は、協力者を募る事じゃない。


「えっと、こんにちは」


 以前の動画はどれくらいの人数に見られるか分からなかったので実感はなかったが、今回は何千万という人がカメラの向こうにいる前提なので妙に緊張した。


「瀬名です。まだグリーンボックスからは出られていません。この外で日本の警察の方も協力して箱を壊そうとくれているんですが、恐らく物理的に開ける事は不可能だと思います。なので、今回は予告したいと思います」

 世界地図を映しながら、俺は続ける。

「今日から3日後、トルコのボタンを押します。今までの動画を見てくれた人には分かると思いますが、僕がボタンを押した時点で、トルコ国内にいる人は間違いなく全員死にます。なので、これから3日間で避難して下さい」


 とんでもない事を言っているな、と我ながら思う。


「えーと、トルコにした理由は、難民を1番多く受け入れている国だからです。今までの国に比べて人口はちょっと多いんですが、難民を受け入れてきた国の人達だから、難民になっても上手く行くんじゃないかなと思いました。周りの国の人達も、トルコの人達を助けてあげて下さい」

 なんだか喋っている内に小学生が書いた作文を読み上げているような感覚になってきた。今更だが俺は頭の良い方じゃない。


「トルコの人達ごめんなさい。とにかくこの動画を見たらすぐに逃げて下さい。お願いします」


 そして撮影を終え、アップロード。沼田さんにはあらかじめトルコにする事は伝えておいたが、「国を1つ避難させるにしてもその国を決める会議を行わせてくれ」とモロに時間稼ぎのような事を言ったので、これ以上の対話は無意味だと悟った。


 きっと腕利きのネゴシエーターなんだろうが、1人の背中に世界は重すぎる。


 アップロード直後から、その動画に対するコメントが溢れた。読んでる間に更に増えて行くので普通に読んでたら読み終わる事はない。飛ばし飛ばしに斜め読みする。


 俺が過去に押した国は、今なお1歩でも国境を越えて入れば即死する死の国と化しているらしく、そして警察とやり取りしていた数日間で、新たに滅びた国も無い事から逆に俺の動画の信憑性は高まっていた。当たり前だが俺がボタンを押しさえしなければ世界は平和だ。


 数時間が経つと、トルコでの反応がネットのニュースに上がってきた。トルコの政府関係者は、アップロードされた動画に対してのコメントを求められて、「何の根拠もない空想だ」とした上で「悪戯に混乱を招くような行為は看過できない」と続けたらしい。信じてるのか信じてないのかよく分からない。

 しかし国民の中には避難を始める者が出始め、道路は渋滞。国外便は3日後まであっという間に予約が埋まったらしい。まあ、半信半疑なのだろうが、3日と宣言した事で、それまで一時的に国外に行こうと考える人も多いのだろう。


 駐日トルコ大使は、警視庁に対して一刻も早い俺の身柄確保をお願い申し上げていた。国際問題になるかもと思っていたが、あくまで俺が個人でやっている事として扱う対応だ。


 しかし今なお、でっち上げ、でまかせ、デタラメ、嘘つき、ただの目立ちたがりといった俺を避難する声も多い。東大の教授が俺の事を名指しして、悪質な嘘を決して信じるなと呼びかけている。


 現実として国が1つずつ滅んでいて、しかもやったのが俺だとわざわざ名乗り出ていて、その方法まで丁寧に動画で晒しているというのに、何故ここまで信用されないのだろうか。不思議に思う。


 いや、ひょっとしたらもう、ほとんどの人は俺がやっている事が事実だと頭で分かっているのかもしれない。分かった上で、それを信じない事で日常を守ろうとしている。そう考えた方が納得がいく。


 それと今回撮影した動画では、俺がトルコの代わりに何を頼むかはあえて言わなかった。何故なら、言えば俺への風当たりは確実に強くなるからだ。俺だって人の子だから、貶されれば傷つく。特に顔とか喋り方に対する批判はイラっとして、衝動的に日本のボタンを押したくなる。


 3日間、グリーンボックスの外では沼田さん達が頑張っている。ボーリングマシンを用意して上から掘削しようとしてみたが、1mmも削れない。とにかく移動させようとクレーンを4台用意して運び出そうとしたが、重すぎるようで断念。


 そんな事をしている間にマスコミにも場所がバレたらしい。すぐに立ち入りを禁止したが、過激な取材が売りの報道陣はヘリを飛ばして上空から実況中継している。その映像のおかげで俺もグリーンボックスを外から見る事が出来たが、本当にただの緑の箱だった。これが世界を滅亡させかかっていると思いながら見ると、シュールな笑いが込み上げてきた。


 連絡はひっきりなしだ。スマホの連絡帳に登録された友人からの電話は大抵が取材の依頼か俺を説得しようとする肩書きのある偉い大人で、特に小林は金を取って片っ端から俺を売っている。しかし「外に出られたら稼いだ金で豪遊しようぜ」と何の悪気もなく言う奴の呑気さには救われた。


 そして約束の日が来た。


 結局、トルコから国外に退避したのは、人口7000万人の内のせいぜい500万人で、俺はこれから約6500万人を殺す事になる。でも今回は、事前に逃げ道を用意したという事もあって、犠牲になる人数の割に気は楽だった。というよりもう、人数の問題では無くなっている気がする。俺さえ死ななきゃ誰が何人死のうが関係ない。


 さて、そろそろ我慢の限界だ。乾パンによる味気ない生活ともこれでおさらばだ。


 その時、小林からの着信があった。


「もしもし、瀬名君?」

 妙に緊張している小林の声。俺を君付けで呼ぶのなんてこれが初めてなんじゃないだろうか。

「何だよ。また取材?」

「違う違う。今回はすげえ人が来ちゃってるんだって。今代わるけど、本物だぞ。今目の前にいるからマジで」

 興奮してるのか緊張してるのかよく分からない口調の小林に代わって、出たのは何となく聞き覚えのある声だった。


「内閣総理大臣の安元です」

 俺がトルコを犠牲にしてステーキを食べようとしている事を知られてはならない。

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