第9話 不可能

 グリーンボックスがあったのは、俺が住んでいる街から50kmも離れた、隣の県にある個人所有の山の中だった、そうだ。電話で沼田さんからの説明を聞いてるだけなので真偽を確かめる術はないが、まあ警察が嘘をついてるとも考えづらい。意味もない。


 その山は地元の人でもほとんど入る事は無く、所有者のお爺さんは痴呆症。家族に連絡を取って許可を得た上で山探しをした所、1日も経たずに見つかったらしい。全てが緑の正六面体。俺の動画から割り出した部屋の大きさと縦横の大きさは完全に一致し、携帯の電波も間違いなくそこから出ていると確認された。


 名前も知らないような山の、木々の間にただぽつんと置いてあるグリーンボックスを想像する。当然俺はこんな所に来た覚えはない。山の所有者とも知り合いでも何でもなく、馴染みなんてまるでない。


 だがまあ、その辺りはきっと一切関係ないのだろうなとは思った。意味とか繋がりとかをこの部屋に求めるだけ無駄だという事はこの1週間で重々理解した。


 それにしても優秀なのは日本の警察だ。俺や両親に何の連絡もなかったので、てっきり取るに足らないネットの妄言だとタカをくくって傍観を決め込んでいるのだと思い込んでいたが、きちんと対処はしていた訳だ。きっと通報も多かっただろうし、グリーンボックスの仕組み自体は半信半疑でも、れっきとした行方不明者である俺の救出の為に動いてくれたのだろう。


「瀬名さん、このノックがそちらから聞こえますか?」

 電話口でそう聞かれ、俺は耳を澄ました。

「いや、何も聞こえないですね」

「あれ、おかしいですね。結構大きい音で叩いているんですけど」

 電話越しで、沼田さん以外にも大勢人がいるのは分かった。

「とりあえず、解体用の電動カッターを持って来たので、今から作業に取り掛かります。詳しい事情は外に出てからお聞かせ願いたいのですがよろしいですか?」

「はい、もちろんです」


 これでやっと助かる。そう思うと、全身から力が抜けていくような気がした。

「では危険ですので出来るだけ壁から離れて下さい」

 言われた通り、俺は部屋のど真ん中に立つ。どの方向から来るのか分からないので、出来るだけ離れるならこの位置だ。


「では、作業を始めます」

 電話の向こうからは、刃の音がけたたましく鳴り出した。見なくても分かる程、凄まじい回転数で何かを削っている。金属が火花を散らして衝突している感じだ。

「……あれ、おかしいな」


 電話の向こうが騒がしくなっている。一方で、この部屋の中はいつもと変わらぬ静寂だ。見渡してみたが、刃が飛び出ていたり、壁が盛り上がっているような様子もない。嫌な予感とはこの事か。


「どうしたんですか?」

「えっと、ちょっと待って下さい」


 沼田さんの声色から、焦りの煙が立ち上った。時間にして1分か2分、あちら側で何かを話しているようだったが、聞き取れない。


「すみません、お待たせしました」

 沼田さんが帰って来た。この時点で俺が抱いていた嫌な予感は、ほぼ確信に変わりつつあった。


「どうやら我々が持って来た道具では破壊出来ないようなので、解体の専門家をこれから呼びます。もうしばらく待って下さい」


 2日、経った。


 結論から言えば、グリーンボックスを破壊する事は出来なかった。カッター、ドリル、ハンマー、それらを巨大化したような重機から、ダイナマイトによる発破まで試したが、外による沼田さんによれば傷1つついていないらしい。今は化学者と警視庁が誇る爆発物処理班によって薬品による溶解が試されているが、効果はまだ見えて来ない。壁の欠片すら手に入らないので分析が難しく、しかし専門家の弁によれば、「少なくとも地球上に存在する物質ではなく、全くの未知」だそうだ。


 警察の登場により一瞬見えた光明が、見る見るうちに陰っていく。


 そして沼田さん達が外で頑張っている間も、俺の中では乾パン以外の物を食べたいというどうしようもない欲求が膨らみ上がっている。


 それと、どうやら遠山さん以外のマスコミも俺へのコンタクトを取り付けたらしく、小林の番号からの着信はあるが、小林が出る事はほとんど無い。どうやら小林は俺への連絡窓口のような事をやっているらしい。


「沼田さん、提案なんですけど」

 俺の方から、教えてもらった沼田さんの番号にかけた。

「はい、何でしょう」

 2日前よりも少し疲れた沼田さんの声。俺はここ2日で、どうやったら食べたい物が食べられるかずっと考えていた。


「ボタンを押す国をあらかじめ教えますから、その国の人を別の国に避難させてもらえませんか?」


 ボタンを押しても、そこに誰もいなければ問題はない。俺は人を殺さずに済むし、人は俺に殺されなくて済む。しかし2度とその国に立ち入る事は出来なくなるが、文字通り背に腹は代えられない。


「……ボタンを押すという事ですか?」

 沼田さんの声が、やけに遠くに聞こえた。俺はただ一言、「はい」と答えた。

「瀬名さん、冷静になってよく考えて下さい。あなたがしようとしている事は……」

「もういいです。限界なんです」


 説教と説得は聞き飽きた。周りが何を言ったって、この部屋に俺は1人だ。止められる者はいない。


「あと1日だけ待ちます。避難させられる国を考えて、その国と交渉もしておいて下さい」

「待って下さい瀬名さん、国1つの避難なんて余りにも非……」


 続きは聞かずに切ったが、何と続けようとしているのかは分かっていた。


 非現実的。


 この部屋こそまさにそうだ。

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