第7話 麻痺

 思っていたよりは近代的な町並みだったが、舗装された道路には土煙が積もり、ビルは高くても5階建て程度の物が間隔をあけて建っていた。車は全て止まったままで、歩道には多くの人間がうつぶせに倒れている。パニックを起こした様子もなく、まるで時間が凍りついたかのような街は、ほんの一瞬で命が奪われた事を示していた。


 ジンバブエの国境近くから、カメラを積んだドローンを飛ばして撮影されたその映像は、昨日日本で1番多く再生されていた。ちなみに2番目は転載された俺の動画だ。


 それはニュースの文面で見る事実と何ら違いなかったが、映像で見るとやはり実感が湧く物だった。俺が大量殺人をしたという現実。画面越しに突きつけられる罪の銃口。


「もしもし、瀬名さんですか?」

「はい。ここには僕以外いませんよ」


 オカルト雑誌の編集者、遠山さんからの電話。


「昨日の取材の続きをしたいのですが、今は大丈夫ですか?」

「構いませんけど、結局誰かは教えてくれないんですか?」


 俺がここに閉じ込められる前に、グリーンボックスの事を雑誌に投稿してきた人物がいる。遠山さんは俺にそう言い、しかもそれが俺と同じ高校に通っている事も教えてくれた。だがしかし、それが具体的に誰なのかは明かせないらしい。その理由さえも。


「すみません。私自身も、それを伝えて3人で話し合った方が事態の収拾は早くなると思うんですが、投稿者の方の強い希望なんですよ。準備が出来たら自分から正体を明かしたいと言っているので、瀬名さんには申し訳ないんですが……」

 一体何の準備だと言うのか。それに編集者と言っても怪しげなオカルト雑誌なのだから、そこまでプライバシーに配慮する必要があるのか、と心の中で毒づく。


「……分かりました。それで、今日はどういう事を試しましょう」


 昨日遠山さんと通話しつつ、この部屋についていくつかの実験をした。


 例えば、欲しい物として、「出口」を考えながらボタンを押してみる。何でも手に入るというのであれば、出口さえあれば簡単に外に出られるというとんちのような方法だが、当然失敗した。押した国はモナコ。国連加盟国の中では最小で、金持ちが沢山いる。領土がフランスの国内にある為、欧州は今頃パニック状態に陥っているのだろうが、結局「出口」は手に入らなかった。


 欲しい物はあくまでも「物」でなければならないという事なのか、あるいは「出口」だけが特別無効にされているのかは分からない。なので、次の検証では「人」を欲しいと願ってみた。この部屋に人を呼べれば、可能性は色々と広がる。


 対象は遠山さん。もちろん許可は取った。が、これも駄目だった。事前に遠山さんの写真も送ってもらって、頭の中にイメージしたが、何も起きなかった。滅ぼした国はリヒテンシュタイン。スイスとオーストリアの間にある小国で、もし俺がこの部屋に来ていなかったら、一生知らないままだった国だろう。


 こうして、ほとんど何の成果もなく2つの小さな国が滅亡し、約7万人の命が失われた。小さいとは言っても近隣国への影響はあるだろうし、実際の被害はそれ以上だろう。


 滅ぼす国を選んだのは俺だったが、ニュースを見た後に電話をかけてきた遠山さんの声は震えていた。罪悪感か、それとももっと単純な死への恐怖か。一方で俺の心はやけに乾燥していた。これで俺が滅ぼした国は合計8つ。だが最初のような死にたくなる自己嫌悪は全く無い。麻痺しつつある。


 しかしおかげで分かった事もある。とりあえず、この注意書きの中にある「欲しい物」とは、非生物かつ俺のイメージの中にある「物」であり、その区切りは観念に由来する。つまり、布団と言えば寝る為の道具であり、寝る為には敷布団だけじゃなく枕と毛布も要る。スマホは分解すればいくつかの部品の集まりだが、スマホとして機能するには纏まっている必要がある。しかし電源とケーブルは役割が別であり、それぞれに別の使い方も想定出来る。


 また、この実験の様子は、以前と同じようにあらかじめ滅ぼす国を宣言し、その1時間後にボタンを押す動画を撮影してアップロードするという手順も踏んでいる。動画自体や俺の名前は爆発的にネットに広がっているが、どこまで信用されてるかはよく分からない。集中豪雨のような誹謗中傷が止む気配もない。


「今日は部屋の実験よりも、瀬名さん自身についてお伺いしてもよろしいですか?」

「え? 俺ですか?」

 グリーンボックスの名付け親についての情報は教えてくれないのに、俺の事は聞き出そうと言うのは何だか不公平な気がしたが、しかし遠山さんは俺の数少ない味方だ。部屋の事も信じてくれてるし、何とかこの部屋から俺を出そうと色々知恵を絞ってくれている。


「はい。インタビューという形で、出来れば来月号のアズラにそのまま掲載したいんですが」

「はぁ、まあいいですけど」

 仕事熱心なのは別に悪い事じゃない。世界の終わりにもマスメディアは必要だ。


「では早速最初の質問なんですが、瀬名さんはこれからもボタンを押しますか?」

 単刀直入な問いだったが、元々答えは出ていたので悩みはしなかった。

「自分が生きる為に必要なので、押すしかないですね。今の所は」

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