第2話 助けて

「事件ですか? 事故ですか?」

「じ……事件、ですかね。あの、閉じ込められました」

「事件の当事者ですね」

「えっと、はい」

「場所はどこか分かりますか?」

「いや……分かりません」

「犯人が近くにいますか?」

「いないと思います。……多分」

「……どういう場所に閉じ込められていますか?」

「壁も床も全部が緑で……大きな世界地図があって……あの、あとはこのスマホだけなんです」

「出入り口は?」

「ありません」


 5秒くらいの沈黙が流れた。110番に連絡するのはこれが初めての事だったが、流石に相手はプロで、俺の曖昧で捉え所のない言葉にも至って冷静に対処してくれた。しかしここで相手の頭に思い浮かんだ部屋は、よっぽど非現実的だったのだろう。俺が今いる部屋と同じくらいに。


「ご住所とお名前をお聞かせください」

 質問がお願いに変わった。これがその内説教に変わるんじゃないかとひやひやする。

 だが俺は何も悪い事はしていない。気がついたらこの部屋に閉じ込められていただけで、そこに一切の嘘はない。だからこれは悪戯の緊急通報などでは断じてない。


「名前は瀬名良介です。住所は……」

 ありのままを正直に話した。


「分かりました。では状況を整理させて頂きますが、気がついたらその、緑の部屋? に閉じ込められていた、と。前後の記憶はないんですね?」

「はい」

「ではまず、ご家族に連絡して下さい。それから行方不明者届けを……」

「ま、待ってください。連絡はこの後しますけど、あの、助けてもらえないんですか?」

「助けるも何も場所も分かりませんし、誘拐だとしても犯人から要求が無い限りは警察としても行方不明者として扱う以外に方法がありませんので」


 確かに、言っている事は分からなくはない。警察とて超能力者ではないのだから、今すぐに俺を見つけてくれと言ったって無理な話だ。


「……ジンバブエ」

「はい?」

「ジンバブエの事件ありますよね。あの、大量に人が亡くなっているっていう。さっきネットのニュースで見たんですけど」

「はい。それがどうしましたか?」

「もしかしたらですけど、俺が……犯人、かも? しれない、です」

 途切れ途切れの俺の言葉に、返ってきたのは先ほどよりも長い沈黙だった。10秒くらいだったか、それから向こうの声のトーンが1段階下がった。


「悪戯での110番通報は軽犯罪法で取り締まられます。3年以下の懲役、もしくは50万円以下の罰金で……」


 通話を切った。

 駄目だ。いや、警察が悪いんじゃない。ましてや俺の通報をたまたま受けた担当が悪いんじゃない。強いて言うなら俺の通報が悪い。違う、ここに俺を閉じ込めた奴がそもそも悪い。


 まず、必要なのは状況の整理だ。警察への通報は失敗に終わったが、人の声を聞いていたら少し落ち着いてきた。


 緑の部屋。見る限り出入り口はない。壁や床はくまなく調べたが、隠し扉の類も何も無かった。広さは縦横奥行き5mくらいだろうか。つまり立方体だ。そして壁の1面には世界地図。そう、問題はこれだ。


 アプリの地図で調べたが、最初に俺が暗闇の中で押した国がジンバブエ。それで天井に証明が点いた。そこから時間が経って、何も起きないので仕方なく押したのが隣のボツアナだ。スマホが手に入った。GPS機能はもちろん搭載している機種だが、現在地は不明と表示された。


 場所こそ分からなかったが、そのスマホのおかげで通報も出来たしニュースも見れた。しかしそのせいで、最初に押したジンバブエで、大変な事が起きている事も知ってしまった。


 偶然にしては出来すぎてる。


『欲しい物を思い浮かべながら、滅ぼしたい国のボタンを押せ。当たりなら解放』


 ……本当なのか?


 俺が押したから、ジンバブエの人達が死んでいるのか?


 まさか。いやいや、まさかまさか。そんな荒唐無稽な、意味不明な、不可思議な事が起きるはずがない。ボタン1つで国が滅びる? それじゃあまるで、神か悪魔だ。


「もしもし、母さん?」

「ちょっとあんたどこ行ってるのよ! 学校は?」


 夜にコンビニに出かけて、そのままの格好だ。今はちょうど昼前なので、確か数Ⅲだった気がする。


「それがその、あのさ、なんか閉じ込められてて……」

「はぁ!?」


 めちゃくちゃキレてる母を宥め、30分程かけて今俺が置かれている状況を説明した。が、結局理解してはもらえなかった。


「馬鹿な事言ってないで早く帰ってきなさい。あんた今年受験なんだよ。分かってんの?」


 イラつきながら通話を切る。母の物言いに対してもそうだが、1つのアイデアが浮かんだ為でもある。


 スマホのカメラを起動し、部屋の写真を撮りまくった。今までした事はなかったが、俺の顔も入るアングルで自撮りもした。世界地図もだ。そしてそれらを全て、普段やっているSNSにアップロードした。文面はこう。


「変な部屋に閉じ込められまひた。地図にあるボタンを押すとその国が滅びるらしいです。誰か助けてください。拡散希望」


 インターネットに公開した文章は、世界中の誰もが見る事が出来るはずだ。


 しかしそれから2時間経っても、返ってきたリアクションは友人小林からの「今日席替えだったぞ」だけだった。


 あまりの人望のなさに途方に暮れる俺がいた。

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