グリーンボックス

和田駄々

第1話 謎の部屋

 何度も瞬きをすると、そこが暗闇である事に気付いた。それから自分が寝転がっている事に気づき、辺りを手で探って、周りに何も無い事も理解した。


 夜とは比べ物にならない程の暗さの中で芽生えたのは、どこかに閉じ込められたのではないか、という不安だ。床はつるつるとしているので、明らかに室内。そしてはいはいのポーズでうろうろすると、壁に頭をぶつけた。やはりここは屋外ではなく、どこかの部屋だ。


 かといって、ここがどこかは分からない。俺の最後の記憶は、スウェットで近くのコンビニまで買い物に行って、角を曲がった瞬間で終わっている。車に轢かれたか、あるいは誰かに拉致されたのか。気づくとこの暗闇の部屋にいた。


「誰か、誰かいませんか?」


 声をあげてみたが、僅かに反響するのみで返事はない。何度か声のボリュームを上げて同じ台詞を繰り返したが、結果は同じだった。


 何とか壁伝いに立ち上がる。ここが病院だとしても監禁部屋だとしても、どこかに電気があるはずだ。俺は壁を上に下にと両手で触りながら明かりを探す。壁は四方を囲んでいるようだ。3回角にぶつかり、それを曲がった。


 とにかく明かりが欲しい。暗闇は駄目だ。別に暗所恐怖症って訳でもないが、こんな所に1日でもいたら頭がおかしくなる。とにかく何でもいいから光が欲しい。やがて焦燥感と不気味さで僅かに震える俺の指は、スイッチを見つけた。


 照明のスイッチにしては妙な形状をしている事が指先の感触からでも分かったが、明かりが無ければそれすら確かめられない。俺は神に祈るような気持ちで、そのスイッチを押す。


 カチッ、と音がして、一気に周りが眩しくなった。急な光に、思わず俺は目を覆って蹲る。しばしばひりひりと瞬きを繰り返し、ようやく目が慣れてくると、俺が押したのが何かぼんやりと見えてきた。


 それは世界地図だった。横幅は両手を広げたくらいの大きさで、確かメルカトル図法だったか、地理の教科書についてくる、1番オーソドックスな世界地図だ。地図の中の1つの国だけが赤く、それ以外は真っ白。そしてこの部屋は、一点の曇りもない真緑だった。


 地図の上には、たった1行、こう書かれていた。


『欲しい物を思い浮かべながら、滅ぼしたい国のボタンを押せ。当たりなら解放』


欲しい物? 滅ぼしたい国? 当たり?


 さっぱり意味が分からず、混乱する。だが次に俺が考えたのは、


「……ドッキリ?」


 声に出して言ってみると、この奇妙な状況が可笑しく思えてきた。多分この部屋はどこかのテレビ局が用意した物で、この部屋にもいくつか監視カメラが仕掛けてあって、スタジオでは芸能人がこの様子をニヤニヤしながら見ている。そんな情景がぱっと浮かんで、俺もヘラヘラと頭を掻いた。何の変哲もない一般人の俺に、こんな大掛かりな仕掛けを用意するなんてテレビ局は随分と景気が良いらしい。はは、気が楽になった。


 だとすればこれは、社会実験的な番組なのだろう。国1つと引き換えに、欲しい物を1つ。そんな条件を掲示された時に、人間はどんな行動を取るのか、的な。葛藤する様子を撮影して、後で感想をインタビュー。面白そうじゃないか、俺が対象者じゃなければ。


 だが俺も馬鹿じゃない。こんな非現実的な事が起こるはずはないと気づく。


「降参でーす! 助けてくださーい! ボタンは押しませーん!」


 両手を頭の上で振りながら、そう言う。


 静寂。


 カメラを探して、部屋を隅々まで見る。それらしい穴は見当たらない。この部屋にあるのは、ただ6面の緑と、天井についた照明と、世界地図だけだ。嫌な予感がする。


 体感1時間。俺は部屋の隅でうずくまってみた。撮れ高が無いと分かればスタッフが入ってくるはず。そんな祈りにも似た思いで、更にもう体感1時間。寝そべって世界地図を眺めた。赤くなっているのは、アフリカ大陸のどこかの国だ。俺がさっき闇の中でたまたま押した国。


 もし本当に滅びていたら?


 そんな考えが頭をよぎった体感3時間目。何度も助けを呼んだ。何度も訴えると言った。何度もカメラを探した。それでも返事は何も無かった。


「もう限界です。押しますよ。押しますからね」


 独り言だが一応了承を取った。あとはどの国を選ぶか。


 滅びるなんて言葉はまさか信じてはいないが、かといって日本、アメリカ、中国……というか知っている国を押す気には何故かならなかった。ランダムで決めてもいいがサイコロすらない。仕方ない。最初に俺が暗闇の中で押した国のたまたま隣。名前も知らないその国のボタンを押す事に決めた。


 そして願うのは1つに決まっている。ここがどこで、今が何時で、助けが呼べるあのアイテム。


「とりあえず俺のスマホを返してください!」


 カチッ。また1つ、国が赤くなった。

 だが何も起きない。まあ起きない方が当たり前なのだが、心のどこかでこの馬鹿げた状況を信じ始めていた俺がいたのだろう。


 やはり、これはドッキリだ。飛びっきり質の悪い、何だかよく分からない深夜番組の、きっと不人気な企画だ。そう毒づきながら、後ろを振り返ると、さっきまで何も無かった場所にスマホが落ちていた。


「いやいや」


 思わず口に出る。機種は俺の使っていた物と同じ。そして使っているカバーも同じ。


 慎重に手に取り、電源を点けてみると、俺の設定した壁紙と、パスコードが出てきた。もちろん俺の誕生日で開く。中に入っているデータも、間違いなく俺の物だ。


 国1つで、欲しい物1つ。


 世界地図の上に書かれた注意書きを、俺は再度読む。


「嘘だろ」


 そしてスマホでブラウザを起動し、普段見ているニュースサイトを開いた。胸騒ぎがする。嘘だろ、嘘だろ、と何度もぶつぶつ呟きながら、画面をスクロールする。


『ジンバブエ国境沿いにて変死相次ぐ 原因不明』


 世界地図を見ながら、俺は腰を抜かしてへたり込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます