第三二話 真実
ソウヤは映画を見るかのようにサクラの過去を垣間見ていた。
データの奔流に飲み込まれようと意識は正常のままでいる。
あの時、侵入した何かはデータの奔流に押し流されたままだ。
流されようと、ソウヤの中で一つの疑問が組みあがっていた。
四一一二年――サクラが家族を失った年。
三九五二年――ソウヤが住まう〈ドーム〉内の年。
〈ドーム〉内には多くの人々が現在もなお住んでいる。
住んでいるはずが、月では地球上から人類が滅亡したことになっている。
それが事実だとしても反転する矛盾が浮き彫りとなった。
「おれは、誰だ……?」
ぐるぐる。ぐるぐる。
何かが再度押し寄せてくる。
欠落した何かをデータの奔流が埋め合わせようとする。
何かが映像化される。
映像は〈ドーム〉の歴史となり、ソウヤの中に流れ込んだ。
またしても炎に包まれていた。
炎に包まれた閉鎖空間で巨大な機械人形が群れを為して戦っている。
片や大地の再生と宇宙開発を唱え、片や平穏なる世界の発展を唱えて。
人間と人間が武力により血を流す戦争。
対話が平行線にたどり着いた末、武力により相手を屈服させ排除する戦争。
平和を壊すのは如何なる時も戦争であり、正しさも過ちも、勝利も敗北も後からついてくる。
キリスト歴以前、かの哲学者は言った。
<lnter aram silent Musae>(武器の中で法は沈黙する)。
〈ドーム〉内に戦争兵器の製造及び所持の禁止法があろうと、如何なる平和条約を結ぼうとただ一つの武力の前には無力。
法を牽くのはいつの時代であろうと戦争の勝者。
人類は〈ドーム〉という安定した箱庭世界を手に入れながらも、戦争の恐ろしさを知りながらも、同じ過ちをまたしても愚かに繰り返した。
そして、戦火は鎮まることなく拡大し続け、四〇一二年一二月二一日、〈ドーム〉内より人類は一人も残らず滅亡した。
戦災による荒廃から逃れるために建造した〈ドーム〉がゆりかごではなく墓地となった。
――何故……。
人が滅した〈ドーム〉をただ観測する目があった。
――何故、こうも人類は愚かなのでしょうか……。
ただ嘆息した。ただ失望した。ただ悲しかった。
自らを救おうとした人間たちの結末は自らを滅ぼすことであった。
荒廃した世界から逃れるために〈ドーム〉を建造した。
安定し平穏な生活を手に入れた。
戦争の悲惨さを、非業さを知りながらも、己の経験でない以上、1kb以下のデータのように軽く扱う。
瑣末なことだと、薄く、過去の出来事だと自分たちが未来に生きていると慢心した結果がこれだ。
救いきれない。救いようがない。
生を渇望しながら迎えた結末は死だった。
廻る貨幣と異なり生命に廻りはない。終わりなのだ。ただ終わりがあるだけなのだ。
答えは死なのか……。
――答えを探しましょう。
〈ドーム〉建造から人類滅亡に至るまで保存された観測データを検分する。
時間は無限に等しくある。
0から検分することで人類滅亡を無意味とさせないために、無価値とさせないために。
人類滅亡を意味あるものとするために。
まずは人型の枠を作った。
次に観測データより得た住人の自我と記憶をインプットした。
再現した町並みで製作した人形、いやオリジナルを模した〈模倣体〉を配置した。
ただ繰り返した。
観測データに基づき、オリジナルと寸分の狂いもない日々を再現した。
戦争により滅びればリセットして0からスタートする。
ただ繰り返す。戦争により滅びればリセットして0からスタートする。
また繰り返す。戦争により滅びればリセットして0からスタートする。
また繰り返す。戦争により滅びればリセットして0からスタートする。
また繰り返す。戦争により滅びればリセットして0からスタートする。
また繰り返す。戦争により滅びればリセットして0からスタートする。
また繰り返す。戦争により滅びればリセットして0からスタートする。
また繰り返す。戦争により滅びればリセットして0からスタートする。
また繰り返す。戦争により滅びればリセットして0からスタートする。
また繰り返す。戦争により滅びればリセットして0からスタートする。
繰り返し続けることで人類の死から意味を見出そうとした。
繰り返す中、〈模倣体〉の中に自意識と呼べるものが芽生えだす。
オリジナルが人間である以上、人形も歳月を経れば魂を得るという問題。
無意識ながらも自意識は違和感を生じさせ、その度に修正を施した。
〈模倣体〉は〈模倣体〉である以上、人形のようにただ動かなければならない。
その中で誰よりも一番強い違和感を抱いていたのはID:G5932732dzだった。
些細なこと、微々たることですら無意識ながら抱くようになった。
オリジナル名、ソウヤ――
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