第一一話 ソウヤは考えることをやめた
殴られた。
湯に浸る乙女を網膜に焼け付けた瞬間、見えぬ拳でソウヤは殴られた。
この顔面を劈くような痛みは殴られた時の痛みと同じ。
だから殴られた。
何故こうなった? どうしてこうなった? そもそも何故殴られた?
ソウヤはただ、カグヤの勧めでサクラという月から来た人間と話がしたかっただけだ。
カグヤが通信を開き、そしてウィンドウに映る少女を目撃した瞬間、殴られた。
「どっ、どっちて(どうして)……?」
ソウヤは床上に身体を投げ出されて呻くしかない。
入浴中の裸を見たから殴られたのか? 見たくても見られないのにか?
ナノマシン技術の応用により網膜や鼓膜に付着した青少年健全育成フィルターによって十八歳未満禁止の視聴覚情報は全てフィルタリングされている。
〈ドーム〉内において健全な青少年を育成するために義務付けられたシステムだ。
ソウヤはモザイク越しに裸を見ただけで、想像はするも実物を見られるはずがない。
『何か知らないけど、むかついた! この(ピーーーー)がっ!』
「ぐぼげゃ!」
宙に浮かぶ窓に映る少女から怒声が飛ぶなり、不可視の第二打が容赦なくソウヤのあご下を捉えた。
かすかに残る意識が少女の発言に違和感を覚えるも解明するだけの思考スペースはなかった。
「サクラ。やりすぎです。折角助けた命を消す気ですか?」
第三打が放たれようとしているのをソウヤは皮膚越しに感じていたが、カグヤの声よりついに放たれることはなかった。
『な、何よ、裸を見られるこのおぞましさは……』
「み、見えてないのに……」
『嘘よっ!』
「いえ、本当です。彼の場合、サクラと違って不健全なものには自動的に健全フィルターがかかるようになっています。まあ分かりやすく言えば、サクラの裸は見たけれども首から下はモザイクがかけられていて見えなかったと」
カグヤなる子は何者だとソウヤは感じた。
話し方からして耳年増で好奇心旺盛な子供に見えるが、表現できない何かを感じられる。
もっともサクラの裸は不健全で規制対象であると失礼なことを無自覚で告げたようにも思えた。
「まあ、丁度良い機会なのでそんな邪魔な壁、解除しておきますね」
『嫌な予感するから待ちなさい!』
モニターの向こうでサクラが制止しようとする。
だが、この時すでにカグヤはコンソールをタッチし終えていた。
ソウヤの視界からモザイクが霧散、消失する。
「…………………………………………」
ついついソウヤは男の性としてモニター越しに映る乙女の全容に視界を上下させ、胸元で停止させた。一〇代の少年として性への興味はある。厳格に性について学んでもいる。男として女の身体に興味を持つ年頃でもある……だから、女の裸を期待したのだが。
「ちっちゃ……」
希望が絶望を上塗りし、ソウヤの呟きは地獄への片道切符と化した。
『なんかむかつくから死ねえええええええええっ!』
打撃ではなく雷撃がソウヤを貫いた。
「サクラも女の子なのですから、少しは男という視線を覚えた方がよろしいですよ」
『言っている意味がさっぱり分からないわよ!』
身を、心を焦がされたソウヤは身体の自由が効かない中、どうにか思考を奮い立たせていた。
何故こうなった? どうしてこんなところにいる? あの女は誰だ?
そして、自分は誰だ?
動転する出来事に、思考は疲労を重ね、最終的にソウヤは考えることをやめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます