17 イブの涙とサンタクロース3

     3


 居間では母親と華パパがぽつりぽつりと何かを話している。うちの母親は華パパと同じ経験をしてるから、ここは任せるべきなんだろう。

 イチゴのケーキを完成させたオレは、そのままご馳走の支度へ取り掛かった。表情を取り戻した華は黒猫の定位置に座ってオレの観察を開始する。もしかしたら背後にいる大人の話を盗み聞いているのかもしれないけど、母親が何も言わずそのままにしているから華が聞いたらまずい話をしている訳じゃないんだと思う。

 料理も粗方完成して、華パパの方の涙や話も落ち着いて来た頃に玄関の呼び鈴が鳴った。来客を出迎える為に玄関へ向かうオレを華が追い掛けて来て、ドアを開けたオレの後ろからひょっこり顔を出す。可愛らしい華の行動に破顔した田所は、両手にたくさんの荷物を持っていた。ビジネススーツを着たサンタクロースの到着だ!

「あ! 忘れてた!」

 居間にいる華パパに気付いた田所が見事に硬直した姿を見て思い出した。華パパがうちにいたら驚くだろうから事前に連絡しておこうと考えてたのに、すっかり頭から飛んでいた。

「何故日本にいらっしゃるんですか?」

 その発言で、華パパの行動を田所が知らなかった事が確定した。知っていたならきっと、田所はオレに連絡をしてくれたはずだ。

「年末年始はモナコで過ごすご予定だと伺っておりますが」

 居間と台所の間に立ったまま追及する田所から、華パパが気まずそうに目を逸らす。

「その予定だったんだがこちらが気になってしまって……直前で、乗る便を変更した」

「今井には何も?」

「……言わずに来た」

「では私の方で連絡しておきます。出席予定のパーティーはいかがなさいますか?」

「全てキャンセルしてくれ。年明けまで……日本で過ごしたい」

 華パパの視線が、窺うように華へと向けられた。その視線の意味を察したみたいで、田所は目配せでオレに聞いて来る。だけどオレだって華パパの心境の変化について理解出来てる訳じゃないから、肩を竦める事で答えを返した。

 仕事モードになった田所が華パパにお辞儀してから踵を返し、玄関で脱いだ靴を履き直す。きっと外に出て電話をするんだろうな。オレはその背中へ近付き「大変ですね」と声を掛けた。

「……何があったんですか?」

 小声で問われ、オレはオレが知っている事を口にする。

「学校の前で待ってたから華の家でオレが作ったフレンチトーストを一緒に食べて、クリスマスパーティーにも誘ってみた」

 泣き腫らした顔をしてるからバレバレかもしれないけど、泣いてた事は、内緒にしよう。

「……華さんは?」

 田所の眉が心配そうに寄せられて、大丈夫だよという意味を込めてオレは微笑んだ。

 玄関先で身を寄せ合い小声で話していたオレと田所の間に割り込むようにして、華が体を滑り込ませる。その行動に驚いている田所を見上げ、口を開いた。

「イチゴ、ありがとう。早く食べよう?」

 ケーキに使ったイチゴを買って来たのは田所なんだ。

「喜んで頂けて光栄です。急いで終わらせて、すぐに戻りますね」

 仕事の電話をする為外へ向かった田所を見送ったオレと華は、パーティーの最終準備を開始する。食器を運んで並べて、完成した料理も居間へ持って行く。狭い家だから、華と二人で数回往復すればあっという間だ。

 田所は宣言通りそんなに時間を掛けずに戻って来た。いつもするようにオレがハンガーを渡したら、躊躇う素振りを見せる。どうしたんだろう?

「私の事は気にするな。普段通りにすると良い」

 申し訳なさそうな華パパの言葉のお陰で理解が出来た。田所は、上司である華パパがいるから躊躇したみたいだ。上司からの許可を得た田所は華パパへ一言断ってから背広を脱いでネクタイを外し、うちでのお馴染の格好になった。

 クリスマスツリーは狭い我が家に見合った小さな物が一つだけ、テレビ台の上に置いてある。パーティーと言っても名ばかりで、ただご馳走を食べる会。机の上にこれでもかってくらいに料理を並べて、普段夕飯時にするようにテレビを付ける。誰も見ないけど、BGMと話題の情報源も兼ねている。合わせたチャンネルではクリスマスの特番が始まった所みたいだ。

 母親が華パパと田所に酒を勧めて、大人三人の飲み物はスパークリングワイン。今日の為に買って、母親が楽しみに取っておいたらしい。華はまた無表情に戻って、だけどしっかりオレの膝上を陣取っているから、雛に餌付けするようにオレは華の口元へ食べ物を運ぶ。自主的に手を伸ばそうとはしないけど、口元へ運べば素直に食べてくれるみたいだ。

「これ全部、君が作ったのかい?」

「相変わらず、寺田家の料理はどれも美味しいです」

 華パパと田所が同時に口を開き、オレの作った料理が二人にべた褒めされる事になった。嬉しいけど照れ臭くて、反応に困る。

「自慢の息子なんですよー」

 何故か母親が得意げに胸を張り、機嫌良く酒を煽る。

「最近は勉強も頑張ってるのよね。あ! そういえば通知表は?」

 このまま機嫌良く酔っぱらって忘れてくれていて良かったのに。でも今回は、田所への報告も兼ねて元々見せるつもりではあったんだよね。田所に勉強を教えてもらったお陰で、オレも華も前回より成績が上がったんだ。学期終わり恒例の通知表提出が憂鬱じゃないのなんて初めてだ!

「見て驚け! オレだってやれば出来るんだ!」

 自分の部屋に置いていた鞄から通知表を取って戻り、母親に渡した。開いて中を見た母親が「すごーい」なんて言いながら手を伸ばして来て、ぐりぐりと乱暴にオレの頭を撫でる。それをじっと見ていた華も自分の鞄を引き寄せて通知表を取り出した。誰に渡すべきか迷ったのか、一瞬動きを止めてから田所へと差し出す。

「見て、良いんですか?」

 自分に渡された事に驚いたんだろう田所が聞くと、華は小さく一度頷いた。躊躇いがちに通知表を開いた田所が、目元を緩める。

「頑張りましたね」

 右手が伸ばされて、華の頭を優しく撫でた。撫でてから自分の行動に驚き焦ったらしい田所が手を引っ込めようとしたんだけど、フリーズする。田所の視線の先で華が、嬉しそうな淡い笑みを浮かべたからだ。ぎこちない笑みを返した田所は、もう一度華の頭を撫でてから手を離す。感動して泣きそうなのを堪えたような、隠そうとしたはずの心の中が滲み出ちゃったような、そんな笑い方だった。

 和やかな団欒風景の一角では、華パパが切ない笑みを浮かべて目を伏せる。

 オレはそれに気付いたけど、上手いフォローの仕方が思い付かない。すかさず母親が華パパに話し掛けて気を逸らしていたのには、流石だなって思った。

 料理は粗方片付いて、華が待ちわびたイチゴのケーキを切り分ける。ケーキを食べた後はプレゼント交換をして、まったりした時間を過ごす。大人達はのんびり酒を酌み交わし、オレは食後の後片付けをする為台所へ立った。手伝いに来てくれた母親に、この後は華と二人でクリスマスをやりたいと話したら髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜられる。

「暴走するんじゃないわよ」

「しねぇよ!」

 赤い顔での反論は全く説得力がなかったんじゃないかと、自分でも思った。

 大人は大人の話があるからこっちは任せておけっていう母親の言葉に甘えて、オレと華はこっそり家を出る。玄関を出る時に田所と目があったけど、何も言われなかったから見逃してくれたみたいだ。

 華の家に着き、オレはコートのポケットに忍ばせておいた小さな箱を取り出した。さっきしたプレゼント交換では出さなかった、オレから華へのクリスマスプレゼント。

「これはね、オレのこころだよ」

 箱の中身はハート型したピンクゴールドのネックレス。ハートの中に花を模ったピンク色の石が散りばめられていて、可愛らしい感じが華に似合うと思ったんだ。

「秋のこころ?」

 首を傾げながら華が箱を開け、ネックレスを手に取る。

「そうだよ。華にあげる。大事にしてくれる?」

 華の手からネックレスを受け取り、首元へ付けてみた。うん。やっぱり似合う。すごく可愛い!

「絶対、大事にする」

 指先でハート型のペンダントトップに触れて、華は顔を綻ばせた。

 冷えた体を温める為湯船に湯を張って、華を先に入らせた。出て来た華が風邪を引かないように髪を乾かしてあげてからオレも風呂に入る。頭の中では、パーティーの前にオレの部屋で華が言ったセリフが回っている。ぐるぐるぐるぐる考えて、風呂から上がる頃にはのぼせてくらりとした。

 髪を乾かして寝る為の準備を整えてから寝室へ行くと、華はベッドで横になっていた。それを見てがっかりするのと同時に安堵もする。大切な女の子に触れる事がこんなにも勇気のいる事だなんて、オレは今まで知らなかった。

 華の背中側へと入り込み、指触りの良い髪を撫でる。今日は色々あったから華も疲れただろうな。そのまま身を寄せて目を閉じたオレの腕の中で、華がもぞもぞ動いて体の向きを変えた。オレの方へ顔を向けたらしい華を抱き直し、睡魔へと身を任せる――

「秋、プレゼント」

 華の声が聞こえた次の瞬間には、口が塞がれていた。柔らかなものが何度か押し付けられ、深く入り込まれる。

「は、華!?」

 慌てて目を開けた先には、唇を尖らせた華がいた。

「こころはもらった。でもまだ、もっと、欲しい」

「も、もっとって……い、今?」

「サンタは今来る」

 真顔の華がオレの体の上に乗り上げて来て、何だかまるで襲われているみたいだ。その想像に、かぁっと顔が熱くなる。

「秋、可愛い。大好き」

「……いつもと、反対だね」

「たまには、良い」

 ふわりと笑んだ華がキスをくれて、優しく髪を撫でてくれた。

「大好きだよ、華」

「わたしも、秋が大好き」

 その夜オレは、華からのクリスマスプレゼントを受け取った。



 ※次の更新は25日※

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