16 イブの涙とサンタクロース2
2
うちのアパート周辺には駐車場がないから、車は華の家の駐車場へ停めたままで歩いて向かう事にした。華はオレと手を繋いで隣を歩き、華パパはオレらの後ろをついて来る。二人の間に開いた、もどかしいこの距離。これが心の距離と同じなら、触れられる所にいるのに手を伸ばさないだけのようにも見える。だけど実際にどうなのかは目に見えない。二人の間に何があったのか、全てを知ってる訳じゃないオレに出来る事って……何なんだろう。
とりあえず、今出来る事をするしかない。
華と手を繋いで歩きながら、オレは話し続けた。四人で見に行ったイルミネーションの話にテストの事。田所と仲良くなっただとか、学校はどんなだとか。華のパパに今の華を知ってもらいたくて、華に笑顔になってもらいたくてオレは、絶え間なく話した。だけど華はその間、ずっと無言で無表情のままだった。
家に着いて、時間稼ぎが不十分だったら困るから念の為に呼び鈴を鳴らしてみる。いつも通りの明るい声が聞こえてすぐに開けられたドア。顔を出した母親を見て、何故だかほっとした。家での気の抜けた格好じゃないから、オレに与えられた任務はどうやら達成出来たみたいだ。
「どうも。秋の母です」
「娘がお世話になっております。華の、父です」
玄関先での挨拶が済むと母親が華パパを招き入れた。そのままお茶を勧めて世間話が始まりそうだったから、華パパの事は母親に任せて着替える事にする。
自分の部屋に入ったオレに、当然のように華もついて来た。うちの母親が一緒にいるとはいえパパがいる所には居づらいのかな。そう考えたら居間で待っててとも言えず、そのまま着替えを開始する。これから料理をするから、本当なら汚れても良いスウェットが一番なんだけど……付き合ってる人の父親の前でスウェットっていうのは流石にないだろうと思ったから、オリーブのニットセーターとジーンズを出した。
「秋」
箪笥から着替えを取り出していたオレの背中に、温もりが寄り添う。
「秋、怖い」
華の声が、震えてる。
「何が、怖いの?」
振り向いたオレの背中へ華の両手が回されて、服がぎゅっと掴まれた。まるで縋り付いているみたいな華を見下ろして、両手で頬を包み込む。覗き込んだ瞳はゆらゆら揺れている。
「また……拒絶されるの、怖い。黒くする人から助けてもらいたくて、助けてって手を伸ばしたら、パパが」
「パパが、どうしたの?」
言葉を切った華が唇を噛み締めたから、親指で下唇を撫でながら先を促す。そんなに強く噛んだら切れちゃうよ。
「面倒事を持ち込まないでくれって。手、払われた」
震える言葉を落として、華はオレの胸元へ顔を伏せた。両手を頭と背中へ回してオレは、華を抱き締める。
これだ。これが華とパパの間に開いた距離の、大きな原因だ。パパは逃げただけじゃなく、華を拒絶して傷つけたんだ。
華の体から力が抜けて体重を預けられ、オレは床へと座り込み横抱きにした華を膝へ乗せた。華のおでこに唇で触れ、温もりを分け与えるように小さな体を包み込む。
「前はね、二人で幸せだったの。イチゴも一緒に、パパも……笑ってた」
ぽつりぽつりと話し始めた華の声を、オレは黙って拾う。
「でも、パパはわたしを悲しそうに見る事が増えて、ママに会いたいって泣くの。百合を返してくれって泣いて、パパはわたしの前からいなくなった。……ずっとね、寂しくて、怖くて。パパの服を持っていたら帰って来るかもって……待ってた」
華を置いて海外へ逃げたパパは、五年経っても帰って来なかった。なのに今帰って来たのはどうしてなんだろう。華の家で流した涙には、どんな意味がある?
「……華は、どうしたい? 今帰って来たパパと、華はどうなりたい?」
目を閉じ華は、オレの首へ腕を回して肩口へと顔を埋めた。力を込めて抱き付いて来た華の体を抱き返し、答えを待つ。
「わからない。ずっと、会いたかった。でも今は……わからない。わたしには秋がいる。秋がいたらもう、何にもいらない」
それは、悲しい言葉だ。華は笑うとあんなに可愛いのに。いろんな事に喜ぶし、感動もする。興味だって持つ。なのにそれをオレしか知らないのはなんて、勿体ないんだろう。
「大好きだよ、華。オレにとって華はすっごく大切で……だから、ずっと側にいる。隣にいる。手を繋いで、一緒にいる」
怯えなくて良い。怖がらなくて良い。オレは華を、独りにしないから。
「大好きだ、華。愛してる」
髪に擦り寄せた頬の下で、顔を上げようとする気配がした。腕の力を緩めると、オレを見上げた華はとんでもない事を口にする。
「サンタのプレゼントをあげる。だからわたしにも、秋の全部をちょうだい? わたしは秋が、全部欲しい」
オレの全身が、一気に熱くなった。クリスマスツリーを見に行った時のオレの発言、華はどうやら正しく理解していたらしい。嬉しいけど……嬉しい、けど、何だよこれ! めちゃくちゃ恥ずかしい!
「秋、可愛い」
「ちょ! やめて、見ないで!」
「秋、真っ赤」
真顔で指摘するの、やめて欲しい。
「えーっと……自分が何を言ったのか、華はちゃんとわかってるんだよね?」
念の為に確認してみたら、華は真面目な顔して頷いた。
あぁどうしよう。ちゃんと理解した上での発言だとわかったら余計に、舞い上がって恥ずかしくて嬉しくて、ふわふわどこかに飛んで行っちゃいそうだ。そんなオレの動揺を察していても無視しているのか、華は平然と身を寄せて来る。
「とりあえず、着替えよう。それで、イチゴのケーキ作って、華のパパも一緒にみんなで食べて……プレゼントはそれから」
「わかった」
体を離した後で、制服からさっき選んだ服に着替えた。華にはうちでの部屋着になったパーカーワンピを渡して、華が着替えている間、オレは背中を向けて両手で視界を塞ぎ目を閉じる。耳も塞ぎたいけど手が足りない。落ち着かない気分で華が着替え終わるのを待ち、終わった事を告げられてから目を開け華の髪の毛を整えた。
居間へ戻ると、華パパが泣き崩れていた。
一体何があったのか、華パパの背中を摩っている母親に視線で問えば目配せで台所をさされた。今はそっとしておくべきだとわかって、華を連れて台所に行く。昨夜焼いておいたスポンジを出し、華にも手伝ってもらいながら生クリームを泡立てた。
「つまみ食い」
イチゴを一粒小さな口へと放り込む。もごもご噛んで飲み込んで、華がふんわり笑ってくれた事にほっとしてオレも笑みを零す。
「秋、好き。大好き」
華がくれた言葉に頬を緩ませながら、イチゴたっぷりのクリスマスケーキを作った。
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