9 あなたがいる景色3
3
ふかふかベッドなのに朝飯の匂いがする。寝ぼけながら目を開けたら、華が膝抱えてオレを見下ろしていた。
「華、おいで」
腕を伸ばして呼んだら華が隣へ寝転んだ。無性にキスしたくなったオレは、華の上に覆い被さって唇を貪った。左手は華の手の指と絡ませて、右手は服の中に忍び込ませる。素肌辿って柔らかな膨らみまで辿り着き、押し上げるようにして揉む。唇から顎、喉、舐めて吸って、下りていく――
「あ、あき……ごは、ん。あ、きままが――」
突起を引っ掻いたら甘く啼く華。舐めたい。邪魔な服捲り上げようとして後頭部殴られた。
「寝ぼけてサカってんじゃないわよバカ息子っ!」
いろんな衝撃で撃沈したオレの下から、華が引っ張り出されて連れ攫われた。
ちょいオレ、再起不能。このまま二度寝して夢の中へ旅立つしかないと考え、布団の中に潜り込んだ。
「秋、逃げても現実よ。直視して起きなさい。ご飯食べるわよー」
現実厳しい! うがぁって叫びたくなったけど、気持ちだけで我慢。起き上がって朝飯の元へゆく。直視出来なくて横目で確認した華は、真っ赤な顔で食パンを頬張ってる。
「華、ごめん……その、寝ぼけててつい……襲いましたっ」
男は思いきり良く土下座だ。しかも母親に見られてた。なんて恥。大切な子を寝ぼけて襲うだなんて、どんだけ欲求不満。穴があったら入りたい。
「秋」
顔上げられなくて土下座キープのオレの頭を、華が撫でた。
「秋なら、全部大丈夫」
困った。今度は違う意味で顔上げらんない。顔が熱くて鼻血噴きそう。
「華、大切にするから! そんな煽るような事言ったらダメッ」
気合い入れて体起こして華を抱き締めた。そんなオレらを笑って見てる母親。昨夜、どこで寝たんだろ。同じベッドかな。三人なら眠れそうだしな。なんて、脳内で軽く現実逃避しながら朝飯食った。
母親はオレらが学校行くのと一緒に華の家を出て、うちに仕事の用意をしに帰った。華と手を繋いで学校へ向かいながら、オレは自分の理性の限界について悶々と悩む。
「秋何? 悩み事?」
教室で顔合わせて真っ先に祐介から眉間の皺を指摘される程、悩んだ。
「昨日さ、うちの母親を捕食者の目で見る男に会った」
自分の席に座りながら小さな溜息吐いて、本気で悩んでる方じゃなくてもう一つの方を口に出す。冷酷銀縁眼鏡田所。あいつの事も少しは考えなくちゃだ。
「あー、秋のお母さん美人だもんな。再婚すんの?」
「違う。その男華の絵を『持って行く人』なんだよ。遭遇して、うちの母親に惚れたっぽい」
「何それ? また面白そうな事になってんじゃん」
興味津々の祐介。そりゃ他人事だったら何でも面白いだろうよ。
「そんなに変な奴なの?」
オレの表情から読み取ったらしき祐介の言葉に、オレは頷く。
「嫌な奴。冷酷銀縁眼鏡野郎」
「何だよ、それ?」
「オレが名付けた。銀縁眼鏡してたし、あいつは冷酷人間だと思う」
「ふーん。でもその人、東さんが顔を見分ける数少ない相手なんじゃねぇの?」
確かにそうだ。それって何かあったからかな? それとも年月の問題?
「うーん……。華が見分けてるって事は、あの人なりに華に何かしてくれてたのかなぁ」
「ご飯くれてた」
絵を描いてた華が呟いた。手を止めて、前を向いたまま。
「悲しい顔で、ご飯くれてた」
「……他には?」
「謝られた。私にはこれしか出来ませんって」
「それがあの高級弁当?」
こくんて頷く華を見て、考える。それってオレがやってた餌付け作戦と一緒じゃないのかなって。
「誰かがあなたを救ってくれますように」
「え?」
「言われた」
「持って行く人に?」
今度はこっちに振り向いて、こくんて頷いてる。
田所の願いなり行動なりは、反応しなくても華の心には届いてたって事かな。
「華は、救われた?」
怖いけど聞いてみたかった。内心ビクついてるオレに、華はふんわり笑う。
「秋が来た」
華が手を伸ばしてオレの頬を撫でるから、オレはその手に擦り寄り華の瞳を見つめ返した。
「オレは、華の救いになれてる?」
迷わず笑顔で頷いた華。オレも笑顔になって、顔を寄せる。
「華、好き。大好き。オレは、何よりも華が大切」
唇に二回、触れるだけのキスをして離れた。
「氷の女王の心を溶かしたのは、秋の献身的な愛情でした」
隣で頬杖付いてオレと華を眺めていた祐介がそんな事を呟くから、オレは祐介の方へ顔を向ける。
「だってさ、東さんって氷の女王っぽくない? 魔法が溶けて、本来の綺麗な女王に戻りました。みたいな」
歯を見せて笑った祐介の言葉が可笑しくて、オレはぶはっと噴き出した。
「お前って、結構メルヘン脳だな」
「秋のいつでもどこでも花畑脳よりマシ」
笑いながら、冷酷人間は取り下げてやっても良いかなって、ちょっとだけ思った。
※次回更新は7日です※
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