3 真っ白なキャンバス2
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ハンバーガー作って売ってってしてると思う。もっと健康的な物食えよって。まぁ実際にそうされたら仕事がなくなって困るけど。うまいけどさ、ハンバーガー。楽だけどさ、ファストフード。混んでる時はげんなりする。
「秋は今日も東さんの家?」
油臭くなった体で学校の制服に着替えてるオレと祐介は、忙しかったから疲れた顔をしている。オレが行くよって肯定すると祐介は笑った。
「秋って本気になると一途だったんだな」
「まぁな」
オレは華が初恋。今まで付き合った人もいたけど、全部向こうから言ってきた子達。オレなりに大切にしてたつもりだったけど泣かれたりすると面倒で、別れてもどこも痛くなかった。
でも、華は違うんだ。
笑っていて欲しい。何でもしてあげたい。失うなんて考えられない。こうまで変わるなんて、恋って不思議だ。
電車通学の祐介とは駅前で別れて、オレはスーパー寄ってから華のマンションへ向かう。オレがバイトある平日とか華が絵を描くって言う時には華のマンションに泊まってる。それ以外は華がうちに泊まって母親と三人で過ごす。華の家には簡単な調理器具を揃えたんだ。華に温かい飯を食わせられるようにって。
食材の入ったエコバックぶら下げ、鞄から鍵を取り出した。その鍵でオートロックの自動ドアを開けてエレベーターに乗り込む。鍵は、ちょっと前に華がくれた。きっとインターホンに反応するのが面倒臭くなったんだろうな。
エレベーターが七階に着き、玄関の鍵を開けて室内へ入ると微かに絵の具の匂い。これが、華の家の匂い。リビングダイニングの電気が付いてるから絵を描いているんだと思う。
「おかえり、秋」
「華、ただいま」
ドアを開けた先で華は真っ白なキャンバスの前で体育座りをしていた。振り向いた華が嬉しそうな笑顔で駆け寄り抱き付いてくるから、持っていた荷物は床に放って華奢な体を抱き締め返す。
「絵、描いてなかったの?」
華に絵の具が付いてない。服に付いてる絵の具は、前に付いて落ちなかった古いやつだ。
「考えてた」
「何を?」
「描くもの」
「そっか」
見上げてくる華の顔にキスの雨を降らせ、離れていた間の補充。顎から辿って首まで唇這わせてから肩口に顔を埋める。
「華の匂いだけだね」
いつもこの家にいる時は絵を描いてるから、華の匂いに絵の具の匂いが混ざるんだ。
「お腹空いた?」
「空いた」
「すぐ作るね」
埋めてた場所から顔を上げ、耳と唇にキスをしてから体を離す。床に放っていたエコバックを持ち上げ台所に入った。華は体育座りで動き回るオレをじっと見ながら待っている。台所に立つ前に、オレは手洗いとうがいをする。小さな頃から母親にしつこく言われて身に付いた習慣だ。
バイト帰りに買って来た食材と冷蔵庫の残り物で作ったのはかき玉うどん。根菜とほうれん草、長ネギも入れて具沢山。
「今日はおうどん?」
うどんを鍋からお椀に移していたら、鼻をすんすんさせながら華が寄って来た。待ちきれないって顔してオレの手元を覗き込んでる。可愛い華のおでこにキスをして、お椀二つと箸を持って台所から出た。ちょっと前にうちから持って来た折り畳める机の上にうどんの入ったお椀を置いて、直に床へ座る。華もオレの向かい側に座り、二人で手を合わせていただきますって挨拶してからうどんを啜った。
華は猫舌だから、これでもかってくらいふーふー息を吹きかけて冷ましている。オレが完食しても華のお椀にはまだほとんど残ってた。ゆっくり美味しそうに食べる華を目の前で眺めるのは、オレの一日で大事な至福の時間。
飯の後、華はまた真っ白なキャンバスの前で体育座り。オレはその背中を見ながら洗い物を片付け、華に声を掛けてから着替えを持って風呂場へ行く。バイトの後はさっさと風呂に入ってさっぱりしたい。今日は体育の授業があってマラソンで汗かいたから、余計に体が気持ち悪かった。
「華も風呂入ったら?」
濡れた髪をタオルで拭きながら戻ってもまだ、華は同じポーズで座っていた。オレの言葉に頷いた華が立ち上がるのを見て、着替えを持たせる。放っておくと着替えを持たないで風呂に行ってタオル一枚で出て来るから困るんだよな。理性の限界チャレンジなんてしたくない。
華の家にはテレビがないからすっごく静か。でも大抵寝るか絵を描く華を眺めているかだし、それで問題ない。
オレは冷蔵庫から出したミネラルウォーターを手にベランダへ出た。そこから見える微かな夜景とうっすらした星空眺めながら水を飲む。空気が冷たい。もう冬かって思いながら吐き出してみた息は、少し白かった。
「さむっ」
長くいるともう寒いなと思って部屋の中へ戻る。
「秋。外見てたの?」
窓とカーテンを閉めてる所で華が戻って来た。オレは華の側に行って、タオルを受け取る。
「華が描いた絵、思い出してた」
「地と空の星?」
「それがタイトルなの?」
頭を覆ったタオル越しに、華がこくんと頷いた。
「あの絵、どんな人が買ったんだろうな」
答えないって事は、華は知らないんだ。華の手を引いて洗面所に行って、ドライヤーで髪を乾かして梳かす。終わったら華がまたキャンバスの前で体育座りになったから、オレは華の背中を包み込むように抱き締めて座った。
次はどんな絵を描くのかなって、楽しみだ。
※次回更新は30日です※
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