17 三週目 金曜日
金
何故か今、華がオレの家にいて、台所に立つオレを体育座りでじっと見てる。そんなに見られてるとちょっと料理がしにくいんだけどなって思いながら野菜を切った。
今週の放課後は毎日、華の家でテスト勉強してた。だけどオレ、金曜は帰らないといけないから、うちで一緒に夕飯食うかって試しに聞いてみたんだよね。そしたら華が素直に頷いて、手を繋いでスーパー寄って、うち来て今、な感じ。まさか本当に来るとは思わなかった。狭い我が家に華がいる。内心大興奮のオレは華に温かい飯を食わせてやれるのも嬉しくて、いつもより気合い入れて飯の支度をしてる。玉ねぎとじゃがいもの味噌汁に回鍋肉、大根の煮物。代わり映えしないメニューだけど、気分が違う。
「ただいまー。お腹空いたー。良いにお――きゃーっ! こんばんわぁ、秋の母です! 何? なになになに何事っ」
「何事はお前だ! 落ち着けッ」
うちは玄関入るとすぐに台所だから、母親が帰って来て大騒ぎし始めた。
「まぁ! まぁまぁまぁ可愛らしいじゃなぁい。本命ちゃん? 本命ちゃんなの? 本命ちゃんよねぇ?」
「いいから! まず着替えろ! 手ぇ洗ってうがいしろッ」
「でも秋、部屋着あんたのお古のスウェットしかないどうしようっ」
「それでいいから! 華はそんなん気にしないから! 着替えろ! 騒ぐな」
「まぁ! 華ちゃんっていうの? 名前まで可愛いー」
火を止めて、騒ぐ母親を部屋に押し込んで溜息吐く。騒ぐとは思ってたけどここまでとは思わなかった。華はきょとんとした顔でオレを見上げてる。
「今の、オレの母親」
「秋のママ」
「そう。オレのママ」
華の頭を撫でてから、オレは途中だった料理を仕上げて皿に盛る。三人分、料理を運んでる所でスウェットに着替えた母親が出て来た。なんで恥ずかしそうにしてんだよ。手洗いうがいをしに台所に来て、母親が擦り寄ってくる。
「どうしよう。緊張」
「……がんばれ」
そわそわしてる母親の事は適当に応援しておいた。
「秋のママ。東華です。はじめまして」
正座して挨拶した華に、オレは驚きすぎて固まった。
「まぁまぁご丁寧に。秋の母の千夏です。ママなんて、柄じゃないから照れちゃう」
母親も華の前で正座して、きちんと挨拶してる。
「華って挨拶と敬語、ちゃんと出来るんだ?」
オレがびっくりして華を見ると華は頷いた。
「教わった」
「誰に?」
「持って行く人」
持って行く人、マジで何者なんだよ。
「いつ教わったの?」
「前」
「子供の時とか?」
華は首を傾げてる。母親はそんなオレらを面白そうに、顔を輝かせて見てた。
「んだよ?」
睨んだオレを見る母親が嬉しそうにしてて面食らう。
「秋、ちゃんと優しいのね。安心した」
優しい顔で笑うから、オレは照れ隠しに顔を逸らす。
「おら、飯にすんぞ」
味噌汁の入ったお椀を机に置いて、華を隣に座らせてから気が付いた。華、ちゃんと箸で飯食えるのかな。いつも箸はグーで握る。むしろ自分で食えんのか、心配。いただきますって三人で言った後、華はじっと食卓を見てる。
「ねぇ、手料理大丈夫?」
母親が小声で聞いてきて、オレは頷く。
「今は、オレのは平気だって」
「まぁ! だから最近私のお弁当まであるのね! 頑張ってんじゃなーい」
「うっせ」
「秋」
オレを呼んだ華は、困った顔してた。
「どうした?」
「綺麗に食べられない」
母親がいるから気にしてんのかな。オレは華の箸を持って、笑顔で差し出す。
「誰も気にしないから、好きに食って平気」
頷いて箸を持った華はやっぱりグーで、食べ方も下手だった。
「待て。ごめん。一旦ストップ」
制服を汚しそうな事に気付いて、華を止めたオレは立ち上がる。タオルを持って来て、首に巻いてやった。
「いいよ、食って」
じっと待ってた華が、一生懸命頬張り始める。
「美味しい?」
オレの言葉に頷く華を母親も笑顔で見てた。
相変わらず華は少食で、ちょっと食べたら箸を置いてごちそうさまって言った。
「あら、もういいの?」
母親をじっと見てから、華は頷く。
「お腹、いっぱいです」
「女の子って少食なのねぇ。可愛い」
緩んだ顔で笑ってる母親を、華がチラチラ気にしてる。
「華、どうした?」
やけに母親を気にしてるから、オレは首を傾げた。華はオレをじっと見て、今度は母親をじっと見る。
「秋が二人いる」
ぶはって、オレと母親が同時に笑った。
「そんなに似てるかしら?」
華は頷く。オレは父親似だって言われるから、中身の事かな。
「秋のママ、秋と一緒」
「あらー、あんまり似てるって言われないんだけどね」
「性格の事じゃねぇか?」
「あら! 騒々しいって事?」
「かもな」
ちょっとうんざりしてオレが言ったら、華がくすくす笑った。初めて、笑い声を聞いた。
「華可愛いっ」
「華ちゃん可愛い! うちの子にならない?」
「何バカな事言ってんだ」
また、華がくすくす笑う。やばい可愛い。可愛くてやばい。
「ね! 華ちゃんは一人暮らしだって聞いたけど、今日泊まったら? おばさんとお風呂入る?」
「何言ってんだ。テスト勉強しに来ただけだって」
「えー。あんたも今週の土日はバイトないじゃない。どうせなら泊まってとことん勉強したら良いわよ。私娘に憧れてたの!」
「勝手に憧れてろっ」
「入る」
「は?」
華はずっとくすくす笑ってて、驚きの台詞を吐いた。
「一緒にお風呂、入る」
照れてはにかみながら、そんな事を言う。
「きゃー! 華ちゃん可愛すぎ! 入りましょ! 一緒に寝ましょ!」
「テンション高すぎだから、落ち着いてくれ」
オレが華の可愛さに感動してる暇もなければ、一緒に風呂とか……羨ましすぎる。でも華が楽しそうで嬉しそうだからいいかな。
着替えは母親の服を出して、二人が風呂入ってる間にオレは夕飯の後片付けをした。人見知りの華がうちの母親とは普通に話してるのに驚きだ。母親ってものは何か持ってんのかな。
「秋」
華がタオルを頭に巻いて風呂から出て来た。この巻き方、母親がやったんだろうな。
「気持ち良かった?」
華は嬉しそうな表情で頷いてる。
「ウサギ。食う?」
アップルパイの残りのリンゴがあったから、切ってウサギ型にしてみた。華は瞳を輝かせてまじまじと見てる。
「楽しい?」
ウサギは観察されてるから、ちゃんと皮剥いたリンゴを華の口に差し入れた。一口かじって、華は満面の笑みで頷いてる。こんな笑顔を見られるなんて、母親に感謝だ。母親は華と同じように頭にタオルを巻いて、脱衣所の戸の所で微笑み浮かべてオレ達を眺めてる。
「リンゴ食う?」
「食う! ウサちゃんなんて可愛い事するじゃない」
「まぁな」
華が母親と仲良くしてるから、華の事は母親に任せてオレも風呂に入る事にした。風呂から出ると、母親に髪を三つ編みに結ってもらった華が丸まって寝てた。それを母親が優しい表情で眺めてる。
「飲む?」
冷蔵庫から出した発泡酒を渡してやって、オレは母親の向かいに座ってお茶を飲む。
「……トラウマ、当たってたっぽい」
「手料理の?」
「そう。ママを黒くする人がご飯作って、気持ち悪いんだって」
「小さな時に何かあったんでしょうね。父親は海外なんでしょう?」
オレは頷いた。発泡酒を飲みながら、母親は華の頭を撫でてる。
「可愛い、良い子ね」
「だろ? 可愛すぎてマジやばい」
「お風呂で秋の事、話してたわよ」
「何? なんて?」
すっげぇ気になって勢い込んで聞くオレを、母親が笑う。
「秋は優しいって。名前呼んでくれて、可愛いってたくさん言ってくれるって」
「それって、異性として見られてんのかな?」
「それは何とも言えないけどね。ちゃんと、守ってあげなさい」
「わかってる」
歯は磨かせたって言うから、母親の部屋に客用の布団敷いてそこに華を寝かせた。安心仕切った顔で幸せそうに眠る華を見てたらオレはまた、泣きそうになった。
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