15 三週目 水曜日
水
今日の華の髪型は映画で観たお姫様を意識してみた。時間が掛かって大変だったけど、腰まである華の髪を複雑な感じで編み込むのは楽しかった。小花を散らしたら似合いそう。絶対可愛い。
「華、可愛い!」
イチゴリップと桜ハンドクリームの後のハグとデコチュー。恒例にしようと思うんだ。華はオレの腕の中で微笑んでる。実は照れてたりするのかな。でもどっちかって言うと照れよりも嬉しいが勝ってる顔かな。
「秋も、可愛い」
そう言って笑ってる華の方が可愛いです! やばいです! オレの胸はきゅんきゅん通り越してぎゅんぎゅんいってる。頭の中花満開。そんな気分で手を繋いで学校向かってたら、華が立ち止まった。
「どした?」
じーっと華は道の端を見てる。なんだろってオレもよくよく見てみたら、生垣から猫が顔を出していた。華と視線が合った茶色い縞猫。お互い譲らず見つめ合ってる。どうするのかなと思い、オレは黙って華と猫を眺める。
「にゃー」
華がにゃーって言った。繋いでるオレの手は離さないまましゃがんで、猫ににゃーって話し掛けてる。しかも猫、返事した。華は猫語がわかるのかもなんて考えながら、可愛すぎる華にオレ大興奮。
にゃーにゃー二言三言会話したら茶縞猫が華に体を擦り寄せ、去って行った。華は見えなくなるまでしゃがんだまま、猫の後ろ姿を見ていた。
「あー、毛が付いてる」
満足したのか、華が立ち上がったから猫が擦り寄った所を見ると紺色ハイソに猫の毛が付いてた。手で軽く払ってみたけど、動物の毛って図太いんだよな。ある程度叩いたら諦めて歩き出す。ここまでずっと華はオレの手を握ったまま離さなかったのがまた可愛くて、オレはデレデレだ。
「猫、何て言ってたの?」
会話してるみたいだったから聞いてみたけど、華は首を傾げてる。
「にゃーって、会話してただろ?」
「にゃーって言うとにゃーってなる」
「そっか。楽しかった?」
頷いた華は満足そうだ。でも残念ながら、華は猫語がわかる訳ではないらしい。
「オレもにゃーって言ったらにゃーって返してもらえるかな」
首を傾げてる。まぁわかんないよなって、オレは笑う。
「華、にゃー」
「にゃー」
「かっわいい」
堪らず抱き締めたのは校門前で、前から歩いて来ていた祐介と目が合い呆れた顔された。
「おは」
「おは。秋のデレ顔半端ねぇな」
「うっせ」
「おはよう。東さん」
祐介が華に挨拶したけど、華はチラッと祐介を見ただけで答えない。
「華、こいつはオレの友達。佐々木祐介。同じクラスだよ」
「秋の友達」
「そ、友達」
見上げてきた華ににっこり笑ったら、繋いだ手をきゅっと握られた。
「……おはよう」
華は下を向き、小さな声で挨拶した。褒めるみたいに、オレはよしよしって頭を撫でる。祐介はそんなオレらを面白いものでも見るみたいな顔で見てた。
「で、さっきのにゃーって何?」
祐介がオレの隣を歩いて、三人並んで下駄箱へ向かう。
「猫がいたんだ」
「本物?」
祐介の言葉にオレは噴き出して笑う。
「本物本物。茶縞猫とオレの可愛い黒猫が会話してたの」
「マジかよ。東さん猫語わかんの?」
華はオレの手をまたきゅって握ったけど、無言だ。
「激しい人見知り?」
祐介はそんな華を面白そうに見てる。
「でもそこがまた可愛い。華、可愛いっ」
下駄箱で靴を履き替えてる華を背中から抱き締めた。腕の中で華は体を反転させて、オレの制服の肘の部分をきゅっと握る。初めての反応に、オレはもうデレデレに溶けた。
祐介が一緒だったからか、華はオレと手を繋いだまま無表情で無言だった。教室に着いてすぐ、するりとオレの手を離して自分の席へ座り絵を描き始める。
「なぁ。東さん、オレが同じクラスって知らなかったの?」
祐介が不思議そうに首を傾げた。二学期だし、普通なら同じクラスの奴らの顔と名前くらいはわかるよな。
「他人は、オレとパパと持って行く人しか認識してないっぽい」
「は?」
「お前だけじゃねぇって事」
祐介がぽかんとした顔してるのが可笑しくて、オレは小さく笑った。
「秋のお姫様は、やっぱり不思議ちゃんだな」
「お姫様とか、何くせぇ事言ってんだよ」
「くさかったのは一昨日のお前だ」
「あ?」
「昼休み。廊下で」
ちょっと考えて、わかった。まぁあれは、今考えると確かに恥ずかしい発言だったかも。
「勝手に聞いてんなよ」
照れて、オレは仏頂面を作る。
「王子様は注目されてっからな。聞きたくなくても女の子達が騒ぐから耳に入る」
「それは、怖ぇな」
「だな。負けんなアイドル」
肩にグーパンされて、オレは溜息吐いて華の席へ向かう。絵を描く華を見ていたら癒された。昼休みになる頃には、朝の猫そっくりなやつがスケッチブックにでかでかと座ってこっちを見ていた。
「華、これは既製品と冷凍食品です」
昼休みのおまじない。華はじっとオレを見て待ってる。最近の華のリンゴは、弁当と交換でオレの胃袋に入る。
「なぁ、いつもやってるそれ何?」
何故か祐介がオレの隣で購買のパンを食い始めた。
「オレと華の秘密」
オレが華にレンコンの金平を食わせてるのを眺めながら、祐介はふーんって呟いてる。
「でもそれ、全部秋が作ってんじゃねぇの?」
余計な事を! 怒りの形相で睨んだオレを見て、祐介がビビった顔になる。オレは祐介から視線を戻しておろおろする。箸で差し出したオレ作の鳥肉団子を前に、華がぴったり口を閉じて固まっていた。
どうしよう。手作り気持ち悪いって言ってたから吐いたりするかも。差し出した箸を引くのも忘れてパニックのオレ。そんなオレを華はじっと見て、パクんて、鳥肉団子を口に入れた。オレの顔を見ながらむぐむぐ噛んで、飲み込む。
「秋のなら、平気」
華の言葉でオレは、ぶわっと泣いた。
「おい、秋」
祐介が引いてるけど気にしていられない。
「良かった」
良かったを何回も口にしながら、オレはぐしゃぐしゃに泣く。胸がいっぱいだ。嬉しい。華がオレのだけでもちゃんとご飯を食べられるんだって思ったら、嬉しくて堪らない。
「秋」
泣いてるオレに華が手を伸ばしてきて、涙に触れた。
「嬉しい?」
オレの涙で濡れた華の手を掴んで、頬を擦り寄せる。
「嬉しい。華がちゃんと飯食えて、すっげぇ嬉しい」
泣き笑いで言ったら、不思議そうにしてた華が淡く笑った。もうおまじないは、いらないかな。
涙がおさまったオレは華に飯を食わせて、自分も食ってから華がくれたリンゴをかじる。華は既に絵を描き始めている。
「オレ、禁句口にした?」
オレらの様子に面食らってた祐介が、罰が悪そうな顔してる。そんな祐介に、オレは笑みを向けた。
「そうだったんだけど、良い方向に作用した。ありがと」
「悪かったな」
オレは笑って、肩にグーパン食らわせてやる。
「華はどうして手料理、気持ち悪いのかな」
絵を描いてる華を眺めながら思わず呟いた。答えは返ってこないだろうと思っていたけど、華がスケッチブックから顔を上げてオレをじっと見る。
「黒くする人が、ご飯を作ったの。気持ち悪い」
絵を描くのを中断して答えた事に驚いて、華が口にした言葉で眉間に皺を寄せる。
「黒くする人は、誰?」
「ママを黒くするの。怖い」
母親が言った通り、トラウマだ。淡々と話してるけど華は怯えてる。だから、オレは出来るだけ優しく笑う。
「その人は、もういない?」
こくんて頷いた華が、オレをまっすぐ見てる。
「秋がいる」
華は絵に向き直り、オレはまたちょっとだけ泣いた。
華のトイレに祐介までついて来た。男二人で女の子のトイレ待ちとか、ちょいキモい。
「なぁ。東さん、家庭複雑?」
祐介は飯の時の事を聞きたくてついて来たみたいだ。オレはトイレと隣のクラスを視界に入れて警戒しながら頷く。
「まだ詳しくはわかんないけど、複雑っぽい」
「そか。秋、相当好きなんだな」
「好きだよ」
華が寂しいなら側にいたいし、怯えてるものから守りたい。相当オレは華に参ってるんだ。
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