10 二週目 金曜日
金
華の家で寝ちゃった所為で、自分の家に帰った時には十一時を過ぎていた。帰り際風呂に入るよう言ったんだけど大丈夫だったかななんて心配してたら案の定、玄関開けて出て来た華は寝起きで乾いた絵の具があちこちにこびりついてる。早めに来て正解だったみたいだ。
華を風呂場へ放り込み、待ち時間を利用して昨夜発見した掃除機を起動して床の埃撲滅作戦決行。
「は、華っふふ服を着ろーっ」
襲えっていうお膳立てか? いやまて落ち着けオレ!
着替えがあるっぽい寝室に華を押し込んでから頭を抱えた。タオルを巻いていたのがせめてもの救いだ。全裸だったらオレの理性焼き切れる。なんだかここ数日、オレの理性が試されてる気がする。
大きな溜息を吐いていたら、制服に着替えた華が出て来た。長い髪は湿気を含んだままの状態でびちゃびちゃ。
「おいで、華」
呼ぶと寄って来たから髪を拭いてやる。洗面所まで連れて行き、これまた昨日見つけたドライヤーで髪を乾かしてたら鏡に映った華が気持ち良さそうに目を閉じていて可愛い。
今日の髪型はネットで調べた編み込みに挑戦。手こずったけど上手く出来て満足。華も嬉しそうで、より満足だ。身支度を整えた後は暗示の時間。今日はおにぎりにしてみた。しかも魚嫌いの華に鮭と胡麻のおにぎり。子供は鮭好きだし、大丈夫な気がする。海苔を巻いて差し出したら、華は受け取らないでオレの手から食べた。可愛いからそのまま眺める事にする。
「美味しい?」
華はこくこく頷きながら夢中になっておにぎりを頬張ってる。どうやら気に入ってくれたみたいだ。
もう一つはおかか。これも受け取らない。しかもオレの手首を両手で掴んで食べてる。やばい。華が可愛すぎて鼻血出そう。
食後は水筒に入れて持って来た温かいお茶。猫舌っぽい華の為に温め。幸せそうにゆっくりと、華はお茶を飲んでる。
「ごちそうさまでした」
今日は自分から言って、華が笑った。
「お粗末様でした」
食事の後は歯を磨かせてイチゴリップ塗って、手を繋いで学校へ行く。
華がだいぶ懐いてくれた気がする。今日もイチゴ牛乳はなしでいいって言うから、代わりにイチゴのチョコを口に入れてやったら喜んでた。教室ではいつも通り華は休み時間中ずっと絵を描いていて、オレはそれを飽きずに眺める。昼も暗示作戦でちゃんと食事を取らせて、イチゴリップも塗ってあげた。
「華! それどうした!?」
満たされた気持ちでいたら、飯の後トイレに行って戻って来た華の膝から血が出てた。両膝擦りむいててかなり痛そう。
「転んだ」
「また? 保健室行くよ」
きっと歩くのは痛いだろうから、華を横抱きにして保健室まで走る。消毒して絆創膏を貼ってもらい、とりあえず一安心。怪我したのは膝だけみたいだ。
保健室の先生にお礼を言ってから、オレは華を抱き上げた。怪我した華を歩かせるなんて出来ない。
「ねぇ華。本当に転んだの?」
素直にオレの腕の中で抱えられてる華の顔を覗き込み、確認した。
「転んだ」
華はそれしか言わない。教室着いて椅子に下ろしてから、オレは華のほっぺたを両手で包んで視線を合わせた。
「ねぇ華? 困った事があるなら何でも言ってね。オレ、華が困ってたら力になりたいよ。でも何に困ってるのかがわからなかったら、助けたくても助けられない。オレは、華の事がすごく大切なんだ」
華の瞳は揺れて、彷徨う。だけど華は何も言わなかった。
今日は買い物して夕飯を作らないといけない日だから、華を送ってから自分の家に帰って来た。明日はバイト終わりに華の家を訪ねる許可がもらえた。夕飯は刻んだピーマン入りのハンバーグ。バイト先の冷蔵庫を借りて、華の家に持って行くつもりだ。
「ただいまー。良い匂いー。お腹空いたー」
髪を掻き回しにくる母親を避け、着替えて来いっていう言葉と共に部屋の中へ押し込んだ。母親が着替えてる間に味噌汁を温めたりして、机に料理を並べる。
「ハンバーグうまいー。あんた腕上げたわね」
母親はうまいうまい言って食ってる。オレは箸を握り締め、相談したい事があって口を開いた。
「あのさぁ……」
「何よ、どうしたの?」
躊躇って、でも母親が先を促すから続きを言う。
「オレ、いつか刺されるって言われるような事、してたじゃん」
「そうね。でもやめたんでしょう?」
「やめた。ちゃんと女の子達にも謝って、もうしないって伝えた」
覚えてて、その時に関係あった子だけだったけど、ちゃんと別れて終わらせた。
「もしオレを刺したいって思ってる子がいて、それがオレの片思い中の相手に向く事って……あると思う?」
絵の具の水を被ってびしょ濡れになってた華。
転んだと言って、両膝から血を出してた華。
華を見るようになってから、華がそんな風になってる姿は初めて見た。だからオレの所為かもって、不安なんだ。
「あるでしょうね。女は怖いのよー。愛した男よりその男が大切に思ってるものを狙うの。それが自分より大切に扱われているのなら、面白くなくて何かするかもしれないわね」
「っマジかよ。じゃあやっぱり、オレの所為?」
「何? 本命ちゃん何かされてるの?」
オレは母親に、びしょ濡れ事件と今日の怪我の事を話した。胸の奥に固いしこりみたいなのがある気がして、なんだか苦しい。
「それだけだと何とも言えないけど、あんたが守ってやりなさいよ。多分そういう子達はあんたの前ではやらないから」
「そういうもん?」
「そういうもん。あんたに見られたら嫌われるじゃない」
「訳わかんねぇ。そういう事やってる時点で嫌いなのに」
机の向こうから手を伸ばしてきた母親に、頭ぐしゃぐしゃに撫でられた。
「本命ちゃんが何にも言わないなら、出来るだけ側にいて気を配ってやりなさい」
「わかった」
母親の手から逃げて、オレはハンバーグを口に放り込んで噛み締めた。このハンバーグを食べてる華を想像したら、ちょっと和んだ。
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