84 遺書の続き

 ……わたしは、偽りの中の本性を暴かれるのが怖かった。

 わたしは、この家にいるのが琴音ではなく、鞠奈であることを知ったのです。それは、わたしが琴音の留守中に、琴音の部屋に訪れた時のことでした。机の上には、日記が置いてありました。やはり、わたしはこの琴音という人間が、わたしのことをどのように思っているのか、どうしても、気になっていたのです。ところが、わたしはその日記を読み始めると、だんだんと恐ろしくなってきました。日記は、KとMという文字で、ところどころ内容が切り替わっていました。そして、その日記は、一貫して同一人物の心情として読み取ることができるのですが、KとMの切り替わりを経ると、時々、まったく正反対の心情に切り替わってしまう部分があるのです。しかし、描かれていた出来事は、どれも琴音が体験したものばかりでした。

 わたしはこの日記が何を意味しているのか、だんだんと理解が及ぶにつれ、あまりの恐怖に身の毛がよだつ思いでした。Kとは琴音のこと、そしてMとは死んだはずの鞠奈のことだったのです。

 わたしはここで、重五郎さんの仕掛けたトリックに初めて気付きました。あの人は、またしてもわたしを騙して、不幸に陥れようとしているのだわ、と恐ろしさとひどくひねくれた感情が、腹の底から込み上げてくるようでした。

 いえ、そればかりではありません。もっと恐ろしいことには、鞠奈は、わたしのことを知っているのではないでしょうか。あの青酸カリを入れたカプセルを鞄にしまった日、わたしは確かに、あの日光の休憩所で、鞠奈と目が合っていたのです。すると、鞠奈はわたしが犯人であることを今でも覚えているのではないでしょうか。

 わたしは恐ろしくなって、いてもたってもいられなくなりました。そして、わたしは鞠奈を今度こそ、この世から永久に葬り去ろうと決心したのです。

 わたしはある晩に、バルコニーの前に立っている鞠奈の首に縄を通しました。そして、精一杯、その首を締め上げたのです。鞠奈の抵抗も虚しく、すぐに彼女は力を失ったようでした。そして、わたしは鞠奈をそのまま床に寝かせて、誰か来ないものか、階段の下を見てまわったのです。

 その後、わたしが階段を上がると、てっきり死んだものと思っていた彼女は、そこにはおりませんでした。

 わたしは、鞠奈が息を吹き返して逃げ出したことを知り、慌てました。そして、そのまま一階の琴音の部屋に訪れたのです。琴音の部屋に入ると、そこにはベッドにうつ伏せに横たわる鞠奈の姿がありました。おそらく、首を絞められた後、鞠奈はここまでどうにか逃げて来て、このベッドに倒れ込んでしまったのでしょう。わたしは、その鞠奈の首に縄を通すと、もう一度、強く締め上げました。

 このようにして、鞠奈は絶命しました。わたしは、この死体をどうするべきか悩んでいると、廊下に蓮三がやってきました。わたしは一人ではどうすることもできないと思って、蓮三にことの次第を喋りました。蓮三は、このことを知って、ひどく驚いたようでしたが、すぐにバルコニーの鉄柵に吊るして、自殺に見せかけることを提案しました。

 このようにして、鞠奈の死体は、琴音の死体と見せかけられて、バルコニーの鉄柵に吊るされたのです。

 警察も、琴音の指紋として、鞠奈の指紋を採取して調べた為、どうやら死体は琴音のものとして取り扱われたようでした。これで、ようやく悪魔の子は死んだのだとわたしは思いました。

 しかし、わたしはさらに恐ろしいことに気づいたのです。あれから、琴音はどこへ行ったのでしょうか。琴音もまた多くの事実を知っている人間に違いありません。それなのに、鞠奈の死後、いつまでたっても琴音は姿を現さなかったのです。

 それからでした。わたしは琴音が復讐してくるのではないか、と毎晩眠ることもできませんでした。

 そうして、一年という月日が経って、琴音の一周忌も過ぎたある日、重五郎さんがわたしを呼び出して、手に持っていた手紙を見せました。そして、わたしに言いました。「これを門で見つけたんだ」わたしがその手紙を見ると、そこには、琴音は自殺ではなく本当は殺されたこと、そして何よりも「Mの怪人」と「雪の夜」という言葉が、冷たい活字で刻み込まれていたのです……。

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